第42話 仲間が増えるなんて素敵な事だ
翌週の月曜日。黎は久遠と二人学校の屋上に居た。本来ならば解放されている場所では無いのだが、二人きりでの練習場所が欲しいという久遠達の申し出を受けて、王先生がこっそりと鍵を貸してくれた。
そして、そんな場所で黎は、
「凄い……!」
感嘆の声を上げる。その原因は手元に有る脚本だった。黎が事の経緯をメールで知らせてから数日。奏は「仮の物だけど」という断わりと共にこの台本を渡してきたのだった。ちなみに、その為にわざわざ黎の家まで訪れた。それどころか晩御飯まで食べていった。最初は断ろうかとも思っていたのだが、黎も殆ど買うことのない高級食材を持参したので多めに見ることにした。
それから一夜明けて、今日。こうやって確認作業をしているのだが、
「こんな事を言ったらあれだけど、やっぱり奏さんは凄いね」
思わず感心してしまう。だってそうだろう。黎が送ったあらすじだけで、どうしてこうも魅力的に出来るのか。これも一つの才能なのかもしれない。
そんな絶賛で気になったのか、久遠が隣から、
「そ、そんなに?ちょっと見せてもらって良い?」
興味を示す。ちなみに、二人は今、学校の屋上にシートを敷いて二人並んで座っている。本当ならお弁当のひとつでもあったら良かったのだが。
「いいよ。はい」
黎は既に読み終わった脚本を久遠に渡す。
「ありがと……」
早速読みふける久遠。その視界には既に奏の台本しか映っていないように見えた。
◇ ◇ ◇
数分後。
「凄い……!」
久遠は、黎と全く同じ感想を述べる。
「でしょ?」
「うん。やっぱりお姉ちゃん凄いんだなぁ……」
久遠はふと、俯いて、
「黎くん」
「何?」
「私さ、やっぱり駄目なんだ」
「え?」
唐突。その意図が掴めない。
「漫画の話。黎くんに色々アドバイスしてもらったけど、やっぱり、駄目なんだ。こうやってどんなことでも面白く出来る力は、私には、ないの」
「そんなこと」
「あるよ。だから、ね」
久遠は黎の方を向いて、
「今度さ。良かったらでいいんだけど、私と一緒に漫画描かない?黎くんが原作で、私が絵を担当するの。どうかな」
「それは……」
考える。久遠の漫画、その問題点は全てがストーリー周りに終始している。絵の方は問題が無いどころか、むしろ武器になる位だ。しかし、
「僕の原作でいいの?」
そこが気になった。しかし久遠は躊躇せずに、
「うん。黎くんの原作が良いんだ」
空を見上げながら、
「最初はさ、お姉ちゃんのお使いだったけど。でも、今は、純粋に黎くんの作品が好き。多分お姉ちゃんよりも」
黎の方を見て、
「だからさ、一緒に漫画を描きたいなぁ……なんて。駄目かな?」
「……ずるい」
「え?」
「そんなの、断れるわけないよ。うん、一緒に描こう」
久遠の顔がぱぁっと明るくなり、
「わ、やった。それじゃ、」
勢いを付けて立ち上がり、
「まずは演劇を頑張らないとね」
「そう、だね」
黎もゆっくりと立ち上がる。そして、空を、久遠が見上げていた風景を眺める。
「雲……」
視界に映った光景は、余り晴れ晴れとしたものではなかった。
◇ ◇ ◇
「はぁ~……こんなとこ隠してたんだねぇ」
琴音が柵越しに見下ろしながら呟く。久遠がため息交じりに、
「っていうか何で来たの……」
時は放課後。久遠達の練習場に珍客が現れていた。琴音は振り向いて、
「酷い!アタシは過去の女って訳!?」
さめざめと泣くふりをする。久遠はにっこりと笑顔を“作り”、
「そういえば、漫研にある冷蔵庫。あれって確か許可貰ってないわよね?」
琴音は慌てて、
「すみませんもうアホな事は言いませんからあれだけは許してください」
弱かった。どうやらここ二人は完全に一方が強いらしい。尻に敷かれているとでもいうのだろうか。別に夫婦でも何でもないが。
琴音は指をちょんちょんと会わせながら、
「でもさー二人が頑張ってるっていうからさーアタシも何かしたいなって思うじゃん。だから、だから」
顔を上げて、
「何か、手伝えないかなぁって」
「と、言われても……」
黎はふと、思い付き。
「それだったら、他の台詞を読んでもらうのはどうでしょう?」
「他の台詞?」
「そう。この話は主役二人の台詞が大半だけど、たまに他の役の台詞が入るでしょ?そういうのの“間”みたいなのが掴みやすくなるんじゃないかと思ったんだけど、どうかな?」
久遠は意図を理解し、
「そっか……確かに、良いかもね」
自らの台本を琴音に渡し、
「じゃあ、はい」
受け取った琴音はぽかんとし、
「え、これ、ひーちゃんのじゃないの?」
久遠は不思議そうに、
「そうだけど?」
「じゃあ、無いと困るんじゃ」
久遠は更に疑問の色を深めて、
「大丈夫よ?だってもう全部覚えてるから」
そう言いきる。やっぱり彼女は「完璧超人」なのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「よっ、やってるかい?」
「やあやあ、初めまして。君達が演劇をやるって人たちかい?」
増えた。しかも片方は知らない人だ。
「なあ、伊織。この人は誰だ?」
取り敢えず知ってる方に聞いてみる。
「あーこの人は「私は演劇部の部長だ」演劇部のってちょっと!」
部長を名乗った女性は「何がまずかったのか分からない」という感じで伊織を見上げる。ちなみにその身長は恐らくこの中で一番低い。
「なんだ。邪魔をするのか?」
「いや、そういう訳じゃないですけど……」
その言葉を聞くや否や、
「なら、問題ないな」
黎達の方を向き、
「と、いう訳だ。私も仲間に入れてほしい」
「は、はあ」
意味が分からない。黎は思わず久遠と顔を見合わせる。
「あー、さっき言った通り、この人は演劇部の部長だ。その、なんだ。「二人の練習にアドバイスを求められたぞ」二人の練習にっておおい!」
部長はがしっと肩を掴まれ、
「なんだ。痛いではないか」
「いや、そうじゃなくって……」
伊織は諦めるように溜息をつき、
「……まあ、いいや。とにかく、そういう事だから」
「えっと……」
「この劇が上手く行かないと色々まずい事になるんだろ?だったら力になるんじゃないかと思ったんだが……駄目か?」
「いや、駄目じゃないけど……それは、どこで」
伊織はさらりと、
「ん?
担任の名前を言ってのける。
「あの人はホントに……」
「まあ、いいじゃねえか。俺と部長さん以外は知らない訳だし」
隣で部長もうんうんと頷いて、
「そうだぞ。私はこうみえて口が堅い方だ。安心せい」
全然安心できない。大体そういう台詞は口の軽い人間が言う物だ。口が堅い人間はそもそも自慢なんてしない。
「……取り敢えず、えっと」
黎はそこで止まり、
「そう言えば、部長さんのお名前は」
「私は部長だ。それ以上でも、それ以下でもないぞ」
「え」
いやいや。どこの世の中に部長などと言う名前の人間が存在するんだ。それは肩書で会って名前では無いだろう。そう思ったのだが、
「あー……この人、部長って呼ばれるの好きみたいだから、そう呼んであげてくれ」
「そ、そうなのか」
伊織に補足される。部長は心なしか誇らしげだ。
「じゃ、じゃあ」
黎は仕切り直し、
「改めて、よろしくお願いします。部長さん」
手を差し出す。部長はそれを包み込むように握り、
「うむ。よろしくな!」
ニカッと笑った。
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