第13話 血族
ライニーカールとスレツは、今までに何度か〈グライダー〉の模型を作成し改良を重ねていた。本体である〈グライダー〉もその模型を元に何度も微調整が繰り返されている。
今回、二人はさらに改良した模型を試験飛行させるための準備をしていた。ガレージの中は相変わらず射出機に搭載された〈蒸気機関〉のボイラー熱で地獄のようだ。
そこへ「キーッ」と鉄と鉄が擦れる甲高い音が響いた。ジジジクの自動車のブレーキ音だった。
「ライニーカール! スレツ!」ルダがガレージに飛び込んできて、ガレージ内の熱気の不意打ちを食らう。それでもすぐに気を取り直したルダは、ライニーカールの肩を掴んで言った。「早くここから逃げるぞ!」
「痛いわね、なによ突然。離してちょうだい」腕を振り払ったライニーカールがルダを睨み付ける。
次いでジジジクが入ってきた。「うわぁ、ひどい熱気だ」
「あらジジジク、何の用? 敵情視察?」とライニーカールの皮肉。
「錬素局が来るんだ」ルダが早口に言う。
「ミトヒって子のこと?」
「違う」ルダは答えた。「もっと権限のある奴だ。重装騎馬隊ってのを引き連れてな。奴ら、お前の研究を奪って、抵抗するようならこのガレージごと破壊するつもりだぞ」
「……早かったわね」
「だからここはおれたちに任せて、お前たちとりあえずどこかに逃げろ。おそらく今後は統治王国から狙われるようになるだろうが……、例えば、ユーリーをかくまってるあの辺境の村ならお前たちも迎え入れてくれるはずだ。だからまずはそこを目指して――」
「逃げろって、この未完の発明を残して?」
ライニーカールは〈グライダー〉を背に、両手を広げて抗議した。
「それはもう諦めろ!」ルダは言い切る。「なんにせよ奴らから逃れることが先決だ!」
「イヤよ! これを置いていくっていうなら私、どこにも行かないから!」
「わがまま言うな!」
「触らないでよ!」ライニーカールは再び伸びてきたルダの手を振り払う。
思った以上の拒絶ぶりにルダは少なからずのショックを受けるが、スレツが間に入ってフォローした。
「ルダさん、ごめん。でも、ライニーカールの気持ちもわかってほしいんだ。これはようやく掴みかけた〝完成品〟なんだよ。と言ってもまだまだな状態だけど……、今までライニーカールはいろんな不完全なものを生み出してきた。発明大会でジジジクに負けたり、〈気球〉がうまく飛ばなかったり、マイマイマイの研究が空回りしたり。でも、その集大成がこの〈グライダー〉なんだ。完璧な成功に向けて、いよいよ最終調整の段階に入った。今はそういったタイミングなんだよ! だから僕もライニーカールも〈グライダー〉を置いてここからいなくなるなんて、絶対にイヤなんだ」
「んなこと言ったって……、奴らはもうすぐそこまで来てんだぞ!? じゃあなにか、〈グライダー〉を完成させたい一心で錬素局に協力するってのか!?」
「ええそれでも構わないわ!」
まさかの言葉にルダは動揺した。「あんな奴ら、戦争が大好きな集団だぞ?」
「別に構わないわよ、戦争をはじめとしたあらゆる争いは人間の愚行ではなく心が純粋すぎるからこそ起こるものだもの。傍からみたら馬鹿げてることかもしれないけど、当事者たちはきっと必死の思いよ。私はそれを否定できないわ。……でもねルダ」ライニーカルは少しだけ息を落ち着かせて言う。「例え私が彼らに協力を約束して〈グライダー〉の開発継続を望んだとしても、おそらくそれは叶わない。いずれにしてもあの人たち――末端のミトヒはさておき少なくとも上層部――は私から〈ユーリー効果〉を奪うつもりなのよ。理由は明白、私がユーリーの孫だから」
ライニーカールはおもむろに打ち明けた。スレツもルダもジジジクも、その言葉が脳の隅々に行き渡り浸透するまで少しだけ時間を使う。ジジジクは、ミトヒが言い渋っていた〝決定的な要因〟という言葉を思い出した。それはこのことだったのか。
ライニーカールは告白の責任を取るように説明した。「何年か前に参加した国家プロジェクトで私が成果をあげた時、そのプロジェクトの主催者である錬素局は私の素性を調べ上げたの。その時はまだユーリーが追放されて間もなかったから、私は彼との関係を隠してひっそり参加していたんだけど……、まぁ、バレたわよね。その時に錬素局から言われた文句がこう。
〝ご協力ありがとうございますライニーカールさん。あなたがもたらした成果は統治王国にとってとても有益な財産となるでしょう。あとは安心して我々にお任せください。おつかれさまでした。〟
つまり、彼らは私がこれ以上直接プロジェクトに関与しないよう私を遠ざけたの。復讐されるとでも思ったのかしら。それとも祖父のようなおかしなな思想を持ち得るから? どうでもいいけどね。でもその時の彼らの対応をみれば、おのずと今回の彼らの行動も予測できるでしょ。私が彼らに協力する意思を示したとしても、彼らは私から〈グライダー〉を――〈ユーリー効果〉を――取り上げるに決まってる。でも私はこの〈グライダー〉こそがなによりも大切なのよ。これだけは絶対に後回しにしたくない、今まさに挑戦したいことなの! だから私は奴らがなにをしようと、全部無視してここで発明を続けてやるつもりよ。本当にもうあと少しなんだもの! だからあなたも邪魔しないでちょうだい!」
ルダはライニーカールの切なる思いに痛いほど同情した。だが、それじゃダメなんだ。「おれだって邪魔したくねぇよ! けど無視した程度でうまく事が運ぶわけねぇだろ!」
ライニーカールももちろんわかっていた。わかっていたからこそ「もう! なんで今なのよ! あと一週間あれば完成させられたのに!」と泣きそうな声になる。
「おれのせいだ、ライニーカール」とルダが言う。「ミトヒの前で軽率にも〈ユーリー効果〉なんて言葉を使っちまったのはおれだ。それさえなければ、きっとお前はそれを完成させられていた……。本当にすまん」
「……いずれ気付かれていたわ」
「だが一週間程度の猶予は作れたかもしれねぇ……」
「逆かもしれないでしょ。ミトヒが来て、私は本腰を入れられた。もしなんの刺激もなかったら、ここまで作るのにもずるずる何年もかけていたかもしれないし」
スレツは彼女にかける言葉を探した。それにしてもまさかライニーカールと、そのユーリーという人が家族だったなんて。しかしふと、〈グライダー〉を眺めていたジジジクが呟いた。
「これに乗って逃げればいいんじゃないかな」ジジジクは素っ気のない表情でライニーカールやスレツを見つめる。「命がけってのはわかってる。いよいよ実現しそうな確たる成功ってことも、だから万全を期したい気持ちもわかる。でも例え未完成でもさ、実際のところ、もう飛べるんだろ? だとしたらあとは選択の問題だ。逃げ出すか、抗うか、屈するか、それとも、飛び立つか」
「飛び立つ?」ルダはジジジクの言葉を拾った。飛び立つってのは、まさかこれで? それも、今から?
「無茶だろ、いくらなんでも。なぁ、ライニーカール」
ルダはライニーカールに同意を求めたが、彼女の表情は明らかにジジジクに対し挑戦的なものだった。ルダはその選択肢だけはありえないと止めようとしたが、ライニーカールはルダの胸に手を当ててその言葉を封印した。
「大丈夫よルダ。だけどジジジクの言う通りだわ。私は少し、甘えようとしていた」
彼女の決意の表情に、ルダもその決定を尊重しようと覚悟を決めた。もし仮に自分がライニーカールの立場だったなら、自分は自分を引き留めた人間を許さないだろう。
「……そうかよ。じゃあ行くんだな。今日、これから」
ライニーカールは頷いた。
――が、そんな覚悟の炎が静かに灯りはじめた中、スレツは申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、みんなごめん、折角の所ちょっと悪いけど、ちょっと待って欲しいんだ。ほら、今日は《ジェヌ》と交信する日だろ? ね。いきなり僕がいなくなったらきっと彼女、悲しむと思うんだ。ね、みんな。だからその……言いたいことわかるかな。つまりね、ライニーカール。飛び立つのはさ、《ジェヌ》と交信してからじゃダメかなってことなんだけど……」
みなの答えを待つスレツだったが、ライニーカールは静かに出発の準備をはじめた。
「錬素局のバックスという者です。ライニーカールさんはいらっしゃいますか」
バックスの丁寧な口調がライニーカールの家のチャイムと共に響いた。反応がないため、ミトヒがガレージへ案内する。バックスは要所ごとに重装騎馬隊を配置し、〝非常に残念な結果〟に備え、ライニーカールたちの逃げ場を塞いでいった。ガレージの横には先ほど轢かれそうになったジジジクの自動車が止まっている。
「ライニーカールさんはいらっしゃいますか」
ガレージは入口一面が解放されており、中から熱気のある陽炎が逃げ出し揺らめいている。ライニーカールの返事はなかった。ガレージの中も一見しただけでは人の痕跡はない。
だが、いるはずだ。
バックスは重装騎馬隊にジェスチャーで合図し、慎重にガレージに足を踏み入れる。
「ライニーカールさん。ルダさんやジジジクさんから何を聞いたかは知りませんが、私たちはあなたになんら不利益を与える存在ではありません。話し合いませんか? 私はユーリーさんの血を引くあなたが抱くヴィジョンについて正しく――もちろん好意的に――理解したい」
「心にもないことを言うなよ」
ガラクタの物陰からルダが姿を現した。バックスは一瞬だけ警戒する素振りを見せたが、ルダが両手を広げて敵意がないことをアピールしたため、〈鉄砲〉はホルダーから抜き取らなかった。
「ルダさん。ライニーカールさんはどこに?」
ルダはリラックスした調子で言った。「一足遅かったな。もう出かけたよ」
「出かけた? ……有益な返答は期待しませんが、一応お伺いします。彼女はどこへ逃げたのですか?」バックスは苛立ちを抑えながら言う。
「逃げた? バカ言え」
ルダはタバコをふかして、フゥと煙を天井に向ける。大きな発明品がなくなったガレージの中はいやにさっぱりとした景観だった。
「これからあいつらは、目標に向かって飛び立つんだよ。まだまだ準備不足だし未完成だが、得てしてなにかに挑戦する時ってのは大体そんなもんだ」
バックスはルダの意味深な返答に思考をめぐらせる。しかしそこから導き出された結論は自分でもどうして思い至ったのかと疑いたくなるほど信じがたいもので、だからこそ逆に、なんとかその可能性を考えまいとした。
しかしその答えを、ルダは簡単に言ってのけた。「《惑星ジー》だよ。あいつらはこれからそこへ向かうんだ」
ガレージの外から重装騎馬隊の叫び声が聞こえた。ジジジクの自動車が動き出している。バックスは大声で「逃がすな!!」と指示を発したが、重装騎馬隊の馬は見慣れない自動車におびえて言うことを聞こうとしない。慌ててバックスは外に出た。その隙をついてミトヒはルダに近づき一礼した。
「よせよ。おれはなにもしちゃいない」ルダは煙を振り払うように手を振る。
ミトヒはブンブンと首を振った。「そんなことはないハズです。あなたは彼らに自然な形で信頼されている。あなたの非意識的後押しがなければ、彼らはこのような選択をしなかったでしょう。あなたのそれは、決して啓示的でなく、大人役という茶番を演じているわけでもない……にも関わらず、あなたは大人として決定的な影響を与えました。素晴らしいことです」
なんだからよくわからないが褒められたルダは少しだけいい気分になって、バックスとミトヒに続いてガレージの外に出た。熱気から解放され、外の空気がみずみずしく涼やかに感じる。嵐の訪れを告げる千切れ雲が一足早く空に散らかっている。このタイミングでのライニーカールやスレツのそれはとても過酷な選択だ。
「あんまり意地悪なこと、してくれんなよ」
ルダは黒い雲から顔を覗かせている《惑星ジー》に向けて、祈るように呟いた。
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