第5話 激突! ガイオークス!

 警鐘が鳴り響く。それは初め城壁の警備兵たちが狂獣の接近に気がつき鳴らした。その音が聞こえたとたん、国の各所に設置された高台の鐘が同じ間隔で鳴り響き、そして順々に国中へと広がる。最終的には国の中央に位置する社からも大音量の警鐘が響いていた。

 その音を耳にした国中のオークたちは悲鳴を上げながら社の方角へと進んでくる。どうやらこの社は緊急時における集合場所となっているようであった。

 先ほどまでは謎の嫌悪感を体全体で受け止めていた玄馬ではあったが、その不快感は徐々に弱まっていった。だが、今度は全身を揺さぶるような鐘の音に、耳をふさがないと鼓膜がしびれてしまうのだ。


「狂獣ってあんなにでかかったか!?」


 今もなお遠く、国へと接近している狂獣を睨むブレイデルへと幻馬は怒鳴るように言った。幻馬が初めて遭遇した狂獣は二十メートル。だが、今や彼の視界に移りこむのはその倍、四十メートルはあろうかという巨体だ。もはや動く山と称してもいいぐらいの圧があった。

 接近してくる狂獣は自身の四十メートルという大きさと同じぐらいの砂塵を巻き上げ、その巨体から生まれる重量と六つ足の衝撃で大地を揺らしていた。その振動は社にまで響いており、果ては狂獣の雄叫びすらも聞こえてくる。

もうそれは、いつの間にか黒い点ではなく輪郭すらはっきりと捉えられる程に接近している。


「ちっ! まっすぐにこちらに向かってくる!」


 一方のブレイデルは、幻馬の声が聞こえてはいたが、それに返事を返してやるほどの余裕はなかった。彼の目にははっきりと狂獣の全貌が映りこんでいる。人間の視力では輪郭を捉えることしか出来ない距離であっても、彼らオークであれば細部まで見ることが可能であった。

それほどまでに彼らの種族としての視力は高い。ゆえに城壁の兵士たちは鐘を早期に鳴らすことが出来たのだ。

 そしてブレイデルは騎士である。歴戦の勇士と言ってもいい。ゆえにこのような状況の中で、彼の思考は既に敵にどう対処するべきかをシミュレートしていた。


(思ったよりも速い。城壁にたどり着くまでに五分とかからんか!)


 あのような巨体に兵士たちの武器は通用しないし、城壁も半ば意味を成さないだろう。既にブレイデルの思考の中でこの二つを頼るというものはなかった。


「玄馬……だったな? お前は社の奥にいろ。ここは国で最も強固な所だ。安全でもある」


ブレイデルはそういって、展望台の手すり駆け出し、そのまま何の躊躇もなく飛び越えていく。


「お、おい!」


 そのいきなりの行動に幻馬は顔を青くしながら、手すりに駆け寄り、身を乗り出しながら下を見る。ブレイデルは既に遥か下方まで落ちていた。


「てめ、なにやって……はぁ!?」


 まさかいきなり自暴自棄になったのか? などと思っていると、落下するブレイデルの体が光に包まれていくのが見えた。それと同時に落下していたはずの彼の体はふわりと宙に浮き、何かに吸い込まれるようにして消えていく。

 が、異変はそれだけではない。光に包まれたのは自分自身もであった。


「ブレイデルのと同じ?」


自身を包み込む光。不思議と恐怖や驚きはなかった。そしてその光が最高潮まで達した瞬間、玄馬の体はその場所から消え失せていた。



***



 玄馬は雄叫びを耳にした。それは狂獣のものではない。

 だが、幻馬はその声を聞いたことがあった。

 地を揺るがし、その奥底から湧き上がるような低い唸り声。その声は酷く近くに感じる。いつの間にか瞳を閉じていた玄馬はゆっくりと開く。そこは社の展望台ではなかった。見知らぬ場所、かなり広い空間であった。淡く翡翠色に輝くその空間は丸みを帯びているように感じられる。


「なんだ、ここ?」


 玄馬は、ふと自分がとんでもない場所に立っていることに気が付く。自身を支えるのは二メートル程の円盤状の台座とそこから伸びる手すりのような突起物であり、座席もなにもなく、円盤状の台座から落ちたら、どうなってしまうのか……その事実に気が付いた玄馬は「おぉぉぉ!」と驚愕の声を上げながら手すりにしがみついた。同時に体が揺れるのだが、円盤の台座は玄馬の体を落とさぬように連動してくれた。


「外の様子が見える?」


 そこまで来て、玄馬は周囲を見渡す。自身の目の前に神官が見せてくれたような映像を映し出す光の球体が浮かび上がっていた。そこにあるのは社からも見たオークの国の街並みである。ただ違うとすれば、その光景は移動しているように見えることだ。

 同時に重々しい駆動音、大地を踏み鳴らす騒々しい足音もこだまする。だが、不思議と振動はない。

 とにかくこの場所は外界の様子がわかるらしい。玄馬は手すりに視線を落とす。何かを操作するような仕掛けはない。本当に支え棒のような突起物というだけだった。


「あぁ? 今度は何が映るんだぁ?」


 二つ目の球体が現れる。そこに映りこんだのはブレイデルの姿であった。彼は両腕に籠手、両脚に具足のようなものを装備しており、それらは無数のコードやパイプなどが伸び、周囲の機械に接続されている。それを装備したブレイデルが仕草を行う度に別の球体に映り込む映像は前へと進んでいく。

 玄馬はブレイデルが映り込む場所を見たことがある。それはブレイデル、ガイオークスに救われた時だ。ガイオークスの龍のような頭部が開き、覗いた場所。それは間違いなくガイオークスのコクピットであった。


「俺、ガイオークスの中にいるのか!?」


 思わず大声をあげ驚愕する玄馬。すると、画面の向うにいるはずのブレイデルも驚きの表情を浮かべ、こちら側を向いた。


『な! この映像……お前、なんだそこは!』

「が、ガイオークスの中かもしれない」


 玄馬は苦笑いで答える。

 ブレイデルは「はぁ?」と怪訝な表情を浮かべた。


『バカをいうな。ガイオークスにそんな空間は……えぇい、それはいい! 本当にガイオークスに乗っているなら降りろ! 危険だ!』

「降りれたら降りるっつーの! どうやって降りるのかわかんねぇんだよ!」


 ブレイデルも何が何だかわからないようだが、それは玄馬とて同じだ。光に包まれたと思えば知らない空間にいる。しかもどうやらそれはロボットの中らしいのだ。だが、どこをどうみても出入り口になるような場所は見当たらないし、そもそもここがガイオークスのどのあたりなのかもわからないのだ。

 しかし、その言い争いもすぐに中断することになる。玄馬の眼前に外の様子を映し出していた方の球体が移動し、自動的に映像を拡大していく。そこにはゆっくりと開かれる城壁の様子が映し出されていた。そしてその先、まだいくらか遠いが既にはっきりと全体を捉えるまでに接近した狂獣の姿もあった。


「おい、あのデカイの来てるぞ!」


 玄馬が叫ぶ。


『こっちでも確認した! くそっ! 怪我をしても文句いうなよ!』


 答えるや否や、ブレイデルはガイオークスを走らせる。画面に映る景色がグンと加速した。

その瞬間、玄馬は奇妙な感覚が体を走った。何かが抜けていく。特別気になる程のものでもないし、体に異常もない。だが、何かが体から抜けていくような感覚があった。


「なんだ……?」


 その疑問を考えるよりも先に、岩を削るような音が鼓膜を揺らす。それは突然の事で、玄馬は驚き、手すりにつかまった。何事だと思いながら画面を眺めると、まだ遠くにいたはずの狂獣の姿が数百メートル先に捉えられる。岩を削る音は今もなお響き、同時に「加速が……!」というブレイデルの叫び声も聞こえる。

 そして画面いっぱいに狂獣の醜悪な顔が映し出された瞬間、玄馬とブレイデルの叫び声は重なり、そして、巨人と獣は正面から激突した。

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