第10話 大体こういう人の栄養は胸に集中している

「それじゃ、まずは遥さん、取ってきていいですよ」

 遥はきょとんとして、

「え、一緒に行きましょうよ」

「でもほら、荷物番とかしなくちゃいけないですし」

「貴重品だけ持って行けば大丈夫ですよ。ほら」

 そう言ってポケットに入っていたスマフォと、既に取り出してあった財布を出して見せる。

「うーん……」

 久遠は少し悩み、

「まあ……そうね。えっと、ちょっと待っててね」

 バッグの中を探って財布とスマフォを取り出し、

「行きましょうか」

 立ち上がる。ちなみに取り出した物は片手に持ったままだ。

「えっと……刹那さん」

「ん、何?」

「その、手に持ってたら料理を持ってきにくいんじゃ……」

「あ」

 そう、二人は何もちょっと飲み物を取りに行くわけでは無い。ビュッフェの料理を取りに行くのだ。片手が塞がっているというのは実に不便だろう。

「どうしようかなぁ……」

 悩む久遠を見て遥はふと気が付く。彼女の服はポケットが非常に少ない。ズボンと違ってスカートのポケットでは大きい物も入れづらいだろう。かといってバッグごと持って行くのは少し邪魔になりそうだ。さてどうしたものか。

「あ」

「ど、どうしたの?」

 遥は受け答えもせずに自分のバッグを漁り、

「これ、なんかどうでしょう?」

 中から折りたたまれた物体を取り出して、渡す。久遠はそれを広げて眺め、

「これって……マイバック?」

「はい」

 そう、マイバック。遥は女装して出掛ける時は基本、いつも同じ手提げだ。そして、その中には、唐突に買い物を思いついた時用の折り畳み式マイバックが常備されていた。備えあれば憂いなしという事だろうか。用途は全く違うが。

「これならかさばらないし、持っててもそんなに邪魔にはならないかなと思ったんですけど……」

「ありがとう……っていうか、遥さん、いつもこういうの持ち歩いてるの?」

「えっと、はい」

 うっ、ずぼらだと思われ、

「何て言うか凄いね。用意周到って感じで」

 ていなかった。むしろ褒められた。

「そ、そうですかね?」

「そうよ。あれ、でもマイバックを持ってるって事は、家事は遥さんが?」

「と、いうより、一人暮らしなので自分でやらざるを得ないんですよ」

 言ってから気が付く。これは教えて良い情報だったのだろうか。案の定久遠は、

「一人暮らしなんだ。それで自炊してるなんて凄いなぁ……」

 という褒め言葉の後に小声で、

「……手料理、食べに行きたいなぁ」

 当然だが聞こえないふりをした。だって、そうだろう。久遠が遥の家に手料理を食べに来るという事はつまり、久遠が「星守黎」の家に来ることである。ちなみにいざという時の為に、生徒会役員は各々の連絡先を把握している。それは当然生徒会長にも当てはまる。下手をすれば一発で遥=黎と気が付かれる。そんな危ない橋は渡れない。

 と、いう訳で、

「あ、それじゃ、取りに行きましょうか」

 無理矢理話を打ち切って歩き出す。

「え、あ、えっと…………はい」

 久遠も最初は戸惑っていたが、やがて諦めてついてくる。正直な所その反応は少し心が痛い。多分久遠は、本当に遥の家に行ってみたい、料理を食べてみたいと思っているのだろう。だが、その芽は何としてでも摘み取らなければならないものだ。もし、出来るのなら、どこかで料理だけでも披露できると良いんだけれど。一番いいのはお弁当だろうか?

 弁当を作って出掛けると言ったら何だろう、花見の時期にはもう遅いし、などと遥が考えていると、中央のカウンターにたどり着く。

「わぁ……」

 凄い。

 遠くからじゃ詳しい内容までは分からなかったが、非常に充実していた。サラダだけでも数皿存在し、おかず類も豊富だ。それに加えてパンもある。

 飲み物だって負けては居ない。大雑把に分類すれば紅茶、コーヒー、ジュース位なのだが、それぞれにバラエティーがある。特に紅茶に力を入れている様で、いくつものポットが置いてあった。

 そして、極めつけはデザートである。小さなショーケース(自分で開けられる)にはそれ相応のサイズにカットされたケーキ類が何種類もあり、さらには、カウンターの端には自分でソフトクリームを作れる機械まで置いてある。何とも豪華だった。

「どうですか?」

 後ろから、久遠の声がする。その色はどこか嬉しそうだ。遥は振り返って、

「凄いですよ。こんなところ知りませんでした」

「ですよね?私がお勧めできる数少ないお店なんです。さ、取っていきましょう」

「はい!」

 遥は足取り軽く、皿を取って料理の前へと向かう。どれもひと手間ふた手間かかりそうなもので、効率と味を重視した遥の自炊では選ばれないようなメニューばかり。何とも目移りする。

(取り敢えず、こんな感じでいいかな……)

 ただ、ここはビュッフェ形式だ。食べ終わったらまた取りに来ればいい訳で、迷っても仕方が無い。そう考えて直感で数品を盛り付け、飲み物にグレープフルーツジュースを選択する。

 両手が塞がり、既にやる事の無くなった遥は横にずれて久遠の方をうかがい、

「わぉ」

 驚くしかなかった。通常ビュッフェでは、料理の種類に合わせて数種類の皿が用意されている事が多い。それはこの店も例外ではなく、一番単純な平たい皿は大小二種類が用意されていた。遥はそこまで大食いでは無いのに加えて、女子がそんなにガツガツと食べるのは変なのではないだろうかという事が気になって、小さい方の皿にしたのだが、

「ごめんなさい。お待たせしました」

 彼女が持っているのはどう見ても大きい方。しかも結構面積一杯に乗せている。ちなみに飲み物の方はコップのサイズが固定なので普通だった。

 久遠は遥の視線に気が付いたのか、

「これ?だって何度も取りに来るよりも一度に取った方が良いと思いませんか?」

 それは遥も思う。でも、その量はいかがなものか。

「それにしてもえっと……多いですね」

「そうかな?そんなに多くないと思いますけど」

 どういう事だ。それで多くないという事はつまり、普段もそれくらいの量は平然と食べるって事か。そのカロリーは一体どこに消えているんだ。

「そう、ですかね?」

「そうですよ」

 久遠は遥の皿を見て、

「遥さんは余り食べないんですね?」

「まあ、後で取りに行けますから」

「そっか、そうですよね。私もまた後で行きますし」

 今なんて言った。その皿とメイン以外にまだ食べると。遥は本当に良く太らない物だと感心する。

「と、取り敢えず戻りましょうか?」

 今だに驚きを隠せない遥。久遠はそんな様子には全く気が付かずに、

「そうですね」

 同意する。その表情は明るさに満ちていた。


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