第11話 捕らえられて、その頃

「なる程、狂獣に襲われて仕方なく戦闘に移行して、山を砕いて街に大穴をあけてしまったと?」


 白銀の巨人騎士ガラッテを背にアリア・ジルベットは小さな体で腕を組み、怪しげな二人組を見下ろす。

 黒い鎧を身に着けたオークの騎士と真紅のローブを纏った導師らしい少年だ。二人は後ろ手に縛られており、アリアはじろりと碧眼を向けた。アリアは騎士長の証である白いマントをつけていたが、それは地面スレスレであり、腰に携えた鞘にはなぜか剣が収まっていなかった。


「あ、はい。そうです。けど、事故だったんですよ事故。俺たちもまさかこんなことになるなんて思ってなかったんですよ、はい」


 導師の少年はずいぶんと素直に答えている。隣のオークの騎士は憤然とした表情で黙秘を続けていた。彼らの背後には大きな穴が穿たれており、その深さはおよそ二十数メートルと言ったところか。均等に敷き詰められていたはずの岩盤ブロックがそこかしこに散らばり、周囲の建造物の窓は吹き飛び、いくつか脆い構造の屋根や柱は見事にへし折れていた。これで怪我人が出ていないのは不幸中の幸いと言ったところだが、下手をすれば大惨事である。

 それが素性のわからない怪しげな騎士と導師、しかも導機を操っているとなれば騎士としては黙っていられない。ディアンにはルドラトの軍がおよそ三百、その内ミゾルの街に駐留していた兵士は三十であり、アリアは彼らを呼び寄せ、導機より出てきたこのオークと導師の両名を一時的に拘束、しかるべき尋問を行っているというのが今の現状である。


「そこの騎士、そろそろ名を名乗りなさい。武具を見ればあなたが由緒ある騎士というのはわかります」


 オークの騎士は漆黒の鎧と兜を持ち、血で吸ったかのように真っ赤な刃を持つ巨大な戦斧を背負っていた。その威圧的な風体には駆けつけたアリアも呼び寄せられた兵士も恐怖を覚えたのだが、そこは騎士として、毅然と対応をして見せた。

 聖導機ガラッテから降りずに半ば強引に脅したのはこの際仕方のないことだと内心呟きながら、アリアはもう一度「名を」と尋ねる。


「で、あれば縄を解くべきではないか?」


 ここに至ってオークの騎士は初めて口を開いた。見た目からは想像もできなかったが若い声だった。もしかしたら年齢は自分とそう変わらないのかもしれない。それなのに見た目は何十年も戦場を駆け巡った歴戦の勇士のようだった。

 しかしそうとわかるとアリアは強気に出た。尋問をする際、弱みを見せてはいけないと教わったことを思いだす。なるべく大きな声で、はっきり、きっぱりと言葉を発する。


「どうなんだ?」

「んん! 現状であなた方を自由にして良い要素が全くありません」


 などと息巻いても凄まれてしまい、一瞬威圧されかけたが、咳払いで仕切り直したアリアはきっぱりと言い放つ。


「いや、あのですね? 街にでっかい穴をあけたのは本当にすまんと思うけどさ、俺たち狂獣を倒したわけですし?」


 導師の少年は苦笑いだった。

 確かに彼の言うこともわかる。何よりアリア自身がそれを目撃していた。それはわかるのだ。


「それについては私も遠くで確認しています。えぇ確かに、結果的には倒したのでしょう」 


 しかし、とアリアは付け加えた。

 ビシッと二人の背後の大穴を指さす。


「街の被害が狂獣に襲われるよりは遥かに少ない。それは確かにあなた方の尽力でしょう。ですが!」


 語尾を強め、アリアは小さな体で胸を張り、一喝するように言葉を発した。


「素性のわからぬ騎士と導師、しかも導機を所有して現れたとなれば警戒もします! 第一、個人で導機を持っていること自体が怪しいのです! あなた方が盗賊、野盗の類ではないとどう証明するのですか!」


 通常、導機は貴重な存在である。個人が所有するということはまずない。しかし、時折朽ち果てた古い導機をどこぞで見つけ出し、改修、勝手に運用する輩も増えてきている。導機は燃料となる魔力を何とか準備できればそれで動かすことは可能である。

 聖導機、邪導機のような特殊な導機でなければその実、操縦するということに限定すれば導機は非常に容易いものなのだ。

 故にまれに導機を使用したならず者たちも存在する。騎士の任務の中にはそれらの討伐もあるのだ。

 アリアが警戒するのはその為である。しかも、この二人が使っていた導機は明らかに通常のものではない。地面に埋没したはずの機体は二人を光球として吐き出したのちに光となり消え、オークの騎士の斧と化した。

 それはまるで自身が受け取った聖導機ガラッテと同じものだった。つまり、彼らが操っていた導機は聖導機もしくは邪導機のどちらかということだ。そんな貴重なものを旅の二人なんてものが持っていること自体が怪しい、ありえないというものだった。


「そうなの?」


 そんなアリア警戒を知ってか知らずか、導師の少年は隣のオークの騎士に耳打ちして尋ねる。

 オークの騎士は「まぁそうだな」と答えた。そして、溜息と共にふごふごと鼻を鳴らして、「オークの国テミランより参った。騎士ブレイデルだ。故あって旅をしている」と今まで押し黙っていたのが嘘のように素直に素性を明かし始めた。


「ブレイデル? どこかで聞いたことが……いえ、それよりもオークとはいえ騎士ともあろうものがなぜ導機を持ち出して……」


 ふと周囲がざわつき始める。こちらを囲むように眺めていた街の者たちのようである。兵士たちが見張り、彼らがこれ以上近寄るということはないが、一度ざわついた空気は一気に広まるものらしく、それまでは多少の静寂が保たれていた広場は一瞬にしてうるさくなる。


「あれはジルベットの娘だ! なんであの娘が導機に乗ってるんだ」

「オークだろあれ? 種族全体で呪いを受けたって話だ。いつ暴れるかわからないぞ」

「騎士長のマントだ。出世したのか!」

「瘴気が漏れ出すんじゃないのか? オークをこの土地にとどめるのは……」


 みなが思い思いの事を口にする。歯止めが利かなくなると面倒であった。アリアは彼らを黙らせようと、兵士に指示を送ろうと、彼らの方へと振り向くのだが、それと同時に彼女の顔色が真っ青になった。


「アリア! 戻ってきていたのか!」


 街の者たちをかき分け、誰よりも大きい声でその壮年の男が満面の笑みで駆け寄ってくる。流石に兵士たちに止められるが、その男は構い無しに手を振ってアリアの名を叫んだ。質の良いスーツに身を包んだ紳士である。目はアリアと同じく碧眼であり、目元がよく似ていた。


「アリアー! アリアー!」

「ち、父上……」


 アリアはがくっと肩を落とし、顔を覆った。恐れていた事態が、面倒な時に重なった。


「なんか大変そうだな」

「うるさい! 尋問はあとにします!」


 導師の少年はお気楽に言ってくる。ついつい感情的に返したアリアは、一先ず父親を黙らせる必要があると判断した。こうも騒がれては仕事にならないし、示しもつかない。数名の兵士を呼び寄せ、オークの騎士と導師を見張っておくように指示をしたアリアは今もなお自分の名前を呼び続ける父親を沈める為の方法を練り始めた。


 ***


 玄馬とブレイデルは野ざらしで放置されることはなかった。手持ちの荷物やブレイデルの装備の殆どは流石に取り上げられたが、二人は現在街の庁舎の一室にて軟禁されていた。待遇も悪くない。縄は解いてもらったし、逃げ出すようなことをしなければ手荒な真似はされないだろう。

 部屋には調度品がいくつかおかれており、応接室か何かだというのはわかる。椅子と机も用意されており、頼めば簡単な食事も持ってきてもらえた。

 玄馬はありがたく黒パンをかじり、薄いスープを飲み干していた。


「なんだブレイデル。食わねぇのか? タダだぜ、タダ! 金払わなくていいんだから食っておこうぜ!」


 時間帯としても昼時。しかもこの二日の旅で玄馬が食べてきたのは保存食のような干し肉である。これが意外と腹持ちはいいのだが、朝昼晩と同じものを食べていれば当然飽きてくる。玄馬はついこの間まで普通の学生だったのだ。食事環境変化は早々慣れるものではない。

 黒パンは特別うまいものではないが、噛めば味が出てくるし、玄馬は堅い触感が癖になりつつあった。がつがつと新しい触感と味に興味を惹かれながら食事を続ける。タダなのだからおかわりもしてやろうとすら思っていた。


「アホか。あとで金貨引かれても知らんぞ」


 ブレイデルはむすっとした態度のまま窓の外を眺めていた。その方角はちょうど西の方である。よく見れば右足の爪先がせわしなく床を叩いていた。


「落ち着けよブレイデル。そりゃ急ぐ気持ちはわかるけどさ、まだ二日だ。焦りは厳禁だぜ?」


 玄馬自身、食事を取るのは無意識のうちに不安を和らげるためだ。腹を満たせばいくらか気分は落ち着く。それはオークの国で経験したことだ。だからこんな風に軽口が叩ける。


「フン、気楽なもんだな。事の重大さをもう少し理解しろ。俺たちはこんなところで足止めを食らっている暇はないんだ」


 一方のブレイデルは肩に力が入りすぎたような様子だった。初対面の頃から感じていたことだが、この男はどうにも真面目すぎるきらいがある。それはそれで長所なのだろうが、今はそれがブレイデルの苛立ちを加速させているようにも見えた。

 むろん、彼が焦る理由もわかる。オークの国を覆う呪いと瘴気は余談ならない状態である。ガイオークスという守り神にも等しい導機を外に持ち出すというのは国総出の賭けである。

 良きにしろ悪しきにしろブレイデルは結果を持ち帰らなければならないのだ。


「瘴気はガイオークスで吸い尽くしたが、それでも呪いが解除されたわけではないんだ。呪いはいずれ、また体を蝕む。そして大地にあふれる瘴気がそれを加速させる。神官たちが結界張り、防いだとしてももって一年、二年……その間に変調をきたしたとしてもおかしくはない。ならば、急ぐのは当然だ。くそ! エルフの騎士め、こんな時に!」

「まぁーお仕事なわけだし仕方ないんじゃないの? それよりは大人しくして、身の潔白を証明して、解放ってな感じを目指そうじゃないか」


 玄馬はブレイデルに黒パンを差し出しながら、彼の隣に立った。ブレイデルは無言でパンを受け取るとそれを一口で放り込み、がりがりと音を立てながら咀嚼する。ぐいっと飲み込む音が間近で聞こえる。


「まだ食うか? スープもあるぜ? くそ不味いが」


 ブレイデルと同じ方角を眺めながら、玄馬は親指で背後を指す。テーブルには冷えたスープが残っていた。ブレイデルの分だ。


「いらん。塩気が足りないスープは水だ」

「確かに。野菜の水煮だったなこりゃ」


 頷きながら、黒パンの残りをかじる。顎が疲れてきた。

 窓の外は陽が暮れ始めていたが、賑わいは増す一方であった。庁舎から見える範囲内でも四つの店屋に明かりが灯る。酒場なのだろうというのは酒瓶やジョッキの看板を見ればわかる。もくもくとレンガ式の煙突から煙があがっていくのを見ると料理屋もあるのだろう。エルフの住民は街の広場に大穴が空いたことなどもう気にしていないかのように街に繰り出しては思い思いの生活を過ごしている。

 ただぼんやりとその風景を眺めていると、そののどかな風景に慣れていない自分がいることに気が付く。


「俺、本当に異世界に着ちまったのか」


 今更ながらの言葉である。そんなことはもうずいぶん前に理解していたつもりだった。

 しかし、見慣れないエルフや古い街並み、記憶をたどればロボットだモンスターだ、極めつけは隣にいるオークの存在だ。受け入れていたはずの「ファンタジー」が一気に浮かび上がってくる。

 だがそれは嫌悪感ではない。確かに混乱もしているし、望郷の念がないというわけではないが、今更じたばたしたところですぐに帰れるわけがないのだ。


「はぁ……なんでオークには優しくされて、エルフにゃ捕まらなきゃならねぇんだぁ……ふつー逆だろー?」


 物事を冷静に考えていくと、なぜという部分に突き当たる。玄馬が突きあたったのはその言葉だった。

 ぐてーっと窓に寄りかかり、溜息をつく。お約束な展開なら美人なエルフに呼ばれてオークに酷い目に合わされるのが筋だ。なのに今現在はその真逆だ。なぜだか微妙に腹が立ってきた。

 ブレイデルに大人しくしろなどといった手前、いきなりの方針変換を口に出すほど玄馬も子供ではない。だから大きなため息で鬱憤を吐き出すのだった。


「それにしても……」


 玄馬はふと自分たちを捕らえたエルフの騎士の事を思い出していた。碧眼で金髪、耳はとがっていて肌は白い。なる程お約束なエルフの見た目だ。ただ一つ違うとすれば、イメージの中のエルフに比べて些か小さいという所だ。そんな自分よりも一回りも小さい少女はガイオークスと同じようなマシーン、導機を操っていた。周りのエルフは騎士とか言っていたことを思いだす。あと妙に騒がしい父親らしい男も。


「なんで美人のねーちゃんじゃないだ」

 

 それは素直な感想だった。


「お前、エルフにどんなイメージを抱いてんだ?」


 急におかしなことを口に出す相方を怪訝な風に見下ろしていたブレイデルもまたままならない状況に観念したかのように溜息をついて椅子にどっかと腰を降ろす。椅子は嫌な音を立てて軋むがなんとかブレイデルの体重を支えきれたようだった。


「どんなってそりゃ美男美女で清廉潔白だろ?」

「何を言うか。連中は小うるさいだけだ。目がいいだけが取り柄のくせに偉そうにしやがる」

「なんだ? エルフとオークはこの世界でも仲が悪いのか?」


 少し、この世界の種族間の関係にも興味がわいてきた。玄馬は同じく椅子を引き寄せて、ブレイデルの方へと向く。

 ブレイデルはふごふごと鼻を鳴らし、「お前のいたところではどうかは知らんが……」とぶつぶつ言いながらも、かすかな笑みを浮かべて、会話に乗った。

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