第3話 天才たち

 それは、その翌日の惑星接近の日のことだった。

 スレツはライニーカールが考案した四角い箱を三脚と望遠鏡の間に挟んで同じ座標軸の観察に取り組んでいた。その日はちょうどエルラミドの収穫祭が行われる日と重なっており、スレツが望遠鏡を構える観測地近くでは、祭りの開始を合図する夕刻の狼煙が蒼い空に高々とあがっている。

 覗きこんだ望遠鏡の先には、草原が広がっていた。艶やかな緑色の細葉が風を受けて気持ちよさそうに靡いており、その風景の中に、走り回る犬とそれを追いかける少女が映り込んだ。木造のロッヂには彼女の(おそらく)両親が二人で望遠鏡を設置している。調整を終えた父親が女の子を呼んで、こちらを指さした。スレツは一瞬、自分が指差されたのかと思いドキっとしたが、彼はおそらく〈惑星エフ〉の収穫祭の様子を見せたかったのだろう。だが女の子は無邪気に望遠鏡の設定をいじくり回し、そしてふと静止したかと思えば、望遠鏡から目をはずし、びっくりとした様子で

 スレツは最初、少女がなにをしているのか理解に苦しんだが、ふと頭を掻いたスレツの仕草を少女が真似してみせた。まさかと思い望遠鏡を覗きこみながら小さく手を振ってみると、女の子も同じように望遠鏡を覗きこみながら小さく手を振った。ハッとした時、恒星は沈み、女の子はスレツを見失った。

 それからスレツは惑星接近のたびに同じ座標を同じ場所で探した。だが、概ね《惑星ジー》の同じ地域が観察できるのは二日おきに訪れる惑星接近三回のうち一回きりで、つまりそれは一週間に一度程度の間隔だった。またその限られたチャンスの日であっても、電磁嵐の厚い雲が明けてから大急ぎで望遠鏡を設置したところで、恒星が沈むまでのわずかばかりの時間で連転周期の計算から座標の計算式を導いて暗算し、以前の少女の家を探すのは至難の技だった。

 翌週も翌々週も、スレツは思うように望遠鏡を操れなかった。そのためスレツはライニーカールに同座標観察の方法を確立したいと悩みを打ち明けた。計算式は成り立っているものの、簡易さを兼ね備えた実用的なものにはまだまだ至っていない、と。するとライニーカールは紙の切れ端にサラサラとメモを書きながら言う。

「連転周期の計算式の再検証は進んでいるわ。その結果――これは私流の仮定だらけの計算方法なんだけど――うまくすれば周期をⅩⅡ等分することでごく単純に〈定刻〉を算出できるかもしれないの。あとは〈ボックス〉に恒星の光を当てて軸を調整すれば、毎回同じ座標を算出することが容易になるわ」

「本当に? それならできるだけ早くそれを完成させて欲しいんだけど」

「たまには自分で作ってみたら? 私はマイマイマイの生態研究があるし、平行してもうすぐやってくるエルラミドの〈発明祭〉に出展する発明品の開発もあって忙しいの」

 そしてライニーカールは、独自の最新の連転周期計算式のメモを渡した。

「ありがとう。僕にできるかわからないけど、やってみるよ」

「あなたなら大丈夫よ。仮にも私の助手でしょう。それよりどうして同座標の観察なんかしようと思ったの?」

 スレツはなんとなくライニーカールの前で《惑星ジー》の女の子の事を話すのは気が引けたので「同じ対象を観察したいんだよ」とおぼつかない調子で言った。ライニーカールは特に気にせず「ふうん」と流し、事なきを得た。

 スレツはそれから少しだけその気になって、一般的な時計を分解して特別な懐中時計の制作にとりかかった。ところが、計算式の解釈からして全くの難解だった。ただでさえ複雑な計算式なのに、さらにそれをライニーカール発案の新たな計算式と統一させるだなんて。スレツは夜遅くまで頭を抱え、学校では授業を放って図面と睨めっこをした。そして全く成果がないまま数日が過ぎ、それでも授業中に図面に打ち込んでいた時のことだ。

「そこに入れてみたいギアが一本あるんだけど。ちらっとメモが見えたんだけど、すごく刺激的な計算式だね。連転計算を単純化してその周期を視覚化するものだろう?」

 ジジジクだった。彼とはこの日から交流を持つことになる。ジジジクはエルラミドに一人で暮らしていた。両親と姉を遠方の戦争で亡くしている。ジジジクは学校ではこれといって頭脳明晰というわけではなかったが、物事の理解力がとても高く、興味があることについてはとてつもない頭脳パフォーマンスを発揮する。つまり学校の授業などジジジクにとっては興味がなく、成績を上げる価値もあまり見出していないのだ。

「図面さえあれば技師に作ってもらえるね。ちょっとこの図面と計算式のメモを一緒に借りていい? 明日には図面を完成させて持ってくるからさ。そしたらあとは組み立てだけだろ? うまくいけば、ひと月もせずその時計を完成させることができると思うよ」

 スレツはジジジクの言葉に誘惑を感じ、お願いすることにした。

 翌日、ジジジクは完璧な図面を持ってきた。それを見たライニーカールは眉間にシワをよせ酷く不細工な顔をしていたが、スレツとしては図面ができたからにはすぐに製作に移りたかった。複雑高度な機械の製作は技師に依頼するため、次におこなうのは技師探しだ。この時、初めて《惑星ジー》の女の子と〝交信〟してからすでにひと月が経過していた。この日も《惑星ジー》との接近があり、スレツは無性に焦っていた。

 エルラミドには腕利きの技師が多い。だがスレツが図面を見せると、多くの技師が自らの誇りと引き換えに首を横に振った。そうでなくても、莫大な金額を提示された。スレツは困り果ててまたライニーカールに泣きつこうかと悩み始めた時、ジジジクが一人の技師を紹介してくれた。技師の名前はルダと言った。細長い体格の若い男性で、顎にヒゲを蓄えている。ルダの工房はエルラミドの中心街から一本道を外れた裏路地の隠れ家的な場所にあり、民家と見分けの付かない入り口から一歩屋内に入ると、オイルや鉄くずなどの匂いが入り混じった工房独特の雰囲気がスレツとジジジクを迎えた。

 ルダはタバコを咥えてスレツの図面を確認し、眉間にシワを寄せて「マジかよ」と呟く。「おいジジジク。お前、おれにこれを作れっていうのか?」

「どの技師にも断られたそうなんだ」

「断るに決まってる。こんなの、おれの技術と経験を総動員しなけりゃ生み出せないシロモノだぞ。このレベルの発明品の製作は個人依頼では受けられねぇ。まずはエルラミド発明管理局のお墨付きをもらうべきだ。これが公的なシロモノになれば、協力技師の名も売れて発明品の活用に今後幅広い恩恵が受けられる。もしそうするなら製作自体はおれがやってやるし、申請も代行してやる」

「お墨付きをもらうって、どれくらいで?」ジジジクが聞いた。

「およそふた月くらいだな」

 スレツはそれじゃダメだと懇願した。「そんなに待っていられないんです! なんとかなりませんか!?」

「なんとかって言われてもなぁ……。ただでさえ〈発明祭〉の目前だ。今の時期は仕事が超大変なんだよ。ジジジクの発明品の製作も頼まれてるしな」

「じゃあルダ」ジジジクが切り出した。

「おれが今、〈発明祭〉用に製作を頼んでいる〈アレ〉の開発が成功したとき、その生産の権利をルダに譲るよ。そうすれば、悪い話じゃなくなるだろ?」

「〈アレ〉ってお前ジジジク、それは〈アレ〉のことか?」驚くルダに、ジジジクは頷いて肯定した。ルダは呆れてタバコの火を捻じり消した。

「お前やっぱりバカだろ。もし〈アレ〉の開発が成功したら、この世界に革命が起こるんだぞ? 世界は新しい段階に移行する、そんな可能性を秘めた発明だ。億万長者も夢じゃない。お前、もっと自分の発明を大切にしろよ」

「大切にしてるつもりだよ。でもそれ以上におれはね、上の世界の人たちが望遠鏡を覗いたときにびっくりするようなものを作ってやりたいんだ。今後おれがなにを生み出そうとも、おれのこの夢だけは変えたくない。つまり、おれは〈アレ〉を生み出しただけで満足したくないんだ。だから〈アレ〉の生産権をルダに譲っても譲らなくても、おれの今後の活動に大差はないのさ」

 ルダは目を線にしてヒゲを撫でながら困っていたが「お前がそこまで推すなら仕方ないな。それにおれだって、人の生産権にすがりつくほど落ちぶれちゃいないよ」と、最終的には無償でスレツの図面を受け取った。

 その帰り道。

「ありがとうジジジク。でもなんでわざわざ僕のために?」

 スレツはお礼を言いつつ、ジジジクに聞いてみた。まだ友達というほど仲がいいわけでもない。それなのにジジジクは――スレツには〈アレ〉が何を指すのかまだわからなかったが、とてつもなく大切なものであるということだけは認識できていた――ああまで言ってくれたのだ。ジジジクはニカっと笑って答えた。

「科学なんてものは、本来、こういう時のためにあるべきものだろう?」

 そして数日後、ルダは懐中時計を完成させた。連絡を受けたスレツがほんのⅠメモリのうちに駆けつけると、懐中時計はルダの工房のキズだらけの机の上に置かれていた。古い懐中時計を分解して作ったものだが金色の光沢は新品のようで、今は潰れてしまった昔の時計会社のロゴが複雑な幾何学の模様となって表面に刻まれている。

「針はジジジクに言われた通りに設定してある」ルダはタバコを吸いながら言った。「それよりもこいつを作ってるうちになんだか愛着が出てきてな。組まれたギアたちに名前を聞いてみたんだ。そしたらこいつらはこう答えた」

 懐中時計を手にとって、パカっとフタをあける。

 ⅩⅡ等分されたシンプルの文字盤、その中央には《JENEジェヌ》という文字が黒いデザイン字で描かれていた。

 腕を組んだルダは言い訳じみた弁解を最初から半怒り気味に「勝手なことすんなって、キレんじゃねーぞ? 作品には名前を聞く。これはおれ流なんだ。ただでさえ慈善でやってやってるんだからな、これくらいのことは――」

「いや――」スレツは遮った。懐中時計を両手に持ち《ジェヌ》という名前を見つめる。「ありがとうございます……! 最高ですよルダさん! 《ジェヌ》かぁ」

 スレツの反応に、緊張気味だったルダはころっと感情を反転させリラックスした。

「お、お前わかるやつだなぁー! そうなんだよぉー、この懐中時計にはな、」

「ルダさん、ありがとうございました!」

「!」

 スレツのダッシュは早かった。今日は惑星接近の日だ。それも、一週間に一度の――。遠くの空で、《惑星ジー》の訪れを告げる磁気嵐の雷が唸っている。待ちに待った発明品が、今日この日に間に合ったのだ。だとしたら今日を逃すなんて我慢できない。懐中時計を確認してみると、まだ定刻までⅩⅩメモリ以上ある。

 ルダの工房から走って自宅まで行き、屋内で嵐をやり過ごした後、望遠鏡と三脚を担いでいつもの観測地点に着いた。スレツには、今日はなんだかいつもの風景がいつもと違って見えていた。小高い丘から見渡せるのは、あまり好きではない果てない荒野と長く広がるどんよりとした川。昔はこの辺りも鉄鉱山だったそうだ。マイマイマイが重力の微かな変動を嗅ぎつけ、背中から綿を露出させ、風を掴んで空に浮上していく。《惑星ジー》はもうそこまできていた。

 何週間ぶりになるのだろう。もし今日、あの時の場所に彼女がいてくれたなら、これからは彼女のことを《ジェヌ》と呼ぼう。この懐中時計は《ジェヌ》を指し示す、《ジェヌ》と会うためだけの特別なものなんだ。もちろん、彼女がまた自分の姿を見つけてくれるかはわからない。それでもスレツは、望遠鏡で彼女の姿を捉えたかった。

 懐中時計に合わせて望遠鏡の設定を組み、調整を経て、望遠鏡を覗きこむ。――それからⅥメモリ後のことだった。望遠鏡が以前と同じ風景を捉え、木造りロッヂの家が見える。スレツは望遠鏡を僅かに動かしながら彼女の姿を探した。(どうか、また彼女と〝交信〟することができますように)と祈りながら。

 スレツの望遠鏡が止まる。捉えられた風景の中に、《ジェヌ》はいた。あちらの世界では、もう定点観測の技術は確立されているのだろうか――スレツはひと月と半ぶりに《ジェヌ》との〝再交信〟を果たし、そして手を振り合った。これほど待ち望んだ瞬間はなく、スレツはこの感動に満たされようと大きく深呼吸をした。

 しかしスレツは、なぜだか心臓付近に引っ掛かりを感じていた。この感情は一体なんなんだろう。気づけばスレツは望遠鏡を覗きながら――あるいは手を振りながら――どうしようもない無力感に襲われていた。

 そう。自分は、この目標を達成するための成果を何もあげていない。

 ライニーカールとジジジクの知識。ルダの技巧。この三人の力によってのみ、自分は《ジェヌ》と今こうして〝交信〟することができているのだ。この世界は自分なんて存在しなくても廻っているかのような気さえした。

 いや。事実、そうなのだ。

 きっと自分がなにもしなくても、自分の身近にいる友人たちや世界にいるどこかの誰かが、自分の思いを代弁するかのようなものを今後も作ってくれるのだろう。

 そう悲観すると、一時期、全く才能のない自分が懐中時計を分解し図面の作成に挑戦していた時の事が、ひどく馬鹿らしく思えてきた。自分は、自分にそんなことができるとでも思っていたのだろうか。

(とんだ勘違いだ)

 スレツは立ちくらみのようなものを感じた。

 望遠鏡の中の《ジェヌ》が、あまりに遠い存在に感じられた。


 《ジェヌ》との〝交信〟は定期的なものとなっていた。望遠鏡の調整にも慣れて、あれから二回、スレツは《ジェヌ》と確実に〝交信〟をしている。そのたびに浮かれるスレツを見て回りは気持ち悪がっていた。

 ある日、スレツはライニーカールに呼び出された。

「スレツ。あなた、最近アタシの所に来ないけど、まさか助手の仕事なんてもう飽きた、もうやめますなんて言い出すんじゃないでしょうね」

 スレツを学校の校舎のひと気のない所に呼び込んで、カツラを脱ぎ捨て、攻撃的な髪型を晒す。ライニーカールの表情は怒りで満ちていたが、それも当然だ。懐中時計が完成して以降、スレツはずっと助手の仕事をサボっている。現状では《ジェヌ》と〝交信〟することがなによりの目標だったし、今はそれも達成してその余韻に浸っている状態だ。スレツは助手の仕事に対して中々モチベーションを高められずにいた。しかしそれ以上に〝勘違い〟していた自分に対するある種の背徳的感情が、ライニーカールに詰め寄られた今この瞬間では一番大きく、そして辛かった。スレツは後ろめたい気持ちで言った。

「やっぱおれには無理なんだよ。不器用だし、君の足手まといだし」

「はぁ? アンタなに唐突にビビってんのよ。ていうかなに、まさかアンタ《惑星ジー》に行くことすら無理って言うんじゃないでしょうね」

 詰め寄ったライニーカールに、スレツは辛うじて切り返す。

「それは言わないよ。行きたいさ。でも、時計の開発でおれはなにもしてないんだ。わかる? なにもしていないんだよ。……だからさ、もし君が今後、《惑星ジー》に行くための発明を完成させたらさ、そしたらその時は一緒に――」

 ライニーカールが音を立てて地面を踏みつけた。腕を組んでスレツを上から見下した。

「もういいわ、何も言わないで。それ以上その汚い口から腑抜けた言葉を吐こうっていうなら、あなたの夢とやらが叶う前にアタシが今ここでぶっ殺してあげるから。――でもいいわ、それじゃあ〝発明家と助手ごっこ〟はもう終わり」ライニーカールはたっぷりの皮肉を塗りこんだ口調で続ける。「とっても楽しかったわ。ハタから見ればアタシ達はまるで恋人同士のようだったでしょうけど、そんなこともまるで気にならないくらいにね。いい、スレツ。アタシはね、元々あんたなんかの手をかりなくても全然なんにも問題はないの。ただ、あなたは理解者だと思っていたわ。だから助手をお願いした。でもとんだ見当違いだったようね。アタシの横に〝諦めた人間〟は不要だわ。それは助手としても、旅行者としてもね。アタシは一人で《惑星ジー》へ行ってくる。アタシが作った発明品に乗ってね」

 ライニーカールはカツラを拾い、去っていった。それからライニーカールはスレツと話さなくなり、学校も休みがちになって、より発明に打ち込みはじめた。ウワサによるとライニーカールは自らの発明によりエルラミドが街を挙げて行う〈発明祭〉で最優秀発明者賞を狙い、より大掛かりな発明のための資金と地位を得ようとしているとのことだった。

 ライニーカールはスレツが助手をしていた頃から、強力な磁石を使った回転動力を生成する機械の開発に取り組んでいた。この機械が完成すればこの世界に画期的なエネルギー革命が起きる――ライニーカールはそう確信していたが、一方で安定した回転エネルギーを生成するためには磁石の極を任意のタイミングで反転させる必要があり、そこで発明は息詰まっていた。永久磁石だけでは動力を生み出せない。それでもライニーカールはその後、意地と根性で磁気を人工的に生み出す手段を発見する。

 ライニーカールは一つの実験をおこなった。

 陶器の花瓶の中心に銅の筒を固定し、銅の筒の中に鉄の棒を固定する。そして銅の筒を酢で満たし、粘土で封印した。花瓶から付きだした銅と鉄にそれぞれ銅線を取り付け、そして、釘に巻きつけた銅線と結んでみる。これにより動線には〈電気〉が走るはずだ。準備が整ったところでライニーカールは実験を開始し、釘へ磁石を近づけてみた。カチッと、磁石は必然的に鉄を吸い寄せる。だがこれは変哲のない鉄でも起こりえる普遍的現象だ。問題は磁石の向きを反対にした時に、互いが反発し合うかどうか――これにより釘に磁場が生じていることが確認できる。ライニーカールは磁石の向きを反転させ、近づけてみた。すると、クッと釘が磁石を避けた。ライニーカールは感動し、さらに磁石を近づけてみる。釘は意地悪な磁石からしばらく身をかわした後、くるっと反転し、磁石にくっついた。

 次いでライニーカールは、花瓶の銅と鉄から出る銅線を逆転させてみた。すると、磁石にくっついていた釘がぴょんと離れる。超能力のようだったが――成功した。ライニーカールは電気と磁気の性質を結びつけ〈電磁石〉を発明した。これだけでも最優秀発明者賞は間違いない。しかしライニーカールはそこから回転動力を生み出すための〈モーター〉の発明にまでこぎつける。

 花瓶で作ったような〈電池〉があれば、馬車のタイヤを自動で回転させることができるのだ。満を持して、ライニーカールは〈発明祭〉用に論文と試作品を提出。表彰されるその日を心待ちにしていた。――しかし。

 その後エルラミドで盛大に開かれた〈発明祭〉で最優秀発明者として名前を呼ばれたのは、なんとジジジクだった。ジジジクは蒸気を利用した回転動力発生装置である〈蒸気機関〉をルダの協力のもとで発明していた。どちらも同じ動力分野での戦いだったが、エネルギーの爆発力は〈蒸気機関〉が圧倒的であり、審査員たちに強力なインパクトを与えていた。対してライニーカールが発明した〈モーター〉の回転動力は指で押さえれば止まってしまうほど非力なもので実用性が疑問視された。〈電磁石〉の発見については評価が高かったものの、これは発明祭だ。それを何に使うかが重要になってくるこの祭典において、〈モーター〉の評価は最優秀表彰に次ぐ二番手の優秀表彰シルバーにすら至らない〝佳作〟だった。

 その結果を知ったスレツは、ウワサに聞くライニーカールの狂気的な努力をもってすら届かない場所があることを悟った。それはまるで、ライニーカールの限界を見てしまったように思えた。

 ジジジクは間違いなく天才だろう。一方でライニーカールは血筋での発明家。確かに天才的な才能を持っているかもしれないが、それは家系による環境とノウハウが整っている影響によるものが大きい。上には上がいる。彼女でも、おそらくは無理なのだ。スレツはこの一件で、より自分が何かを創造・創作する意味を見失ってしまった。しかしライニーカール本人は、今もまだ、発明に取り組んでいる。スレツはライニーカールが未だ発明に打ち込む姿勢にすら疑問を感じていた。

(どうして彼女はそんなに頑張るんだろう。僕たちがやらなくても、祈ってさえいれば、いずれどこかの天才が代わりに夢を叶えてくれるというのに)

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