第11話 今月の懇親会


「おはよーさん」

「おう。もう身体は大丈夫か?」

「うん。お陰様で。また迷惑かけてごめんなぁ」


 彼方と千鶴と共に共有ルームに入った光輝は、へらりと笑みを浮かべて奥のソファーにいる柊達に歩み寄った。

 目の前の光景を軽く流して会話をする光輝だったが、先に声を上げたのは柊に乱雑に扱われていた柾だ。


「僕は平気じゃないかな」

「お前には聞いてねーよ」

「酷い!」


 柾の首には柊の腕が回されており、じわじわと絞められている。

 和泉もこの光景に早くも慣れたのを感じた。

 柊は柾を解放して、光輝に向き直って会話を続ける。

 漸く離された柾は、普段、引きこもっている割には素早い動きで和泉の隣に逃げた。


「まぁ、酒飲んだら毎度のことだし、ほのかに付き合ってたら仕方ねーよ」

(毎度のことなのに飲むんだ……)


 むしろ学習してほしいものだが、アルコールを前にすると忘れてしまうのだろうか。もしくは、ほのかのペースに巻き込まれているかだ。

 光輝は困ったように笑みを浮かべて、昨日の最後の記憶を探る。


「花菜ちゃんが来てくれたことは覚えてるんやけど、気づいたら寝てたみたいで、起きたらいつもどおりやったよ」

「……起きられて良かったな」


 花菜の料理を知る面々は何とも言い難い顔で視線を逸らす。

 無事に起きてこられたのは奇跡だろうか。

 しかし、当の光輝本人は料理を覚えていないのか、悪気のない笑顔で言った。


「うん。柊さんも飲み過ぎたら作ってもらうとええよ」

「まだ死にたくないから遠慮しとく」

「そうやねぇ。お酒も飲み過ぎたら危ないしなぁ」

「そうじゃないんだけどな……」


 半妖のことと言い、彼は受け入れないものはとことん受け入れない。

 そんな光輝を見ていた和泉は、ある結論に至った。


「もしかして、受け入れた途端に倒れちゃうとか……?」

「あいつの料理は地雷か何かか」


 後から威力を発揮する料理など怖すぎる。何にせよ、危険物には変わりないが。

 彼方と千鶴は揃ってキッチンに入り朝食を作り始めている。

 その音を聞いた光輝は窓の外に目をやり、アパートの周りに植えられた桜を視界に入れたまま言った。


「そういえば、今月の懇親会ってまだやんね」

「懇親会……あ。最初に言ってたあれですか?」


 入居日に説明を受けた中で、懇親会の話も出ていた。

 聞こえはとても楽しそうな響きだが、何をするのかは住人達で話し合って決めるようだ。

 和泉は懇親会を覚えていたが、柊は念のため懇親会を開く理由も再度話した。


「あれな。隣人同士揉めると面倒だし、共有ルームがあってもなかなか溶け込めない奴もいる。だから、親交を深めるために毎月何かしらやるんだよ。例えば、先月だとコイツの部屋でチョコフォンデュパーティーとかな」

「柾さんの?」


 一階の部屋は間取りが他の階の部屋よりも多く、一部屋辺りの広さがほぼ同じでも入れる人は多い。

 とは言え、アパートの住人全員が入っても余裕はあるのかと疑問に思った。

 視線を向けられた柾は言われずとも和泉の疑問に気づいたのか、当時を振り返ってやや不満げに言う。


「僕の部屋なのに酷いよねぇ。しかも、二部屋に分かれても結構狭かったし 」

「黙れ引きこもりニート。テメェが『寒いから出たくない』とか当日になって抜かしやがったからだろうが」


 自業自得とはこのことか。

 住人が入れば相応に狭くなることは目に見えていたはずだが、当時の彼は外に出るくらいなら、と部屋を使うことを了承したのだ。

 しかし、柾は懇親会のことよりも柊の発言に対して口を尖らせてそっぽを向いた。


「ニートじゃないもん。仕事はしてるもん」

「可愛くねーから生まれ変わってからにしろ。つか、主にその仕事もやってんのは俺だからな?」

「じゃあさ、もういっそのこと柊と僕の部屋繋げちゃう? そのほうが都合がいいでしょ」

「やめろ。心労で倒れる」


 名案だ、とばかりに左掌を拳にした右手で叩いた柾だが、柊はげんなりとして本気で嫌がった。

 自分の出不精と面倒くさがりだけで部屋を改造しようとする柾に、呆れを通り越して感心すら覚えてしまう。

 脱線してきた話を戻したのは、懇親会の話を出した光輝だ。


「懇親会の案なんやけど、もう桜も咲いてきたし、そろそろ花見とかどうやろ?」

「あ、いいねぇ。お花見。それなら、僕も外に出なくてもここから見えるし」

「出ろ」


 花見は大抵屋外で行われるものだ。

 一部の飲食店では食事をしながら桜を見られる所もあるが、柾の引きこもりを改善したい柊としては外でやりたい。

 また、和泉としても普段過ごす場所よりも違う場所でやりたいと思い、柾を説得するように言う。


「ここでお花見もいいとは思いますけど、せっかくなので違う場所に行きましょうよ。たまには外の空気も吸わないと」

「えー! 僕、ここがいいー! 外の空気なら窓開ければいいよ!」

「いや、窓開けるとかそういう問題じゃなくてですね」


 まるで幼い駄々っ子を相手にしているようだ。本当に歳上なのかと疑ってしまう。

 呆れを滲ませた和泉に柾は食い下がった。


「それに、近くだと桜が多く咲いてる所ってないでしょ? あっても学校とかで、花見ができるようなスペースなさそうだし」

「そう言うやろと思って、実は少し前に天文台の傍に桜が植わっとるとこ見つけたんや。で、聞いてみたらもうすぐ満開やって」

「えっ。準備良すぎない?」


 どうやら、光輝は最初から懇親会を花見にする気で話を持ち出したらしい。

 場所もある、反対しているのは今のところ柾だけ、となればもう決定するしかない流れだ。

 まだ反対の言葉を探しているのか、柾は口を開けたり閉ざしたりしているが、スマホを操作する柊がとどめを刺した。


「『今月の懇親会は花見で決定』、と」

「あー!!」


 連絡アプリで、住人全員が一度にやり取りできるようグループを作っている。そのグループトークに送ってしまえば、余程のことがない限りはこのまま決定だ。

 ソファーの背凭れにぐったりと体を預けた柾を他所に、光輝は「そういうわけで」とキッチンにいる千鶴と和泉を見て笑顔で言う。


「買い出しなんやけど、僕は場所の許可貰いに行ったりするけん、結城さんと奈尾君にお願いしてもええかなぁ?」

「えっ」


 まさか指名されるとは思っていなかったのか、千鶴は戸惑ったように短く声を上げた。

 聞き取ってしまった和泉は少しショックを受けつつも、人見知りの彼女の咄嗟に出た言葉なので仕方がない、と自身に言い聞かせて「分かりました」と頷く。

 ただ、さすがの光輝もいきなり二人っきりにするような荒療治にはしなかった。


「あと、荷物多くなるやろうし、柊さんにもお願いしたいんやけど、ええかなぁ?」

「おう。仕事が入ってなきゃいける」

「まぁ、まだ日にちも決めてないしね。動きやすいのは、学校が休みでバイトもない和泉と千鶴だけど」

「あはは……。三月中はそうですね」


 学校は申請さえしていればバイトはできるものの、春休みは短いことや引っ越しのこともあったため、バイトについては考えていなかったのだ。

 和泉はあっさりと言ってのけた彼方にぎこちなく笑みを浮かべた。彼の言い方だと、今の自分の状況がある人と酷似していると思いつつ。

 すると、その『ある人』がそれに気づいてしまい、嬉々とした声を上げた。


「あ! ということは、三月の間は二人も僕と同――」

「この二人には『学生』って肩書きがあるからな?」

「せめて最後まで言わせてよ!」


 柾が言わんとしていることを遮ったのは柊だ。

 内心で彼に感謝しつつ、和泉は次の長期休暇はバイトをしようと決めた。

 再びむすっと口を尖らせ、ソファーの上で膝を抱えていた柾だったが、すぐに別のことに考えが移ったのかまた声を上げた。


「あ、そうだ。お花見なら、『けい君』の予定も聞いておこうよ」

「あいつは合わせるの難しくねぇか?」

「まぁ、聞いてみるだけ、ね?」

「慧君って言うのは……?」


 聞いたことのない名前に、和泉は小さく手を挙げながら柊と柾に問う。

 先日の歓迎会でも一部しか来ていないようなことは言っていたが、その人のことか。

 説明してくれたのは光輝だった。


「三〇五号室の人やで。最近、仕事が忙しくなって、会うのは僕もほとんどないんやけどね」

「きっと、会ったらびっくりするよ」

「びっくりする?」


 ここの住人とは初対面のときに大抵、驚いているが、話に出ている『慧君』も同様に何か一癖があるのか。半妖と出会う以上の驚きはない気はするが。

 小首を傾げた和泉だったが、柾は何処か楽しげに笑った。


「ふふふ。秘密ー。そのほうがカッコいいみた、いったぁ!?」

「テメェが言うと腹立つな」

「り、理不尽……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る