第5話


 ラナさんへ


 こんにちわ。ラナさん おげんきですか?

 いま わたしはレギオンのふるさとにきています。そらのひろいところです。

 おうと みたいにひとはおおくないです。しずかなトコです。

 こおあいだは レギオンはきたくないっていって 私はレギオンのふるさとにきたくてケンカになりました。

 いまはもうなかなおりしてます。しんぱい しないでくださいね。

 レギオンのいもうとさんに あいさつしてから くにをでようとおもいます。

 このむらにきていちばんさいしょに リュカ とゆうおとこの子にあいました。

 レギオンのいもうとさんに まちがわりました。わたしはいもうとさんに にてるんでしょうか。

 その子は すごくかなしそうな 目をしてました。



 久しぶりに帰った家は、埃が積もっていることを除けば以前とまるで変わらなかった。マリーツィアは物珍しげにきょろきょろと室内を見回している。

「別に物珍しいものはないだろ」

 苦笑しながら問うと、マリーツィアはぶんぶんと首を横に振った。

「すごいね、ここでレギオンが育ったんだ」

「育ったと言っても、十六歳までだ」

 もう十年も前だ。それからは王都で過ごしていたし、騎士団の一員として働いていた頃は仕事であちこちへと点々としていた。

「じゃあ今の私くらいまでかぁ。あ、ねぇねぇレギオンの部屋ってどこ?」

 興味津々な様子でマリーツィアが問う。十年前まで毎日使って、それ以降は墓参りに帰ってきた時に寝るくらいの部屋だが――。

「……そっちの部屋だ。おまえは入るなよ」

「え、なんで?」

「なんでも」

 下手すればこいつはそのまま俺の部屋で寝ようと考えていただろうな、と想像して頭が痛くなる。宿屋では安全性や経済面からマリーツィアと同じ部屋を使っていたが、こうして他にも部屋があるのにどうして同じ部屋で寝なければならない。

「おまえは隣を使え。埃は被っているが掃除すれば使えるだろ」

「隣?」

 首を傾げてマリーツィアは俺が指さした扉を見た。

「妹の――ヒルダの部屋だ」

 そう口にした途端、マリーツィアの表情が固まった。じっと扉を見つめたまま、何を言うべきか悩んで口を開いては閉ざし、そしてゆっくりと俺を見上げた。

「……いいの?」

 揺らいだ深緑の瞳に俺が映っていた。私が使ってもいいの、という意味だろう。災厄の乙女の連鎖で殺された妹の部屋に、と。

「使えって言っているのに妙な遠慮はするな。絶対に俺の部屋で寝ようなんて考えるなよ」

 ただでさえ心労のたまる場所にいるっていうのに、気ままに寝ることも出来ない状況はきつい。念を押しておくと、マリーツィアはこちらの悩みに気づきもせずに頷いた。

「分かった。じゃあ綺麗に掃除するね!」

 他の家事はほとんど出来ないが、掃除だけはマリーツィアもまともに出来る。料理や洗濯も覚えれば普通に出来るようになるだろう。思っていたよりも、ずっと器用だ。

 やる気満々のマリーツィアは腕をまくりながらヒルダの部屋の掃除を始めた。俺も自分の部屋の埃くらいはどうにかしないとな、と箒を手にする。部屋に入ってすぐに窓を開けると、籠っていた部屋の中の空気が変わっていく。閉め切られていた室内が、止まったままだった時と共にまた静かに時を刻みはじめるような気がした。

 手早く部屋の中の埃を払い落し、掃除を済ませる。そう長居する気もないのである程度まで片付けば及第点だ。マリーツィアは本気で掃除に取り組んでいるらしく、隣の部屋からはがたがたと少し騒がしい音がした。

「……こっちも片付けておくか」

 玄関から入ってすぐの部屋は台所があり、食卓を囲うテーブルがある。昔はここで家族四人――兄妹で食事をとっていた。

 食事をする場所くらいは、と自分の部屋よりは念入りに掃除をしておくことにした。どうせもう戻らない我が家だ。これくらいしておかなければ両親にもヒルダにも顔を合わせられない。俺の部屋は別にしてもらうとしても。



 結局マリーツィアはその日の夕方までヒルダの部屋を掃除して、ピカピカにしていた。昼過ぎに村に到着したことを考えれば随分頑張ったものだ。ヒルダの部屋は散らかしていたわけじゃないし、掃除といっても埃を吐き出すくらいだったはずなのに。

「いつの間にごはん用意していたの? レギオン」

 俺が簡単に用意したスープを前に、マリーツィアがきょとんと目を丸くした。スープの食材もパンも荷物の中にあったものだ。買い物には行っていない。

「おまえが必死に掃除している間だよ」

「それは分かっているけど……」

 ここ最近のマリーツィアは料理の腕をあげたいらしく、野宿の時も頻繁に手伝うと言い出してきていた。たぶん今日も手伝うつもりだったんだろう。

「……明日は絶対手伝うからね」

 むすっとした顔でそう宣言して、マリーツィアはスープを一口食べる。途端に幸せそうな顔になるものだから、随分と現金なやつだ。あり合わせの材料で適当に作ったスープだっていうのに。

「それにしても、埃随分積もっていたね。何年ぶりに帰ってきたの?」

 今は埃もなくなった部屋の中を見ながらマリーツィアが問いかけてきた。基本的には一年に一度、墓参りに帰って来ていたが――去年はそんな暇もなく、帰れなかったなと思い出す。瞬く間に過ぎた一年だったから聞かれるまでそんなことにも気づかなかった。駄目な息子で駄目な兄だな、と苦笑する。

「二年ぶりくらいか」

「ふぅん、じゃあお墓も綺麗にしてあげないとね」

 すっかり嫁か何かのように張り切るマリーツィアに、さすがに複雑な心境になる。ここまでさせていいもんなのか否か。おまえは俺の恋人でもなければ嫁でもないだろう、と。かといってどういう関係なのかと問われると返答に困る。リュカに聞かれた時に誤魔化したように。

「……飯食い終わったら行くか」

 どこに、とは告げずともマリーツィアは素直に頷いた。夜に墓参りなんて気味の悪いことこの上ないが、マリーツィアのことを考えれば人目のない夜の方がいい。

「うん」

 俺の考えが分かっているのかいないのか――マリーツィアはただ嬉しそうに頷くだけだ。

「月が綺麗だから、きっと楽しいね」

 さらにそんなことを言いだすから、俺は苦笑するしかない。墓参りが楽しい、なんて感想が浮かぶのはこいつくらいじゃないだろうか。

 しかし窓の向こうへ目を移せば、マリーツィアの言うとおり月が冴え冴えと光を放っていた。星たちも今日は少しだけ大人しい。夜の不気味さなんてどこかへ吹き飛んでしまうくらいの、清廉とした輝きだった。


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