邪導機ガイオークス ~MPMAXの俺はロボのバッテリー~
甘味亭太丸
第1話 オークと出会いまして
親孝行と呼べるほどのものはやっていないが迷惑をかけたつもりはないと自負しているし、優等生ではなかったが一般的な学生の姿としてはなんら申し分ない生活を続けていたつもりであった。
誓って世間様に顔向けが出来ないようなことをしてきたわけでも地獄に落ちるようなこともしていない。
なのに、それがどういうわけか、今現在では息を切らせて、燦々と輝く太陽の熱線を浴びながら、乾いた大地を全力で走り抜けていた。喉の奥はカラカラに乾ききり、口の中もねばっとした気持ちの悪い感触で覆われていて、それでも走るのを止める事ができない玄馬は怒声をあげつつ背後から迫りくる巨大な影から逃げていた。
「うおぉぉぉぉぉ! 神よ! 俺が何をしたぁぁぁぁ!」
などと叫んでは見ても、あたりに広がる荒野にはその声を聞き届けてくれるものはいない。
玄馬の姿は黒い学生服である。長袖で襟首にはカラーが入っていて、それとなく質のいい厚い生地が使われ、若干デザインは古めかしい。しかし機能性に優れた新素材を使われているためか全力で走っていても体を阻害することはない。
一つ欠点を上げるならばこの制服が夏服使用ではないということだ。つまり全力疾走する少年の快適さまでは考えていない事である。
ゆえに玄馬は汗だくだ。
「仏様! 許してくださいぃぃぃぃ!」
特別、信じてる神様がいるわけでもないのに、こんなことを叫んでしまうのはある意味では仕方のないことなのかもしれない。神でも悪魔でもいいから助けてくれるなら、なんにでもすがってやると言った具合でもある。
彼を襲う巨大な影は、奇声を上げながら大地を響かせ、二〇メートルもの巨体を揺らしながら、唾液を飛び散らせ、血走った眼をぎょろぎょろと動かしながら迫っていた。
その姿は、何と形容していいのかはわからないがとにかく「化け物」と呼べるものだった。眼、口、鼻の存在は確認できてもそれは特定の動物と一致するようなものではなく、様々なものが融合したキメラとでもいうような姿をしていた。四足歩行であり、象程ではないが鼻が長く、目は鳥のようであり、しかし顔つきは狼のような野獣という風なものである。
そもそもなんでそんなものに追いかけられなければいけないのか、それは玄馬にすらわからない。
気が付けば見知らぬ荒野にいて、気が付けば地響きと共に化け物が現れ、気が付けば逃げている、そんな所である。
確実に理解できることは逃げなければ死ぬということだ。
もちろん、玄馬はそんなことを受け入れてやる程、人生に絶望もしていないし、諦めがいいわけではない。まだ十六歳、人生これからだし彼女だっていない。こんなわけのわからない状況に放り込まれて、人生終了などというふざけた現実はノーサンキューなのだ。
だからこうして必至こいて逃げているのだが、体力というものにも限界が来る。今までの人生の中でここまで全力で走ったことはまずない。下手をすれば体育祭のマラソン以上に真面目に走っている可能性すらあった。
「ち、畜生! 俺は陸上部じゃねーぞ! なんでこんなに走る必要があるんだ! うおぉぉぉ!」
これなら運動系の部活にでも入っておくんだったと悔やむ中、不意に頭上が暗くなったことに気が付いた玄馬は咄嗟に空を見上げると、そこには怪物の鼻が迫っていた。
ギョッとした玄馬はもう一度叫び声を上げながらさらに足を速める。それでも既に限界以上の速さで走っていた玄馬はその鼻から逃れるすべはなかった。
「お、おぉぉぉ!」
もはや混乱と焦り、そして恐怖からか玄馬は何を考えたか、前へと飛び出す。頭から硬い地面へと突っ込む形となる玄馬だったが、あいにくとその程度では怪物との距離は開かない。
むしろ意味不明な行動は、彼我の距離を縮めてしまう結果となる。ずしゃっと地面に倒れ込み、硬い感触を全身で受ける羽目になった玄馬は、体に少しの痛みを感じながら、それでも立ち上がろうとする。
が、その瞬間には怪物の前足が自分のすぐ真上に迫っていることを本能的に察知してしまう。
「こなくそぉぉぉぉ!」
立ち上がるよりも逃げる。そう判断した玄馬は地面を這いつくばりながら、怒声を上げる。こんなところで死んでたまるか。もはや玄馬の思考の中にはそんな感情しかない。
だが、巨大な影が自身の周囲にかかった瞬間、玄馬は体を凍り付かせ、その場に止まってしまう。
「……ッ!」
もはや最後。そう確信して身を縮こませた玄馬であったが、その瞬間、何かが砕けるような鈍い音と共に耳をつんざくような怪物の絶叫が響き渡る。ややすると爆発でも起きたかのような轟音と共に地面が揺れる。
「な、なんだぁ!?」
その異変を感じた玄馬は、おそるおそると眼を開け、後ろへと振り向く。そこには、先ほどまで自分を追いかけてきていた怪物の顔面に何かが突き刺さっているのがわかった。それは大きな槍のようにも見えたが、どうやら違う。槍にしては全体的に歪で太く、もはやそれは鉄塊であった。その鉄塊には柄のような細長い棒きれのような物体が突き刺さっている。それが怪物の頭部を潰し、地面へと突き刺さって固定しているのである。
「えっげつねぇ……」
怪物はそれでもなお死してないのか、潰れた顔面から今も絶叫を響かせていた。固定され、身動きができない為かじたばたとその場でのたうち回る。その姿はいささかグロテスクであった。腐臭にも似た体液と黒い血液が周囲に飛び散る。
その一瞬、玄馬は吐き気を催すが、同時に今が逃げるチャンスであると判断した。
「うぇ、なんかわからんが、逃げるっきゃねぇ!」
急ぎ立ち上がり、その場を離れようとする瞬間であった。
怪物の絶叫をかき消し、地の底から震え上がるような唸り声が轟く。それは獣の咆哮に似ていた。だが、今までに聞いたこともないような獣の雄叫び。雄叫びは地を揺るがし、地響きを引き起こす。
「なんじゃありゃぁ!」
玄馬の視線の先に映るそれは背後でのたうつ怪物よりも小さいが、それでも玄馬より大きな人型であった。
八メートル程の大きさのそれは丸みを帯びた剛腕と巨脚に支えられた鉄の巨人、赤と黒のずんぐりとしたボディの中に埋もれるような頭部は竜の如き眼光と牙を持ち、大地を踏み抜きながらこちらへと前進してくる。
「おいおいおい!」
もはや立っていられない程の振動が玄馬を襲う。再び地面に這いつくばる形となった玄馬は構わず突進してくるように見える巨人に踏み潰されるんじゃないかという不安に駆られた。
「おい! 人がいるんだぞ!」
振動と大地が砕かれる轟音、怪物の絶叫のせいで玄馬の声はかき消されている。だが、巨人はそんな玄馬の言葉が通じたかのように、地面を踏み抜きながら跳躍し、怪物の胴体めがけてその身を落下させる。
巨人の重量は凄まじいものなのか、怪物の胴体に着地した瞬間にはその肉体を押しつぶし、破裂させる。同時に突き刺さった鉄塊を乱暴に引き抜くと、断末魔の声を上げる怪物の潰れた頭部目がけ二度、三度と殴打を与える。
その度に大地が揺れる。そうこうするうちに怪物の絶叫は聞こえなくなった。すると不思議な事に怪物の肉体が光の粒子と化し、それらは巨人へと吸収されているように見えた。
同時に巨人は双眸を怪しく輝かせ、低く唸り声のような音を轟かせている。瞬きの間に二十メートルの巨体は消えうせ、そこには鉄塊を抱えた赤と黒の巨人と玄馬だけが残されていた。
「ろ、ロボット……?」
巨人を見上げる玄馬はふとそんな単語をつぶやいた。もはやそうとしか言い現すしかない存在が目の前にいる。
不意に巨人、ロボットの頭部はゆっくりと動き、鋭い双眸が玄馬を捉えた。
「に、逃げても……無駄だよなぁ……」
ビクッと体を震わせながら、後ずさりしてみるものの、抵抗は無意味であると悟った玄馬は取り敢えず両手を上げてみた。果たしてそれが抵抗の意志はないというジェスチャーとして伝わるかどうかはわからないが、もうそれぐらいしかできない。
そんな玄馬の警戒に反して、ロボットは暫くの間はじっとこちらを観察しているのか不動であった。五秒ほど経ってやっと全身を玄馬に向け、武器を持っていない左腕を差し出す。
『乗れ』
ロボットから聞こえてくる声は意外と若い。それだけで判断するのならば大体自分と同じ年代の声ではないかと玄馬は思う。そんな声音にわずかに警戒心を解いた玄馬は言われた通りにロボットの左手に登る。少なくとも握りつぶされるということはないらしい。
玄馬が登るとロボットはゆっくりとその左手を頭部の近くへと持って行く。そして、頭部の額部分が蒸気を吹き出しながら後ろへとスライドされる。
そこはコクピットであったのか、人がいた。現れたのは漆黒の鎧と兜で全身を覆った二メートルの巨体であった。その鎧姿は中世か近世の鎧のようで、黒騎士というべき姿をしていた。
「危ない所だったな」
黒騎士はなぜだか荒い鼻息を鳴らしながらそういった。
「まさか、本当にこんな荒野のど真ん中に現れるとは思わなくてな……まぁどちらにせよ、助かったのだからよいか」
黒騎士は暑苦しいのか、しきりに首元を弄っており、ついには兜を外す。
「な、なな!」
その瞬間、玄馬の目に映ったのは、下あごから鋭く伸びる二本の牙、小さいながらも宝石のように金色に光る眼球、その美しい瞳とは正反対に顔面全てに筋肉が盛り上がったかのように肉厚で灰色の肌、そして何より特徴的なのは豚、イノシシのような鼻をひくひくと動かしてこちらを確かめるようにしている顔であった。
「その反応、やはり人間だな」
酷く不機嫌な青年の声が耳に届く。だが、その声と目の前の存在はとてもアンバランスであった。
玄馬の目の前にいる騎士は、人ではない。
それは、彼とてそんな存在を見ることになるとは思ってもいない「ファンタジー」な存在……
多くの人々はその姿を見ればこういうだろう。
「オーク」であると。
***
「よくぞ参られた大導師殿」
そのしゃがれた声は部屋の中いっぱいに響き渡る程に大きな声量であり、玄馬はびりびりと振動を感じながら、目の前の存在を見上げていた。
先ほど自分を助けた八メートルのロボットよりは小さい四メートルの巨人。だがそれでも自分よりは遥かに大きい存在である。初めてそれをみた玄馬は一瞬、石像か何かかと勘違いした。
だが、それは四メートルもある巨大なオークであった。重厚な鎧を身にまとい、巨大な柱とでもいうような四肢は岩のような筋肉に包まれ、強靭な肉体であることを物語る。そしてその顔は皺と刀傷が刻まれた武人の顔であった。左目は潰れ、下顎から伸びる無数の鋭い牙も数本は欠けている。ぎょろりと残った右目もどこか白濁としていた。
しかし、その巨体からあふれ出る精悍さは顔の傷や瞳の澱みすらも吹き飛ばすほどの凄みというものがあった。素人であってもわかる。この巨大なオークは確かにこの国の王なのだと。
そんな巨大な生物を前に玄馬は、顔を引きつらせながらも無理やりに笑顔を作った。
その背後には先ほどのロボットを操っていた黒騎士のオークが傅いている。彼に助けられ、果ては彼の住む「国」とやらに案内された玄馬はほどなくして国の中央に位置していた巨大な社へと案内された。その社は木造であり、巨大な樹木をそのまま加工して作り上げられたものらしく、同時にロボットを収納する格納庫にもなっていた。
わけのわからないまま、黒騎士に連れられ、社の中を案内された玄馬は「長」との対面を迫られた。拒否権などあるわけもない。玄馬としても抵抗して機嫌を損ねる理由もなかった為に、それには素直に従った。
「星見の予言通り、あなた様は我が国へと降りられた」
「はぁ……予言ですか?」
巨大なオークの声音は見た目にそぐわず穏やかで、緩やかなものだった。それでも一言発する度に玄馬の体を叩きつけるような振動が響いてくる。
星見だの予言だの。聞きなれない単語ではあったが、玄馬としてはなんとなく予想が付く流れである。なぜ、自分がこんなところにいるのか……玄馬はそれとなくあたりをつけていた。
「左様。大導師様は我が一族、ひいては世界をお救いになる為にこの世界に降り立つと……神官どもの星見ではそのように……」
言いながらオークの長はふごふごと鼻を引くつかせ、大きく息を吸い込む。それだけでも巨大な音が鳴り響き、大きく開かれた鼻穴へ吸い込まれるような錯覚も感じてしまうほどだった。
「この魔力のニオイ……間違いない。あなた様は我らが待ち焦がれた大導師様にほかならぬ」
「あ、あのすいません」
何か勝手に話が進んでいた。しかもかなり重要で大きな話らしいのは雰囲気でわかる。だとすると黙っていたら取り返しのつかないことになるのではないかと踏んだ玄馬は恐るおそるに口を開いた。
「なにか?」
「いやまぁ、なんですかね? あの、お助けできることがあればお助けしたいのはやまやまなのですが……あー……大導師ってなんですか? というかここどこですか?」
と、正直に言う。これは半ば賭けである。
玄馬の一声に部屋の中はシンと静まり返っていた。
「……あのー?」
「大導師殿、戯れはよしていただきたい。今は、我がオークの一族存亡の危機故に」
背後に控えていた黒騎士が傅いたままの姿勢で、嫌に響くどすの利いた声で言ってくる。だとしても玄馬にしてみればわからないことだ。
「貴殿が優秀な大導師であることはニオイでわかります。あなた様もご存知の通り、我らオークは魔力をニオイで感じ取ります。あなた様の体からは隠しきれないほどの膨大かつ絶大な魔力のニオイがしますので」
「ニオイ、ニオイって言われても、俺汗くさいぐらしか……」
言ってしまって玄馬は後悔する。ついつい普段通りの返事を返してしまった。
黒騎士は無言のまま立ち上がり、金色の瞳でこちらを睨みつけてくる。心なしか怒気のようなものも感じる。漆黒の鎧がカチカチと揺れていた。
「待てブレイデル」
それを制するように長の驚く程低い唸り声が叩きつけられる。ビクッと肩を震わせた玄馬はゆっくりと長の方へと視線を向けた。長は相変わらずの姿で、特に変化はなかったが身にまとうオーラは変わっているのがなんとなく感じ取れた。
「あ、いや、あのですね! ふざけてるわけじゃなくてですねぇ!」
身振り手振り、慌てふためきながら玄馬はその場を取り繕う。よもや殺されるのではないかという不安が今更になって湧き上がってきたのだ。
だが、そんな心配とは裏腹に長は深いため息を吐き、「大よその流れは読めました」と呟く。
「はい?」
「大導師殿……貴殿はどうやら異邦人のようだ」
だろうな。という言葉が脳裏に浮かぶ。
「ブレイデル、暫く大導師殿お世話を行え。私はこれより神官を集め、この事について話し合わねばならぬ」
「ハッ!」
「大導師殿、貴殿には不便をかけるが、辛抱していただきたい。どうやらことは我らの予想を大きく超えている事態ですので」
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