第七章

第37話 突然の知らせは大抵凶報

 木曜日。

「おはよう。会長さん」

いつもよりやや早めに登校した黎は、久遠に挨拶をする。今までならまず考えられない事。本当なら下の名前で呼ぶところだが、学校での関係性も変えるのは止めておこうという久遠の弁に従った。その結果。

「……ええ、おはよう」

 一瞬、顔を黎の方へと向けて挨拶をする。何ともぎこちない。しかし、それで十分だ。今までの彼女を考えればこれでも前進したといって良いだろう。黎は満足して自分の席に、

「おい」

 つこうとした所で呼び止められる。

「ん、なんだい伊織」

 振り返る。そこには相変わらず派手な見た目の友人が居た。

「いや、『なんだい?』じゃなくてだな」

 くいくいと指で合図をする。どうやら近くに来いという事らしい。黎はそれに従って伊織の傍に寄り、

「何?」

 伊織は少し言葉に詰まり、

「あー……なんだ」

 頬を掻きながら、

「仲直りは出来たみたいだなって思ってな」

「ああ」

 黎は漸く納得し、

「と、いうか、その事に関してはメールしただろう」

 文句をつける。

 黎が久遠と仲直りをした日の夜。黎は伊織に大まかな流れをメールで説明したのだ。その内容は久遠とは女装した状態で仲良くなった事。自分が“星守黎”だという事実を隠していた事。そして、全てを打ち明け、仲直り出来たという事について、ざっと纏めたもの。

 その為、伊織はほぼ全ての経緯を知っているはずなのだ。最もキスや告白については流石に書かなかったが。

 伊織は「まあな」と前置いて、

「それでもさ。やっぱ、気になったからさ」

「そういうもんか」

「そういうもんだ」

 即答。

「で、どうなの、実際」

「見ての通りだよ。仲直りさ」

 伊織が首を傾げて、

「そうなのか?メールの経緯見る感じだと、もっと仲良い感じに見えたけどな」

「あー……」

「やっぱ、まだ微妙に気まずく」

「ない」

「じゃあ、何でなんだ?」

 困った。実の所黎は(恐らく久遠も)もっと仲良くしたいのだ。趣味も同じだし、これでも一応恋人関係なのだから。事実、仲直りした後は恋人らしい事もしたものだ。

 しかし、学校ではそうはいかない。黎も、久遠も、学校では猫を被っている。はっきり言って二人きりの時とはキャラが違う。そんな二人がいきなり、


「おはよ、久遠さん。何読んでるの?」

「あら、おはよう。これ?これはね……じゃん!」

「あ、昨日発売の!」

「へへー」


 なんて会話をする訳にもいかないのが実情だ。いや、黎はまだいい。それでもそんなに違和感はないだろう。趣味に関しても隠している訳では無い。

 しかし、久遠は駄目だ。彼女のイメージは「完璧超人」なのだ。いうなれば孤高の存在。本人にそのイメージを捨てる気が有れば別なのだが、そのつもりは無いらしい。

 だから、二人とも、学校の中(少なくとも人が居る所)では、いつも通り+α位の接し方にしよう。それが黎と久遠が決めた事だった。

 と、いう訳で、

「ほら、会長さんにもイメージがあるだろ?」

 そういう事にしておく。

「ま、まあ、そうか」

 伊織も、一応は納得してくれる。しかし、その顔にはまだ疑問が残っていた。どうしよう。彼は見た目に反して口が堅い。加えて、性格的にも信頼が出来る。女装の事も知っている。もしかしたら全て明かしてしまった方がいいのではないだろうか。そんな事を、

「雨ノ森居るか?」

 考えていると、教室のドアがガラリと開き、担任である王が顔を出す。黎は思わず時間を確認するが、ホームルームにはまだ大分早い。

「はい?」

 呼ばれた久遠は一体何事だろうと言った具合に王の方を向く。王はその姿を見つけるとずんずんと教室内を横切り、

「ちょっと来てくれ」

 久遠は意味が分からず、

「え、えっと。良いですけど、一体何が有ったんですか?」

「実はな」

 周りに聞かれてはいけない内容なのか、王は耳打ちする。久遠はその言葉をうん、うん、と頷きながら聞いて、

「えっ!?」

 吃驚。やがて、自分が大きな声を出した事に気が付いたのか、教室内に頭を下げ、

「あ、ご、ごめんなさい」

 王に向き直り、

「何かの間違いじゃないんですか?」

「私もそうだと思いたいよ。でも、向こうさんはそう言ってるんだ」

「……分かりました。行きましょう」

「ああ」

 王は頷くと、黒板にでかでかと、


「ホームルームと一時間目は自習!」


 とだけ書いて、その場を後にする。久遠もそれについていく。やがて、二人は教室を後にして、ドアが閉められた。久遠に関する事で何かが、しかも恐らくは良くない事が起きたのは誰の目にも明らかだった。しかし、教室内での彼女は孤高の存在。止まっていた時は少しづつ動き出し、一時間以上に渡る自由の時間を満喫する方向へと動いていた。

 二人を除いて。

「何があったんだ?」

 内一人、伊織が尋ねる。

「……分からない」

 もう一人、黎は首を横に振る。分かる訳がない。話していた内容も聞こえなかった。分かる事と言えば、久遠に関係する事。そして、その彼女が驚くような内容だという事位。それ以外の事は黎にも想像出来なかった。

 伊織はぽつりと、

「行かなくていいのか?」

「どこに?」

「会長さんのとこだよ」

「でも、僕は呼ばれてない」

「それでも、だ」

 伊織は断言する。

「それでも、行った方がいいと思うぜ。会長さんと仲良いんだろ?」

「それは、まあ……」

「だったら、近くに居たほうが会長さんも安心できるんじゃないか?」

「そう、かな」

「そうさ」

 再び断言。

「だから、さ。行ってきなって。多分職員室だろ?」

 黎は暫く考え、

「……分かった、行ってくるよ」

 伊織は笑顔で、

「うし、行ってこい」

 黎の背中をバンと叩いた。

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