第38話 貴方の為は、誰の為?

(さて……)

 職員室へと向かう途中。黎は推理する。一体何故久遠は呼ばれたのだろうか。

 まずその内容が吉報か、凶報かだが、恐らく後者だろう。前者であるのなら、耳打ちなどする必要は無い。王の性格だ、きっとクラス全員に知らせて久遠を困らせるだろう。従って凶報で有る事はほぼ間違いない。

 では、どういう内容だったのか。凶事として、真っ先に思い浮かぶのは訃報である。しかし、黎が知る限りでは彼女の両親に持病が有ったり、入院中だったりするという話は無い。久遠が話していないだけ、という事も考えられるが、少なくとも母親が元気なのは確認済みだ。父親の方は出版社の社長という事で、もしかしたらと思い、ネットでその手のニュースを漁ってみたが、見当たらなかった。最も、まだ公表されていないのかもしれないが。

(……っていうか、それなら一限まで自習にしないか)

 思い直す。王はホームルームだけでなく、一限も自習とした。もし、凶報が久遠だけに関わる物ならば、彼女のみを家に帰らせればいい話だ。少なくとも王はそういう所ははっきりと切り分ける人間だ。

 にも関わらず、自習。何故か。答えは決まっている。王、というか学校にも関わってくる話だからだろう。

 そうなると、身内の訃報という事は考えづらい。生徒一人の身内に不幸があったとして、それに学校が関係するというのは、まあ無いだろう。

(学校と久遠に関係する凶報……?)

 考える。そもそも生徒一人と学校に関係する事が、

「あ」

 有った。生徒会。久遠はその会長を務めている。その活動において、何らかの問題が生じた場合、真っ先に連絡が行くのは間違いなく彼女だ。

「……でも、一体何があったんだ……?」

 分からない。しかし、一つだけ確かな事が有る。生徒会に関する事、というなら黎にも関係があるかもしれない。それならば、黎にも聞く権利があるのではないか。今は久遠の所で止められているかもしれないが、やがて知る事になるのだから。

「ここ、か」

 黎は歩みを止めて、上を見る。職員室。そう書かれたプレートが視界に入る。恐らく、王と久遠はここに居るはずだ。

 黎は一つ、深呼吸をし、

「……よし」

 扉をノックし、

「失礼します」

 室内へと踏み入った。



          ◇      ◇      ◇



 室内は何とも言えない雰囲気に包まれていた。教室等とは違って明確に大人しか居ないというのも有るだろう。煙草……は、流石に吸っていないが、ところどころの机には灰皿が見受けられる。まだホームルームが始まるまで、時間が有るからか、室内ではコーヒーを飲みながら一服したり、授業の準備をしたりする教師達の姿が見受けられる。

 そんな中でも、久遠はひときわ目立っていた。あれは……電話?

「な、何でですか?母の方からちゃんと……」

 沈黙。

「そ、そんなはずは、」

 沈黙。

「わ、分かりました」

 久遠は会話を終えてからも暫くの間、受話器を離さない。やがて、何かを諦めるかのように、ガチャリと戻して、

「どう、だった?」

 それでも言葉を発しない久遠に、王が尋ねる。久遠は絞り出すように、

「……やっぱり、駄目、みたいです。何でも、母から直接だったみたいで」

「うーん……」

 王は顔をしかめて、椅子にどっかりと座り、

「あ」

「あ」

 瞬間。黎と視線が合う。そんな反応に気が付いたのか久遠も振り向き、

「え、れ……星守君?」

「ど、どうも」

 王がしっしっと追い払い、

「おら、何しに来た。帰れ帰れ」

 黎は首を横に振り、

「帰りません」

「何でだ」

「それは……」

 黎は久遠の顔を伺い見る。その目には不安が宿っている。ここで、二人の関係を明らかにする訳にはいかない。しかし、その不安を取り除くまでは行かなくても、共有したい。だって、

「……久遠さんは、僕にとっても大切な友人です。だから、何が起きたのか位は知りたいんです」

 本当は「大切な人」とか「恋人」と言ってしまいたかった。その方が話を聞いてくれる可能性は高くなっただろう。しかし、今はまだ駄目だ。久遠はまだ、学校ではそういう関係を望んでいない。だから、“友達”と述べる。間違ってはいないはずだ。

 王はきょとんとして、

「え、お前らそんな仲良かったっけ……?」

「えっと、一応」

 それもそのはずである。何しろ黎と久遠は生徒会関連以外の話をまともにしたことが無い。下手をすると、今朝黎から挨拶をするまで、皆無だった可能性すらある。少なくとも黎には覚えが無い。傍から見ている限りでは友人とは言い難い。せいぜいが「クラスメート」程度。

 王は久遠の方を向き、

「そう、なのか?」

 確認する。久遠は戸惑いながらも、

「えっと……はい」

「はー……」

 王は何度も二人を見比べて、

「んじゃ、まあいいか。星守」

「は、はい」

 王は手招きして、

「こっち来な」

「……いいんですか?」

 王は不満げに、

「いいってか、そうせざるを得ないだろ。だって、ほっといても雨ノ森から聞くんだろ?」

「それは、まあ」

「だったら仕方ない。お前にも聞かせてやる。ただし!」

 王はびしっと指差して、

「絶対に言いふらすなよ?」

 じっと見つめてくる。黎は軽く頷き、

「……分かりました」

「よし」

 王はどこか満足げな顔をする。黎は久遠の隣まで行き、

「えっと、それで、何が起きたんですか?」

「うむ、それがな」

 王は親指でちょいちょいと久遠を指し、

「今年の文化祭。その特別枠を雨ノ森が調整してたのは知ってるよな?」

「あ、はい」

 忘れもしない。久遠が倒れた月曜日はその事で臨時の招集が掛かっていたのだ。

「それがどうしたんですか?」

 隣から、

「駄目だって」

「え?」

 意外な所からの回答に驚き、思わず久遠の方を見る。

「駄目って、どういう事?」

 久遠は途切れ途切れに、

「今日、先生が連絡したら、そんな話は知らないって……」

「えっ……」

 瞬間。言葉を失う。

「今朝、さ。連絡したんだよ」

 流石に説明が足りないと思ったのか、王が補足する。

「幾ら雨ノ森に任せてたとはいえ、学校が関わる物だ。一応連絡をして、よろしくお願いしますって言っておこうと思ったんだ」

「……そしたら、どうなったんですか」

「最初はさ、話がかみ合わなかったんだ。青洋学院って名前を出した時はそうでも無かったのに、いざ文化祭の話になると、全然ね」

 間。

「最終的に分かった事は、あちらさんに一度は話が通っていた事。そして、それが少なくとも今日の段階では白紙に戻ってる事。この二点だった」

「もう一度お願いすることは、」

「してみたよ。でも、駄目だった。何でも、文化祭の時期にはもう一つキャンセル待ちで予約が入ってたらしくって。そっちで埋まっちゃってるらしい」

「そんな事が……」

 有り得ない。素直にそう思う。文化祭の為に入っていた予約が“突然白紙”になり、その枠に“たまたまキャンセル待ち”がある。そんな都合のいい事、普通なら起こらないはずだ。

 沈黙。やがて王が、

「これから、どうするんだ?」

 その疑問を向けられた久遠は答えない。スカートの裾を固く握り、俯いたままで、

「あの」

「なんだ?」

「えっと……先生方の伝手っていうのは、使えないんでしょうか?」

 否定。

「駄目だろうな。通常はもっと前に連絡するもんだ。今からってのは多分、無理だ。一応、連絡はしてみるがな」

「そう……ですか」

 今日から文化祭までの日数は既に三週間を切っている。物にもよるが、きちんとした準備が必要な場合、デッドラインは過ぎている可能性が高いだろう。

 やがて王は、久遠から返事が無い事で痺れを切らしたのか、

「まあ、取り敢えず連絡はしてみるよ。それで駄目だったら、最悪アクシデントで枠自体無しって事に」

「それは駄目!」

 いきなりの大声。黎達だけでなく、職員室に居た殆どの人間が振り返る。

「あ、ご、ごめんなさい!」

 その事実に気が付いた久遠は急いで頭を下げる。何事かと思って意識を向けた教師たちも、各々自分の世界へと帰っていく。二人を除いては、

「駄目……ってのはどういう事だ?」

 王が疑問をぶつける。久遠がやや音量を絞って、

「今朝、母に言われたんです。もし文化祭が成功しなかったら、お見合いさせるって」

「な、何で!?」

 今度は黎が大声を上げ、

「ご、ごめんなさい!」

 頭を下げる羽目になる。

「んで、そのお見合いってのはどういう事だ?」

「どういう事だ、と言われましても、朝突然言われた事なので……私もそんな事は無いと思ってたから真剣には聞いていなかったんですけど、でも、母は本気で結婚させるつもりらしくって」

 そこまで聞いた王が、

「……特別枠の話は誰が進めてたんだ?」

 久遠は認めたくない事実に気が付くように、

「……母、です」

 王は深くため息をつき、

「はぁ~……あの人はホントに……」

 あの人?

「って事は、特別枠その物を失くしたら」

「失敗だって、言うと思います」

 沈黙。

「……って事は内容も変えたらまずそうだな……何だっけ?」

「あ、演劇です」

「演劇かぁ……」

 王は腕組みして、

「私の知り合いで居たかなぁ……演劇に関わってて、しかもある程度自由がきく奴」

 うんうん唸る。その傍、黎は一つの案が思いつく。これは、どうなんだ。確かに彼女は自由を体現したような存在だ。加えて、久遠の為なら利益を度外視して協力してくれる可能性が高い。上手く行けば更なる後ろ盾が得られるかもしれない。

 王は手帳をペラペラとめくりながら考えている。久遠は相変わらず縮こまっている。そんな二人に黎は、

「あの、僕に考えがあるんですけど」

 そう、切り出した。

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