第11話
ラナさんへ
お元気ですか。このあいだてがみを出してからあまりたっていないのに、またてがみをかいています。
前のてがみにかいたリュカという子とは、少しだけなかよくなりました。おはかまいりしてるときに 会ったんです。あまりしらない人と はなすのはちょっとだけ こわいんですが、はなしてみたらいい子でした。リュカはヒルダさんとなかがよかったみたいです。私はヒルダさんに似てるのってきいたら、似てないって言われました。
レギオンにワガママをいって、いまはこの村にいます。ちょっとだけ長くいる つもりです。
レギオンはいつもわたしのこと ばかりで、じぶんのことをかんがえてくれないから わたしがレギオンのことをかんがえたいなっておもたです。レギオンがじぶんのためにうごかないなら、私がレギオンのためにうごこうって。
村にきてからレギオンとはなれて こうどうすることもありますが、そういうとき、むねがきゅうっと苦しくなります。でもいっしょにいても苦しいときがあります。どうしてでしょうか。
わたしはずっとずっと、レギオンのそばにいたい。
苦しくてもつらくても、レギオンのそばがいい。
おうとを 出たときに、決めたんです。レギオンはたくさんのものをわたしのためにすてていくから、わたしもたくさんのものをすてても、レギオンの手だけは はなさないって。
でもときどきおもいます。
レギオンも、わたしと同じようにねがっていてくれるんでしょうか。
レギオンがたくさんのものをすてるのは、いやです。けど、わたしの手をはなさないでいてほしいとおもいます。わたしは、ワガママなんでしょうか?
レギオンに会ってから、わたしはすごくすごくワガママになったような気がします。まえは、もっとなにものぞまないで生きていられたのに。
さいきんは、わたしはわたしのことがよくわかりません。
まだ少しこの村にいるとおもいます。
よければおへんじください。まってます。
部屋に籠っていたかと思うと、マリーツィアは一通の封筒と手に出てきた。どうやらまたラナに手紙でも書いていたらしい。
「手紙、出してくるね」
「一人で大丈夫か?」
ここ数日、マリーツィア一人で行動することはあったものの、大半は人気のない墓地へ行くことだ。俺と一緒じゃない時もリュカといることが多いのであまり心配せずに放っておいたが、手紙を出すということはリュカ以外の村人と接触することになる。
「大丈夫だよ、郵便屋さんに行くだけだもん」
「その郵便屋がどこかも知らないだろうが、おまえは」
はぁ、とため息を吐いて立ちあがる。どうせしばらく滞在を続けるとなれば、食料は嫌でも尽きる。ついでに何か買い足そうかと思った時だった。何の前触れもなく玄関が開く。
「おはよー……ってなんだ。あんたら二人して」
リュカは怪訝そうな顔で、立ったままの俺とマリーツィアを見た。ちょうどいい、と俺は脱力しながら椅子に座る。
「リュカにでも案内してもらえ。マリーツィア、髪はちゃんと隠しておけよ」
「うん」
マリーツィアは素直に頷いて、マントを羽織りフードを目深に被る。フードはマリーツィアの白い髪を覆い隠すだけでなく、その深い緑色の瞳も影に潜ませた。
「人の都合も聞かずに……横暴だな、レギオンは。それで? どこいくんだ、マリー」
「郵便屋さん。手紙を出すの」
横暴と言いつつもきちんとマリーツィアを案内してくれるらしいリュカの姿に、こっそりと微笑みながら、家を出ていく二人を見送る。
ぱたん、と扉が閉まってリュカとマリーツィアの姿が見えなくなると、途端に静かになったような気がした。少し冷めた紅茶を飲みながら、マリーツィアのことを考えていた。
子ども子どもと思ってきたが、こちらの予想以上にいろいろ考えているらしいこと。俺の言うことをただ素直に受け入れているだけかと思ったら、そうでもないらしいということ。それはどちらも喜ばしい変化だ。未来を見据える思考力も、俺の意見をただ鵜呑みにするだけじゃない自立性も、彼女にはこれから必要になっていくものだから。
だから、出来ることなら俺と離れて行動していた方がいい。もちろん、危険のない範囲で。
時計の針が半周するのを待ち、ゆっくりと紅茶を飲み干して、俺は立ち上がる。ついでに、と思っていた買いものに行くためだ。向こうで鉢合わせすることもあるだろうから、先にもう一度墓参りにでも行くか、と足は村の中心ではなく外れへと向かった。
「ヒルダ。父さん、母さんも」
家族の墓を前に、どんな顔をしたらいいのかも分からず小さな声で呼びかけた。
その後はなんと言っていいのか分からず、墓の前に膝をついて苦笑する。相変わらず綺麗な墓は、これからどれだけこの美しさを保っていてくれるんだろうか。
「俺は、結局どうしたいんだろうな」
呟いたところでどうしようもないというのに、気づけば言葉が零れていた。心の中では自分の行動や今後のことでぐちゃぐちゃで、その中心にはいつだってマリーツィアという少女がいた。
「自分の幸せなんて、もうとうの昔にどうでも良かった。でも、俺が幸せになって欲しいと望む人は、俺の幸せまで望む。俺と一緒にいたところで、彼女が幸せになれるとは思えないんだけどな」
ふわりと風がそよぐ。まるで両親が幼い頃に頭を撫でてくれた時のように。ああ、誰かに甘えるなんて、もう随分長いことしていないんだな、と思った。大人の男としてのプライドもある。甘えられるような女はここ数年作っていない。
「――俺は、もしかしたら、俺が幸せになることが許せないのかもしれない」
いつまでも心の中では、妹を守れなかったことに対する罪の意識がある。マリーツィアを殺そうと考えてあの森へ行ったことへの罪悪も。そう、俺という人間は罪にまみれているような気がして。
ヒルダにも両親にも怒られるな、と思った。そんなことは考えるな、おまえは生きて幸せになれ、と。もし死者と対話が出来るというのなら、彼らはそう言うだろう。
分かっているのに、足はその場に縫い付けられて動かない。
リュカがあの日の記憶に縛られているように、俺もまだ縛られているのかもしれない。
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