第三章

第13話 友人の友人は変態

 帰宅後、メールを確認すると二通、新着が有った。

 一通は久遠から。今日一日の礼と、サインの事に対する改めての謝罪。そして、出来る事ならばまた会いたいという希望が述べられていた。その文面は非常に丁寧で、性格が感じられる。

 また会いたい。そんなのは遥からお願いしたい事である。色々なイベントが有ったが、今日は間違いなく楽しかった。そう断言できる一日だったと思う。友人は居る。でも、趣味と波長がここまで合う相手は居なかったと思う。伊織だって仲は良いが、趣味は真逆と言っていい。それ以外の友人なら尚更だ。一緒に遊ぶことはある。盛り上がりもする。でも、どこか離れた位置に立っている。そんな感覚。

 それが、久遠相手だと全く無かった。久遠も“黎”も本名ではない。おまけに、“黎”は“遥”となって、性別まで偽っていた。それなのに、である。

 取り敢えず、返事をしよう。こちらこそという礼と、気にしなくていいという励まし。そして、「私もまた会いたいです」という言葉。

(これでいいかな……)

 全体の文章をチェックして、送信。

 続いて二通目を確認する。


【ゴールデンウィークについて】

「こんばんは。朱莉あかりです。早速ですが、来週ゴールデンウィークは帰って来るんですか?来るのか来ないのかだけで良いので連絡してください。ただ、あおいがご馳走を作ると張り切っているので、帰ってきた方が良いと思いますよ。それでは」


 メールの「来週のゴールデンウィーク」辺りまで読んだところで遥は思わず身体を翻し、壁掛けのカレンダーを確かめる。そして、パソコンで今日の日付も確かめ、

「そっか、来週ゴールデンウィークか……」

 すっぽりと頭から抜けていた。そして、妹の朱莉によれば、いつも通り葵が張り切っているらしい。その存在を忘れていた事も有り、実母のやる気を無碍にするほどの用事は入っていない。だから、


【Re:ゴールデンウィークについて】

「ごめん、そろそゴールデンウィークだって事を忘れてたよ。特に予定もないし、去年と同じ様に、月曜日、学校が終わったら帰ります。母さんにもそう伝えておいてほしい。宜しくお願いします」

 

 そう、返信した。



          ◇      ◇      ◇



 忘れもしない。黎が小学生の頃だ。

「黎。お母さんね、白光あきみつさんと結婚する事にしたから」

 突然、そんな話をされた。紹介された男の人は星守白光。葵の知り合いで、黎も大好きな人。

 そして、彼が連れていた子供が星守朱莉だった。

 お人形さんみたいだな。朱莉に対する第一印象はそれだった。服装は所謂ゴスロリで、外出時は派手な日傘を欠かすことは無い。それに加えて無口でインドア。白光が家に居る時はついて回り、そうでない時は自分の部屋から出てこない。朝昼晩の食卓には顔を出すが、かなりの小食。そんな少女。白光とすらそんなに会話をしないものだから、当然葵や黎とは言葉を交わす機会なんてある訳が無い。

 しかし、ある日、黎は唐突に服の裾を引っ張られ、

「お父様の言葉を使うのは止めてください」

 そう言われた。これが朱莉の黎に対して放った最初の言葉である。

 言いたい事は分かる。当時の黎は白光に憧れていた。だから、彼の言葉を真似して生きていた。そんな所が朱莉に取っては不愉快だったのだろう。

 しかし、それを否定する権利が有るのは恐らく白光本人だけだろう。朱莉にはそんな権利は無いはずだ。だから、

「ヤだよ。そんなの僕の勝手だろ?」

 そう言ってやった。

 次の瞬間、視界がぐんっと動いた。そして、後から痛みが込み上げてきた。それで漸く理解した、自分は叩かれたのだと。

 次の瞬間、黎は掴みかかった。朱莉も応戦した。インドアで、女子なのに思ったより力が有る事をその時知った。

 やがて、白光がやってきて仲裁した。そして、頼まれた。

「朱莉の居る所では、僕のまねはやめてあげてくれないかな。彼女も複雑なんだ。頼むよ。ほら、黎の欲しがってたアレ、買ってあげるから。な?」

 その白光の声は、余り聞きたくない類の物だった。彼は黎のヒーローなのだ。そんな懇願するような言葉は聞きたくない。

 だから、即座に頷いた。それを見た時の白光は凄く嬉しそうだった。そんな彼の顔を見ると安心した。やっぱりこうでなくっちゃ。

 それ以降、朱莉とは衝突しなくなった。元々二人とも白光信者みたいなものなのだ。次第に言葉も交わすようになり、仲良くもなった。「お父様の凄さに気が付くなんて、貴方は中々見どころが有りますね」とまで言われた。何故上から目線なのかは分からないが、その表情が嬉しそうだったから、突っ込まなかった。

 そんな彼女とも高校に進学してからは余り会わなくなった。黎が一人暮らしを始めたのだから当たり前だ。

 だから黎は、大型連休の時は必ず実家に帰るようにしている。白光……は居ない事も有るけど、葵、そして朱莉と会えるのだから――



          ◇      ◇      ◇



 月曜日。授業が終わり、帰宅した黎は、既に纏めてあった「帰宅用セット」をエナメルバッグに詰め込み、

「こんなもん、かな?」

 誰ともなしに確かめる。返事など貰える訳も無いのだが、一人暮らしだとどうもこうやって確認してしまう。ペットなんか飼ったら毎日の様に話しかけてしまいそうだ。

「……メール見たら行くか」

 自分の部屋で突っ立っていても仕方が無い。黎はスリープ状態にしてあったパソコンを動かして、メールを確認する。新着は、一通。


【ゴールデンウィークのご予定はいかがですか】 

「こんにちは。刹那です。早速なのですが、ゴールデンウィークの予定はいかがでしょうか?実は私の友人が遥さんに会ってみたいと言っていて、ゴールデンウィークはどうかと提案しているのです。もし、ご都合が宜しいようでしたら会っていただけないでしょうか?お返事、お待ちしています」


 びっくり。まさか「遥に会いたい」などという人間が居るとは思わなかった。一応同人活動はしているが、売れっ子では無い。そこから、という事はちょっと考えにくい。

 そうなると、その「友人」は久遠から遥の話を聞いて、興味を持った、という事なのだろう。

「うーん……」

 さて、どうしたものか。遥の話をした、という事は恐らくオタク界隈の人間であり、それは即ち青洋の人間では無いだろうという事を意味する。学校での彼女を見ている限り、オタクの友人が居るとは考え難い。だから、会ったとしても別に危険は無い。伊織の様なリアルの知人が出てくることは、まあ無いだろう。

 問題は日程で有る。ゴールデンウィーク。これが二日前に届いていれば快諾しただろう。その時点では何の予定も入っていなかったのだから。しかし、今は違う。実家に帰るという立派な予定が有る。事情を説明すれば分かってはくれるだろう。でも、

「嫌味は言われそうだなぁ……」

 朱莉には去年――ゴールデンウィーク全てを実家で過ごした――と同じ様に、と伝えてしまったのだ。

 きっと、

『黎は可愛い妹との約束を反故にして、誰と出かけるんでしょうね?』

 なんて言われるに違いない。自分で考えておいてなんだが、凄く言いそうだ。頭の中にジト目の朱莉が浮かぶようだ。

 とはいえ、「久遠の友人」というのはやはり気になるワードだ。だから、


【Re: ゴールデンウィークのご予定はいかがですか】

「こんにちは。ゴールデンウィークですが、5日が空いているので、そこでどうでしょうか?お返事お待ちしています」


 そう返信する。これなら、久遠と会った後、この部屋に帰って来ればいいだけだ。それ以前だと直接嫌味を言われる時間を作ることになる。これでも、メールでは言わるだろうが、直よりは遥かにマシだ。

「さて、今度こそ行くか……」

 メールに返信をしていて手間取ってしまった。朱莉に「学校が終わったら帰る」と連絡をしてしまっている。待たせるのは良くない。そう思い、黎は部屋を後にした。

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