第3話 俺が召喚された理由
二度目ともなれば少し位慣れてもいいはずだが、やはり人間とはかけ離れた巨大な存在を目の当たりにすると体が縮こまってしまうのは仕方がない。それでも周囲をつぶさに確認するぐらいの余裕は生まれるものらしい。
玄馬の視界には四メートルの巨体を誇るオークの長、そのまわりには先ほど自分たちを呼びに来たオークの神官が数十名程並び、中には豪奢な衣服を着た貴族階級らしいオークの姿もあった。彼らは一斉に現れた玄馬を見て、大きく鼻で息を吸っている。
「うぅむ、凄まじい魔力を感じる」
「やはりあの者が大導師ではないのか?」
「しかし術を使えんと聞く」
「いや、そもそも我らの理とは異なる世界から来たとか……」
聞き取れる範囲内でもそんな小話が聞こえてくる。噂の的になるのはいいのだが、それなら可愛い女の子、異世界であればもっと美人なエルフ的な存在の方々の間で噂になりたいものだと玄馬は空想する。四メートルの長を前にすれば、その周囲にいるオークたちに見つめられても平然としていられる適応力には自分でも少なからず驚かされる。どうやら自分はかなり図太い性格らしい。
「騎士ブレイデル、参上致しました」
先頭を行くブレイデルは長に向かって跪く。玄馬も一拍おいて、お辞儀をした。
「ご苦労。さて、早速本題に入るが……」
長の声が部屋中に響く。長は神官たちの方を向いて小さく顎をしゃくる。神官たちは「ハッ」と小さく返事を返し、用意された石の長机の上に羊皮紙を広げた。文字は読めないが相当数の分量がある。
「まず、お客人。お客人は、術の存在をご存知ではないと伺いますが?」
一人の神官が淡々とした口調で問いかけてくる。玄馬は無言で頷いた。
神官は羊皮紙を指さしながら、「これはこの大陸に伝わる、御伽噺です」と簡単に説明を付け加えた。
「まず、既にそこなブレイデルからも説明があったと思いますが、お客人は我らをお救いなさる救世主としてこの地に現れました。これは変えることのできない事実であり、我ら神官一同の結論であります。お客人はこの世界をお救いになるべく、この世界そのものが召喚なさったと思われます」
「世界が?」
いきなり壮大な話になってきて玄馬は戸惑う。
神官はちらっと玄馬の顔を見るが、すぐに説明に戻ってしまう。
「推察するにお客人は我らの世界とは異なる世界から来たと思われます。過去にそのような記録はないこともないのですが、なにぶん数千も昔の話ゆえ、半ば御伽噺としてしか伝わっておりません。その時も今と同じく世界をお救いになられる為に来訪したと言われています」
ここで説明を続ける神官は一息つけながら、周囲を見渡す。室内は静まり返り、次の説明を待っているようであった。
「御伽噺では、そのものは世界をお救いになられた後、元の世界へと帰還したと書かれています。故に、お客人は使命を果たさなければ、ご自身の世界へは帰れないものと思われますが……これは御伽噺、どこまでが真実なのかはわかりません」
何ともいい加減な話である。先ほどから神官が語る内容はかもしれないという仮説レベルの話ではなく、物語の事らしいのだから。それにはっきりとわからないとも口にしている。
これはさっさと帰るというものは絶望的だなと玄馬は悟り、そろそろ覚悟を決める必要があると感じた。
「我らにも世界をつなぐ術など伝わっておりませんし、そのような術も聞いたことがありません」
「お客人よ、此度の事、我らオークの一族は確かに危機を救っていただきたいと願いましたが、決して貴殿を選び、無理やりに呼び寄せたのではないと思っていただきたい」
長が神官の言葉に付け加えるように言った。
「しかし、貴殿がこの世界に何の意味もなく現れたとは私も思わない。貴殿がここに来たという事実は、必ずや何か理由があるはずなのだ」
「それは、俺……自分に使命が課せられているということですか?」
恐るおそる返答をした玄馬に長は大きく頷いた。
「私はそう見ている。貴殿の身にあふれる膨大な魔力、神官の星見、偶然とは思えん。おい、例のものを準備せい」
長は再び顎で神官たちに指示を送る。羊皮紙を広げていた神官たちは頭を下げながら、周囲の垂れ幕を降ろし、外から流れ込む光を遮断した。光源は数本のろうそくの火のみとなる。その暗闇の中で、玄馬は神官たちが何やらぼそぼそと呪文のようなものを唱えているのが聞こえた。
ややすると、神官たちは一斉に杖を掲げ、その杖の先端からは青白い電流のような光が走る。光はそのままテーブル上部へと集まり球体を形成する。初めは光の球体が暗闇に浮かんでいるだけのように見えたが、次第に球体の表面にノイズのような変化が現れる。
そのノイズは徐々に安定していくと消え失せ、鮮明な映像が現れる。
無数の全裸同然のオークたちがひしめき合い、絶叫をあげながら涎をまき散らし、互いを殴打しあうもの、事前に用意されていたらしい食事に顔を突っ込んでむさぼるもの、その他にもあまり口にしたくはない様々な行為がそこにはあった。そこにはおよそ知性、文化的な姿はなくあまりにも動物的な、否、それ以下の何かがあった。
「うっ……なんですこれ?」
目を背けなかったのは頭にこびりついたオークへの古い認識が残っていたからかもしれない。玄馬にしてみればその球体映像に映るオークの姿こそが本来のイメージに近いものであるからだ。それでも生理的な嫌悪感というものは湧き上がってくるもので、思わず表情をしかめる。それは周りのオークたちも同じらしく、ブレイデルですら目を伏せていた。
神官たちがその映像を映していたのは数秒である。それも急いで消したように感じられた。
「これこそ、我がオークの一族存亡の危機。呪いの一端である」
長は表情一つ変えずに淡々としていたが、玄馬は微かにだが、この巨躯を誇る長の重々しい声がわずかに震えているのが分かった。澱んだ瞳と傷だらけの顔では何を考えているのかはわからないが、声から発せられるものには深い悲しみがあるのではないかと……
「呪い?」
「貴殿も見た通り、あの者たちはみな知性の光を失い、本能の赴くままに暴れまわっている。あるものは食欲を満たすだけに同胞すらも口にする、あるものは劣情を満たすだけに種族を問わず女に手をかける、あるものは目に映る全てを敵とみなし暴れまわる……どれが発症するのかはわからぬが、我らオークには感情を爆発させる呪いがかけられているだ」
「我らってまさか……」
玄馬は背筋がぞっとした。動揺はこの場にいる全員に伝わっているようで、オークの瞳が一斉に玄馬を捉える。
「ここにいる全員、国の全ての民に呪いがかかっているのだ」
「なっ……!」
玄馬は思わず席を立ってしまう。それが愚かな行為だとわかっていても無意識の行動は止められるものではない。
「落ち着け、呪いはかかっているが発症を抑える結界がこの国には張り巡らされている」
すぐ横に座るブレイデルが言い放つ。
「結界って……」
目に見えないものをどう信じろというのだ。そんな視線を向ける玄馬であったが、ふと周りを見渡すと殆どのオークがこちらを見るのをやめて顔を伏せていることに気が付いた。
「お客人、警戒なさるのは当然の事です。これは我らオーク一族の恥部。それをあえてあなたに見せたこと、どうか理解していただきたい」
神官の一人がうやうやしく玄馬にすり寄り、頭を下げる。その肩は震えていた。
「先ほど映っていたものたちは結界を張る前に発症した哀れな同胞……みな、呪いに苦しんでいるのです……」
「そ、それはわかったけど……俺にどうしろと?」
「我らをお救い頂きたい」
長が全てを代弁するかのように言い放つ。
「この呪いは我らオークだけにかけられたものではない。この世界に住む全ての民に降りかかっている脅威なのだ。貴殿は、それら全てをお救いになる為にこの地に降り立った救世主、大導師なのだ!」
その瞬間、玄馬はとんでもないことに巻き込まれていることを自覚した。
(あぁ、やっぱり、そういうことね……)
酷く冷静だったのは諦めの境地か、どこかそういうものを求めていたのか、それはわからない。だが、漠然とした中で玄馬は不思議と状況に納得していた。異世界に来るということはやっぱりそういうことなんだなぁ……単純な話ではないのだが、今の玄馬はそう理解することで、状況を認めていった。
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