第5話 デートの定義なんて、大抵曖昧だ

【こんにちは】

「刹那です。今度の土曜日、空いてますか?もし空いているのなら一緒に映画でも見に行きませんか?偶然株主優待券が手に入ったんです」

 

 たまたま早起きし、いつもより時間があった水曜の朝。黎が何となく確認したら、こんなメールが届いていた。これは、一体どういう事だろうか。

 いや、内容自体は実に簡潔だ。久遠……というよりは雨ノ森家はかなり裕福な家だ。だから、両親のどっちか、或いはその両方が株券を持っているのだろう。そして、使いきれない分が回ってきたのか、単純に娘に対するプレゼントとして送られたのかは不明だが、久遠が手にする所となった、という経緯だと思われる。それ自体はいい。

 問題は、何故それをこんな形で使うのか、という事である。枚数が多いから知り合いを誘うという判断はまあいいだろう。何故遥なのか。知り合ってからまだ一週間も経っていない。久遠にとって、遥はそれほどお気に入りなのだろうか。

「分からない……」

 少しの間考えてはみたが、やっぱり分からない。有り得るとすれば同人誌に対する評価がお世辞などでは無く本心からの物であり、良い物を貰ったお礼がしたいと思った……という理由。それも、黎からすれば彼女の本を貰ったお返しなので、変な話ではあるが。

 とはいえ、誘ってもらえるのは嬉しい。実際、“刹那としての久遠”とはまた会いたいと思っていた。二人で映画を見る、というのもデートみたいで魅力的な提案だ。だから黎は、是非行かせていただきますといった趣旨の返信をして、パソコンを閉じ、部屋を出た。



          ◇      ◇      ◇


 

「と、いう訳で、講堂での出し物の審査は厳密に行ってください。何か疑問は有りますか?」

 久遠はマジックの蓋を閉じながらぐるっと見渡す。生徒会の会議が行われるのは毎週水曜日、ここ生徒会室だった。なんとなくシックな感じで統一された室内に、長机がコの字型に並び、その背中部分に生徒会長、副生徒会長、書記、会計が座り、後は何となく学年ごとに固まるという形。

「はい」

 すっと、一つの手が上がる。あの辺りは一年生が集まっているところだ。名前は、えっと、 

「何かしら、高田たかださん」

 そう。高田だ。彼女は配られたレジュメを指さしながら、

「えっと……大体の流れは分かったのですけど、この特別枠というのは何でしょう?」

 黎も手元に目線を落す。レジュメには青洋祭―学園祭の事である―の大雑把なスケジュール表が載っていた。当然その中には学生による出し物が行われる講堂の物も含まれる。

 ただ、まだ審査をしている段階なので殆どが空白になっていた。空白となっていないのは二か所。出し物のトリになる部分。二日間の最後の方だけ。そして、そこには「特別枠」と書かれていた。

 久遠は「ああ」と気が付き、

「そうね、一年生は知らないわよね」

 マジックの蓋を再び開けて、後ろのホワイトボードに特別枠と書き、

「特別枠って言うのはね、毎年生徒会が著名人をお呼びしている枠の事を言うの。去年はオーケストラのクラシックコンサート」

 そう言って「特別枠」のちょっと下に「クラシックコンサート」と書き加える。

「その前はえっと……そう、講演会。その前はミュージカルだった……と思うけど」

 さらにその下に「講演会」「ミュージカル」と書き加える。しかし、良く覚えてるな。

「と、こんな風に、この学校では毎年学園祭にプロの方をお呼びしているの。それが『特別枠』よ。これで分かったかしら?」

 高田は恐縮し、

「わ、分かりました。ありがとうございます」

「ちなみに、その特別枠って、今年何やるんすか?」

 隣から声がする。伊織だ。

「まだ決まっていないわ。例年は先生方の伝手でお願いすることが多いのだけど、そのあたりは調整中よ」

「どもです。あ、ちなみに俺的には何か派手なのだと嬉しいっす」

 久遠は表情を殆ど崩さずに、

「……考えておきます」

 とだけ答えて、

「他に、何か疑問は有りますか?」

 再び投げかける。今度こそ手が上がらない事を確認した久遠は、

「それじゃ、今日の会議を終了とします。お疲れ様でした」

 そう言って会議を終える。他の役員たちも、

「お疲れ様でした」

 と答える。次の瞬間、ふっと室内の空気が弛緩した。

「黎。帰ろうぜ」

 早速隣の金髪から声を掛けられる。というか、つくづく不思議なのだが、生徒会役員がこの見た目でいいのだろうか。一応、一番目立つ金髪は地毛らしいので問題無いのだろうが。

「ああ、行こうか」

 今日は締め切りが近いと言う事も無い。黎は二つ返事で応じた。



          ◇      ◇      ◇



 伊織と少し街中をぶらぶらし、夕飯の食材を買って帰宅すると、二通のメールが届いていた。


【Re:Re:こんにちは】

「ありがとうございます。それでは、土曜日の10時位に有楽町駅で待ち合わせでどうでしょうか?」


【調です】

「最近どう?元気でやってる?この間は余り役に立ってあげられなかったけど、何かあったら気楽に相談してくれていいからね。相談じゃなくても、近況だけでも教えてくれると嬉しいな。それじゃ」



 片方は久遠からの返信だ。受信時間から察するに、生徒会の会議が終わった直後に送られたようである。そんなに遥と映画を見に行きたいのだろうか?

 そして、もう片方は、調からだ。彼女からのメールは週末以来である。あの時は有意義な答えが得られなかったが、彼女にはずっとお世話になっている。近況位教えてもいいのではないだろうか。そう考え、


【Re:調です】

「こんにちは。僕はここ最近特に風邪などをひくことなく、元気にやっています。それで、近況なのですが、この間のオンリーイベントで知り合った女性から映画に誘われました。何でも株主優待券が手に入ったからだというのです。何故かは分かりませんが僕は気に入られているらしいです。それでは、また連絡しますね」


 と、書いて返信した。うん。これくらいの近況を伝えるくらいなら問題無いだろう。黎は納得すると、久遠からのメールにも、指定された時間で問題が無い旨の返信をし、

「これで、よしっと」

 ふうっと一息つき、パソコンを閉じる。そして、いつも通り女装に、

「っと、その前に」

 着替える前に、買ってきたものをしまわないといけない。別に放っておくと腐るような時期でもないが、早くするに越した事はない。そう考え、まずは食材等が入っているマイバックを持って台所へと向かった。




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