第28話 蠢く瘴気

 泥竜の全長は約四十メートル。平均的な狂獣の大きさであった。溶け出すような表皮は次々に内側から回復しており、そこら中に泥となってこぼれ落ちる。幸いなことなのはその落ちた泥が前回のゾンビのように小さな狂獣にならないことか。それでもあたりに降り注ぐ瘴気の温床となっている事実は見過ごせない。


「まさか連中が瘴気を振りまいているのか!?」


 泥竜の巨体を冷静に見上げながら、ブレイデルは先ほど撃破された平べったい黒い導機たちについて考えていた。それにクイーンの言葉も気にかかる。楔を打ち込んだとか言っていたはずだ。

 楔。瘴気を齎すものはなんでもよい。それが呪いに侵されているか、瘴気を含んでいるかどうかだからだ。しかし、瘴気を扱う程の技術力を持った国をブレイデルは知らないし聞いたこともない。同時に呪いに侵されたものといってもそれは生きているものに限定される。死んでしまえば、呪いは解除されてしまうから。


「前の一件もある。なんだ、俺たちの知らない何かが起こってやがるぞ!」

『詮索は後々! 今は目の前のバケモンに対処するしかねぇぜ! アロマローネ、手伝ってくれるんだな!』

「当然でしょ。ここは我らが森。アルラウネにだって誇りはあるわ!」


 勇ましいアロマローネの気迫と共にファレノプシスの花弁が大きく揺らめき、背部の触手も蠢く。まさしく異形の花であるファレノプシスには足と呼べるパーツが存在せず、下半身はアルラウネたちと同じく花となっている。一見すれば移動できそうもない機構であったが、その機体はふわりと地面からわずかに浮く。

 しかし触手はなおも地面に突き刺さったままであり、脈打っていた。それに連動するように再び地面から触手が這い出て、泥竜へと絡みつく。


「土と水の混合体だったのは運の尽きというもの。我が一族に伝わるファレノプシスにしてみれば所詮養分! そして、こちらは邪導機! 瘴気は全て頂く!」


 まるで歌うような声がファレノプシスから奏でられる。管楽器のような甲高い声が響くとともに触手たちは次々と泥竜の肉体を締め上げ、そこからあらゆるエネルギーを吸い尽くしているように見えた。

 しかしながら泥竜も抵抗を行う。巨体を活かし、無作為に暴れ始めたのだ。


「暴れるんじゃねぇ!」

『こっちもパワー全開だぁ!』


 からめとられ身動きが取れない泥竜はちょうどよい的でしかなかった。ブレイデルと玄馬はチャンスを逃すということがない。ブレイデルはすぐさまガイオークスを跳躍させていたし、玄馬は周囲に飛び散った泥から発せられる瘴気を吸い取っていた。ガイオークスのエネルギーは万全である。

 轟咆と共にガイオークスの双眸が凶悪な光を放ち、右手に構えたメイスがうなりを上げて先端部分に魔力を集中させる。

 無数の岩石が呼び寄せられ、一つの塊と化し、巨大な砲弾を作り上げる。


「岩石砲で吹っ飛ばしてやる!」


 躊躇なく岩石砲を打ち出すブレイデル。轟音と共に射出された岩石は音速にて泥竜の頭部へと命中する。パンッと破裂するように泥竜の頭部が飛び散る。その名の如く泥をまき散らし、頭部を失いながらもどこからともなく奇声を上げ、うごめく姿は不気味であった。

 さらには吹き飛ばされた頭部の傷口から新たな泥が噴き出し、再び頭部を形作ろうとしていたのだ。


「この再生力、異常ね」


 その傷口に触手をねじ込みながらアロマローネはげんなりとした様子で呟く。

 彼女の攻撃方法を見ていた玄馬は「えげつねぇ」と何度口にしたかわからない言葉をささやきながら、再び泥竜へと視線を向けた。


『ブレイデル、奴にも多分だが結晶みたいなのがある。それがコアの役割を果たしているんだ。いや、違うな……バッテリーだ』

「バッテリー?」

『俺みたいなもんだ。俺がガイオークスとかに乗り込んでパワーアップさせるとの同じ理屈だろ。それが狂獣にもあるんだ。瘴気を送り込む電池、動力炉みたいなのが』


 はっきりとした根拠があるわけでもないが、玄馬は前回のゾンビに対しても今回の泥竜に対しても人為的な手段が加わっているという推測を立てていた。

 それに狂獣たちの状況があまりにも今の自分と似ているのが気になったのだ。


(だとしたらなんだ? なんでそんなことになる?)


 敵のコアがどこにあるのかはわからない。そこまでの探知能力は玄馬にはないようだ。しかし、狂獣からあふれ出る瘴気の量を見れば自分の仮説がそう間違っていないことを確信できる。


(ブレイデルは瘴気は容易に扱えるものじゃないといった。だとしてもあんな結晶みたいなものを用意してい、しかも導機にまで積み込んでいた。誰かがそれをやらなきゃ不可能なことだ。自然発生したもんでもねぇだろ)


 考察を続ける間にもファレノプシスの触手は泥竜をむさぼり、包み込んでいく。瘴気の反応もみるみる内に小さくなっていくのがわかる。

 遂には、再び巨大な樹木と化した触手の中に閉じ込められた泥竜の断末魔がかすれてゆく。そして、樹木は塵となり、消え去っていく。


「あら?」


 崩れ去る樹木から黒い結晶だけが残されていることにアロマローネは気が付いた。結晶はごとりと地面に落ちると、音を立てて砕け散る。破片は多少禍々しい光を放っていたが、それも放っておけば消える小さな火のようだった。


『ブレイデル、念のためだ。浄化しておこうぜ』

「あぁ……」


 その黒い結晶を掴んだガイオークス。同時に玄馬は浄化を始める。バチバチと結晶は火花を散らしたが、すぐさま塵となってガイオークスに吸収されていった。


「なんだというのだこれは?」

『さて、な。だが、どうにもこの事件。西の都にいけば解決するって問題でもなさそうだぜ?』


 玄馬は小さく溜息を吐いて周囲を見渡した。泥竜や戦闘の余波でぼこぼこと穴が空き、荒廃した大地は、見るも無残であったが、それらの穴は徐々にだがふさがっていくのが見えた。

 よく見ればその穴の周囲には樹木のようなものが群がっており、それが土を埋め直しているようにも見える。

 アルラウネたちの魔法か何かか。こうして大地を修復していくのかもしれない。

 だが、それでも玄馬はこの地に漂う瘴気の残り香を感じていた。

 ブレイデルはわずかな瘴気であれば、自然の浄化作用で消えるといっていたが、どうだろうか。ここも、呪いに侵されるのは時間の問題かもしれない。

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邪導機ガイオークス ~MPMAXの俺はロボのバッテリー~ 甘味亭太丸 @kanhutomaru

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