第17話 あなた大盛、僕並盛

「……凄い」

 琴音の先導でたどり着いたラーメン屋。そこで遥はとんでもない物を目にすることとなった。

 店にもよるが、ラーメンの一人分というのは大体150gグラム位である。ここを基準に量を増やしたり、減らしたりする。中には「小」で300gグラムを超える物もあるが、それは別格だ。

 そして、これがつけ麺になると少し増えて大体200gグラムがスタートラインになる。今回琴音が選んだ店はつけ麺が売りの店という事も有り、三人ともそれにしたのだが、

「?どうしたの?」

 まず久遠。彼女が頼んだのは大盛。このお店には並盛、中盛、大盛の種類が存在するから、その中では一番上。遥が頼む時に聞いたところによれば、大盛は450gグラム。つまり、一人前の倍以上。そして、そんな大量の麺は、もう残っていない。

 そして、それ以上に驚いたのがその奥に座っている琴音である。その体の大きさからして、それなりに食べる気はしていた。しかし、

「ん?どした?」

 琴音が二つ隣からひょっこりと顔を出す。

「いや……」

 遥は思わずその前に有る山を見つめる。そりゃそうだ。1kgキログラムなんて見たら誰だって気にはなる。

 この店は麺量が、並盛、中盛、大盛の三段階に分かれているのだが、実はそれ以外の頼み方が存在する。それが麺量の指定である。値段は据え置きで最大1kgキログラムまで頼むことが出来るのだ。遥は最初その謳い文句を見た時に、そんな量を食べる人もいるんだな位に思っていたのだが、思ったよりずっと身近にいた。

 遥の視線に気が付いたのか久遠が苦笑して、

「琴音、凄いでしょ」

「そ、そうだね」

 琴音が不思議そうな顔で、

「凄い……って何がだ?」

 久遠は琴音の前に有る皿を指さして、

「それよ、それ。そんなに食べる人、見たことないわよ」

「そうか?」

「そうよ」

 琴音は納得が行かないようで「そうかなぁ……?」と呟きながらつけ麺とにらめっこする。そんな彼女をよそに久遠は手を上げ、

「済みません!スープ割りをお願いできますか?」

 店員が威勢よく、

「スープ割りですね!少々お待ちください!」

 久遠は遥の手元を指し、

「それも、お願いする?」

「えっと……」

 さて、困った。実の所つけ麺なんて食べる機会は滅多にない。だから、勝手が分からない。という訳で、

「スープ割りっていうのは、何でしょう?」

 聞いてみる。久遠は「ああ」と気が付き、

「えっとね……つけ麺のスープっていうのはその仕様上ラーメンの物より濃いの。だから、通常のラーメンと違って、基本的にはそのままは飲まない訳。そんなスープを薄めて、飲めるようにするサービスがスープ割り……と言ったところかしら」

 遥は感心し、

「……詳しいですね」

 久遠は肩をすくめて、

「琴音と一緒に行ってるうちに覚えちゃっただけよ」

「お待たせしました。お皿、お預かりしてよろしいですか?」

 先ほど呼びかけに答えてくれた店員さんに声を掛けられる。久遠は自らの物を差し出し、

「はい。後、彼女のもお願いできますか」

 ついでにお願いしてくれる。店員さんは快諾し、

「大丈夫ですよ。えっと、お預かりしても?」

「あ、はい。大丈夫です」

「それじゃ、お預かりしますね」

 店員さんは二人分の皿を持って消えていく。手持無沙汰になった遥は、

「そういえば」

「ん?」

「えっと、刹那さんと琴音さんはどうやって知り合ったのかなぁって」

 何となく気になっていた事を聞いてみる。「ひーちゃん」という呼び名を聞く限りリアルの友人な気がするのだが、それにしては学校で姿を見たことがない。

 またしても二つ隣から琴音が首を出し、

「アタシとひ……刹那は幼馴染みたいなもんなんだ」

「幼馴染……ですか?」

「そう。幼い頃からお互いの親に付き合いが有ってな。その関係で知り合ったんだ。まあ、当初は二人とも『親の友人の子供』程度にしかとらえてなかったし、会話も最低限だったんだ」

「ちょっと、琴ちゃん」

「まあ、いいじゃん。大したことじゃないし」

 久遠からの苦情をスルーし、

「ところがな。ある時、二人の趣味が近い事が分かったんだよ。それを知った二人はたちまち意気投合。仲良しになりましたとさ」

 そう、締めくくる。久遠はまだ不満そうに、

「もー……勝手にそういう事話して」

「いいじゃんそれくらい。減るもんじゃないし」

 久遠は一転、笑顔になり、

「そうね。ところで話は変わるけど、私と遥さんはスープ割りを頂いたらもう出るわよ。待ってる人に悪いものね」

 それを聞いて遥は思わず店外を確かめる。そこには席が空くのを待っていると思われる後客が何人も並んでいた。



          ◇      ◇      ◇



「ありがとうございましたー!」

 店員の挨拶に送り出され、久遠と遥は店外に出る。

「さて、どこ行こっか?」

 すっぱりと言い切る。遥は思わず店内を見て、

「え、でも、まだ琴音さんが」

「いいの。どうせまだ時間かかるんだし」

「そうなの?」

 そういえば、さっき見た時はまだ結構な量が残っていた気がする。久遠はあきれ顔で、

「そう。あの子はね、ああ見えてあんまり食べるのは早くないの。だから、二人で出掛ける時も私だけ先に出てるって事は多いわ」

「な、なるほど」

 彼女が頼んだ量は久遠の倍以上。単純計算で倍の時間がかかる事になる。それに加えて食べるのが早くないと来れば、確かに店内で待っている訳にも行かないかもしれない。しかし、

「でも、それだったら、ここで待っていれば」

「いいのよ、別に」

 何だかそっけない。その理由はもしかして、

「えっと、琴音さんが言ってた話って、聞いたらまずいものでしたか?」

 久遠はぶんぶんと両手で否定し、

「全然!だけど、何でも簡単にしゃべっちゃうから、お仕置きよ、お仕置き」

「お、お仕置き……」

「そう。琴ちゃんはこうやってお灸据えておかないとどんどん突っ走っちゃうんだから……」

 その口ぶりには「仕方ないなぁ」というニュアンスニュアンスが含まれている。

「仲、いいんだね」

「ん。まあね。趣味も近いし、生活圏も近かったしね」

 遥はふと気になって、

「そういえば、何で知らなかったの?」

「何を?」

「趣味。小さい頃から知り合いだったんでしょ?」

 久遠は何度か瞬きした後、

「あー……多分ね、お互いに想像もしてなかったんだと思う」

「っていうと?」

「私とあの子が知り合ったのって子供音楽教室みたいな所だったのよ。それも、結構月謝の高い所」

 久遠は店内の琴音をちらりと見て、

「特にあの子の両親は音楽家だったから。漫画とか、そういうのとは無縁だと思ってたわ。あの子も多分、そう」

「あれ、でも刹那さんのお父さんって出版社の人だよね?だったら、漫画が好きなのはそんなに不思議じゃないんじゃ……」

 久遠はぽかんとして、

「良く覚えてるね……そうね、父親を知っていれば不思議では無いかもしれないわ。でもね、私を音楽教室に送り迎えしていたのは母だったの。母は余りそういう物が好きではないから」

「そう、なんだ」

「ええ。だから、二人が共通の趣味を持ってるって知ったのはもっとずっと後。最初のきっかけは多分、これ」

 久遠が取り出したそれには見覚えが有った。

「あ」

 作家・王天人。久遠が憧れている作家であり、遥も好きな作家である。

「最初は驚いたわ。今でこそあんな感じだけど、当時の琴音はもうすこしおしとやかな感じだったから」

 おしとやか。今の琴音から思い浮かべるワードとは真逆の物だ。

「あ、でも琴音ってああ見えても意外と初心なのよ?」

「そうなの!?」

 何とも信じがたい話である。取り敢えず初心な人間は初対面の人間に抱き着いたり、胸を揉んだりしようとはしないと思うのだが。

「ああ見えて、だけどね。だから、驚いたわ。でも、話していくうちに仲良くなって、今に至る……って感じかな?」

「へぇ~……」

 遥は思わず店内の琴音を確認する。どうやらまだ1kgキログラムと格闘しているようだ。

 沈黙。

「――そういえば」

「ん、何?」

「刹那さんは朱葉って知ってます?」

「あけは?」

 遥は頷き、

「はい。朱色の朱に、葉っぱの葉って書いてそう読ませるんですけど」

「朱葉……朱葉ねえ……」

 久遠は腕を組んで考え込み、

「ごめん……聞いた事ないと思うわ」

「そう、ですか……」

 残念。王天人の大ファンである久遠なら何か知っているかと思ったのだが。

「えっと、ちなみにその朱葉っていうのはどういう物なの?」

「ええっと……」

 さて、どうしたものか。彼女が知らないのならば作風が似ているだけの別人かもしれない。それか、素人の勘違いか。「公太郎=朱葉説」を唱えているスレッドは一つだけだったし、嘘っぱちという可能性も高い。現にスレ内では否定的な意見が多かった。そんな不確かな情報でぬか喜びさせるのも良くない。と、いうわけで、

「実は私も良く分からなくって……妹が調べていただけなので」

「妹さんが居るの?」

「はい。その妹が調べてただけなので、どういう物かまでは分からないんだ」

 そういう事にしておく。本当の所全く関係は無いのだが。強いて関係性を上げるなら隣で寝ている時に検索した位だろうか。後は、「朱」という漢字が被っているが、珍しい漢字でもないし、共通点と言うには厳しいだろう。

「そっかー……」

 久遠は納得したのかしていないのか曖昧な返事をする。この分だと自分でも調べるかもしれないが、「朱葉」というワード単独では何も引っかからない気がする。

 やがて脳内で何らかの決着がついたのか、

「ま、いいや。取り敢えず、どこか見てましょう?」

「えっと……ホントに良いんですかね?」

 再度、店内を見る。まだかかりそうな雰囲気である。

「大丈夫よ。さっきも言ったけど、いつもの事だから。移動してるよーってメールはしておくし」

 まあ、ここでごねても仕方が無い。

「それなら、まあ」

 遥は頷く。ふと気が付くと店外に並んでいた客は全て捌けていた。

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