第40話 大事なのは結論ではなく
「無理」
最初に言葉を返したのは奏だった。
「あの人に認められるって……そんなの無理に決まってるじゃない」
「そうでしょうか?」
「そうよ」
断言。
「あの人はどうしたら認めるとか、そういう考え方をする人じゃないの。これは駄目、あれは駄目。一度決めたら変えない人なの。それに認めさせるって……無理よ」
「何が有っても、ですか?」
「……多分」
流石にそれは断言できなかった。当たり前だ。認める認めないという決定だって、元は何らかの根拠が有るはずだ。ならば、それを撤回させる事もまた、不可能ではないはずだ。
しかし、奏の反応を見る限りだと、翻意は相当難しいらしい。
「それなら、判断を保留してもらう事は、出来るでしょうか?」
「え……?」
「僕を認めてもらう……とまでは行かなくてもいいんです。ただ、お見合いを一旦無かった事にする位の可能性を見出してもらう。それなら、どうでしょう」
奏は戸惑い、
「可能性って……どういう事?あの人に直談判でもするの?」
黎は、静かに首を横に振る。そして
「劇です」
「劇……?」
「僕と久遠さんの主演で、劇をやるんです」
そう、提案する。
「……え」
ずっと黙っていた久遠が驚きの声を漏らす。奏は失笑しながら、
「劇って……なんでそうなるの?だって、文化祭を成功させなきゃいけないんでしょ?」
「はい」
「だったら何で、」
「でも、それ以上に認めてもらわないといけない。ここが一番大事なんです」
「君達が劇をやる事で、認めてもらえるって事?」
「はい。勿論、ただの劇じゃ駄目ですけど」
奏は疑問の色を強め、
「……どういう事?」
「劇の内容は……僕が久遠さんと出会ってからの事を物語として再編成します」
「は!?」
流石に久遠が乗りだして、
「な、なんで?お姉ちゃんが書いた脚本じゃ駄目なの?」
「駄目……って事は無いんだけど、今回の場合、まず時間が足りないんだ。後三週間も無い。その間に話を考えて脚本も書いてもらって、練習だってしなくちゃいけない。それだと、間に合わない可能性が高い」
「それは……」
久遠は口ごもり、
「でも、それにしたって何でその、」
「僕たちが出会ってからの事なんだって事?」
首肯。
「久遠のお母さんは僕を認めてない。それは事実だ。でも、話を聞く限りだと、久遠さんを誰かと結婚させる事に関しても本意ではないらしい。それならば、僕が『見合い相手よりも信頼できるかもしれない』という可能性を提示すればいい」
そこで言葉を切り、
「その為にはまず、僕を知ってもらう必要がある。だからさ」
「で、でも!それが私と黎くんの話だって分かってもらえるかは」
「分かってもらうんだ。幸い、僕が久遠のお母さんと二回会ってる。そこを見て貰えれば、何をしたいのかは、分かってもらえるんじゃないかな?」
久遠は、黙ってしまう。代わりと言わんばかりに奏が、
「内容に関してはまあ……いいとするよ。でも、そもそも、あの人がそれを見に来てくれるの?端から失敗した事にする前提なんじゃないの?」
黎は首を横に振り、
「それは無いと思います」
「なんで」
「曲りなりにも失敗扱いをするのであれば、その理由が必要です。その為には、やっぱり自分の目で確かめる必要がある」
「……荒探しの為に来るって事?」
「恐らくは」
奏は次の言葉を何とか探し出し、
「そ、そもそも!二人の事を劇にしたとして、それで君を認めてくれる保証はどこにあるの?結局駄目でしたってなる可能性はあるんじゃないの?」
可能性はある。そもそも黎の計画は全て、母親の思考をこちらで勝手に想定して作り上げた物だ。しかし、
「もし、そうだとしたら、こんな条件なんか付ける必要は無いはずです」
「条件を付けておきながら、結局何をしても認めないよって可能性は?」
「もしかしたら、本人はそのつもりかもしれません。事実、本来はお願いするはずだったものが、白紙に戻されていました」
「じゃあ!」
黎は奏を制して、
「だとしても!」
思わず声を荒げる。
「もし、そうだとしても、心の底から認めるつもりが無いのなら、条件なんて付けないはずなんです」
平生に戻り、
「……本当に久遠さんをお見合いさせて、結婚させたいのなら、有無を言わさずそうすればいいんです。にも関わらず、条件を付けて、一番簡単な『成功の道』を絶った。多分、悩んでるんだと思うんです」
「悩んでる……?」
「はい。自分の全く知らない、どこの馬の骨とも分からない男に自分の娘が取られてしまうかもしれない。だから、そんな奴にやるくらいなら、自分が有る程度認めた相手と結婚させたい。でも、もしかしたら馬の骨では無いかもしれない。だから、」
奏が後を受けて、
「試練として、条件を出した……って事?」
「はい。それも、無意識に」
奏は難しい顔をして、どっかと椅子に体重を預ける。それどころか何度か背もたれに寄りかかり、ギシギシと音をさせた後、
「私個人の見解としては、」
体を起こして、
「私としては、正直有り得ないと思う。あの人がそんな、なんていうかなぁ……人らしい事を考えてるなんて、私は思わない。でも、」
久遠の方を伺い、
「久遠」
「は、はい」
「久遠はどう思う?」
「えっと……」
「正しい、正しくないじゃなくてもいい。何だったら、彼の事を信じたいかどうか、でもいいよ。どう?」
じっと見つめる。暫く視線を逸らしていた久遠はやがて、何かを決心したかのように奏をじっと見つけ返し、
「……信じる。信じたい」
瞬間。奏の表情がふっと柔らかくなり、
「そっ……か」
目が細められる。その様子はまるで子供を見守る親の様で、
「黎」
「は、はい!」
唐突に名前を呼ばれ、びくっとなる。
「あ……」
気が付く。奏の表情に柔らかさはもうない。代わりに有るのは、
「分かったよ。私も協力する。それでいいんだね?」
自由で、無邪気な、笑顔だった。
◇ ◇ ◇
「さて、」
奏が仕切り直す。
「協力はするけど、具体的にはどうするの?」
「具体的にと言っても、今言った通りです。僕と久遠さんがオンリーの会場で出会ってからの事を物語にします」
「それで、劇になるの?」
「なる……とは思いますが、もし駄目そうならば奏さんにちょっとしたアレンジをお願いするかもしれません」
「アレンジ……?」
「はい。何も全てがノンフィクションである必要性はありません。少しくらい大げさでもいいんです」
「なるほど……」
久遠が心配そうに、
「ねえ、黎くん」
「何?」
「私も演技をするの?」
「えっと……一応」
「そんな、出来ないよ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないよ」
黎は久遠の肩を掴んで、
「きゃっ」
「大丈夫。学校での久遠さんは、僕と会う時とは全然違うじゃない」
「……それとこれとは」
「勿論違う。でも、演技をする必要は無いんだ」
「ど、どういう事?」
「だってそうじゃない。久遠さんの素なんて知ってる人の方が少ない。だったら、そのままでいいんだよ。本人が本人役を演じる。ただそれだけの事なんだ」
久遠は一応納得したのか、
「……じゃあ、黎くんは?」
その質問に、
「彼は心配ないと思うよ」
奏が答える。
「だよね?」
そして、同意を求めてくる。
「……まあ、一応は」
久遠は不思議そうに、
「ど、どうして?演劇をやってた、とか?」
「それは……」
困った。どう説明したものか悩む。そんな所に奏が再び助け舟を出し、
「彼はね、仮面を被るのが上手いんだよ」
「仮面……?」
「そう。本当の自分は押し隠して。幾つもある仮面を使って、人と接する。だから、高校の文化祭でやる演劇位なら訳ない……だよね」
「そ、そうなの?黎くん」
確認してくる。この人は、奏は、一体どこまで見ているんだ。余りの的確さに怖くなる。しかし、今は、文句を言っている場合じゃない。かといって、全て認めるのも尺だ。だから、
「まあ、当たらずとも遠からずって感じかな」
そんな受け答えをする。奏は笑いながら、
「あっはっはっ、そう来たか。まあいいや」
久遠を見据えて、
「久遠、安心していいよ。多分彼は並の役者よりもよっぽど上手だよ。特に今回は彼自身が主人公の物語だから、余計ね」
「そ、そうなんだ」
今だに納得は行かない。しかし、姉から太鼓判を押されたことで久遠は疑問を取り下げる。それを見て奏は、
「じゃあ、内容と演者はそれでいいとしよう。でも、それで大丈夫なの?」
「何がですか?」
「言っちゃ悪いけど、私は劇作家としては無名中の無名。そんな人間が脚本をしたとして、成功とは言えないんじゃない?」
「それは……」
言葉に詰まる。正直な所、解決策は有る。しかし、それを彼女にお願いしていいのかどうか。その部分で未だに迷いが有った。
「じゃ、じゃあ!」
瞬間。
「しょ、小説家とか、漫画家としてなら、どう?」
「え……」
久遠が提案する。その内容は、奇しくも黎が考えていた事と全く同じで、
「……それは、つまり、作家や漫画家としてのペンネームを公表してほしいって事?」
そう。その通りだ。そうすれば、知名度の問題は完璧にクリアされる。漫画家か、小説家か、いずれにしても、同一人物と分かれば、それは「特別枠」の脚本を務めるにふさわしいと言って良い。
しかし、これには問題がある。何も奏だって、何の意味もなくペンネームを分けていたわけではないだろう。そこにはきっと彼女なりの理由があるはずだ。今久遠が述べ、黎が提案しようとしていた事はそこを譲ってほしいという意味に他ならない。
そんな提案を受けた奏は、かなりの時間沈黙を保った後、
「…………分かったわ」
「いい、の?」
肯定。
「元々、劇作家として活動する時に名前を分けた理由は何となくだったしね。あ、でも、どっちかだけね。両方は無し。それでも、良い?」
そんな解答に久遠は、
「……勿論!」
漸く、笑顔を見せた。
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