第14話 真相は闇の中


 夜、カスミ荘に帰った和泉は部屋には戻らず、真っ先に共有ルームに向かった。

 理由はただ一つ。

 招いていたであろう誤解を解くためだ。


「断じて! 違います! から!」


 一足先に帰っていた花菜に「楽しかったー?」とニヤニヤしながら聞かれたため、反射的に強い口調で返してしまった。

 そのやり取りで、周りにいた小鳥遊双子や彼方は何があったか察したようだ。最も、奥のスペースでテレビゲームをする手は三人とも止めていないが。

 きょとんとしていた花菜は、すぐに困ったような笑顔で小さく手を振る。その仕草に中年の女性を思い浮かべてしまったが、言えば良くない展開になりそうだったので胸の奥に留めておいた。


「ちょっとからかっただけだよー。……本気でも良かったけど」

「違います! 俺は至ってノーマルですからね!」

「うん……。分かった。ごめんね? 和泉君」


 それまで余裕な雰囲気を醸し出していたはずの花菜が、突然、顔の前で両手を合わせると眉尻を下げて申し訳なさそうに和泉を見る。上目遣いで。

 さすがに強く言い過ぎたかと、やや潤んだ瞳を見て和泉も反省した。


「っ、や、わっ、分かっていただけたら……いいです」

(((ちょろいずみ……)))


 それが花菜の困ったときの奥の手であると知っている双子や彼方は、顔を赤くしている和泉に内心で呆れつつ呟いた。

 そして、春馬はレストランで和泉を見つけたときを思い出す。


「まぁ、アパートのことはうまくぼかしてくれたし、『来たい』って言ってた友達君にも許可を取ってからってことにしてたから偉いね。……あ! 誰!? 今、甲羅飛ばしてきたの!」

「特殊ですからね。ここ」

「よし、逆転」

「彼方ー!」


 共有ルームがあるアパートやマンションは増えているが、半妖が認知されて住んでいる所はまずないだろう。

 今、三人は有名な某カーレースのゲームをしており、花菜は混ざらずに観戦だ。

 部屋にゲーム機本体はなかったため、三人の内の誰かが部屋から持ってきたのだろう。


「そういえば、かっしー……えっと、俺の友達が、春馬さんや花菜さんを見てカッコいいとか可愛いとか騒いでましたよ」

「えー。何それ嬉しい」

「その割には棒読みですね、春馬さん」


 視線は画面を見たままで、表情も声音もあまり嬉しそうではない。

 ゲームをしていることもあって、あまり大きな反応ができないのかと思ったが、理由は別にあった。


「男に言われたら嬉しさ激減。女の子に言われたほうが嬉しいに決まってるでしょ」

「春馬君、カッコいー!」

「前言撤回。人による」

「酷くない!?」


 可愛いと言われている花菜が言ったにも関わらず、春馬の反応はとても薄い。それどころか嬉しくもなかったようだ。

 すると、双子の弟の気持ちを兄が代弁した。


「三嶋、可愛いけど性格がな」

「慣れてる人にしか言わないよー」

「俺に言うのは有りなんですか」

「前言撤回。人による!」

(柊さんの気持ちが少し分かった気がする)


 柊も散々、花菜にそういった話をされている。だからこそ、お互いに慣れてしまったのかもしれないが。

 すると、春斗は先ほど、和泉が言っていた顔立ちについてのある噂を思い出した。


「まぁ、俺達の顔立ちとかに関しては、半妖だからってのもあると思う」

「半妖、ですか?」

「そう。俺達半妖に所謂『美形』が多いのは、人に怖がられないようにするために、自然と整った顔立ちになるんだって、半妖の間で流れる噂で聞いた」


 妖怪について、あまり良いイメージを持たない人も少なくない。未知のものに対し恐れを抱いて、最悪、迫害される可能性もある。

 人との混血である彼らはそれらの壁を乗り越えた祖先がいたからこそ産まれたのだが、全員がそうだとは限らない。

 そんな事情があったのか、と半妖の肩身の狭さを感じた和泉だったが、春馬がそれを軽く壊した。


「けど、今はいろんなコンテンツで取り扱われるから、昔よりは抵抗少ないと思うけどねー」

「祖先をコンテンツ扱いしましたね」

「例えだよ例え」


 確かに、妖怪の類いはよく漫画やゲームなどで使われる。一時期に比べれば、好きな人も随分と増えただろう。

 そう考えたとき、世間には意外と半妖も多いのかもしれないと思えてきてしまった。


「なんか、世の美形全員が半妖な気がしてきました……」

「あははっ。それなら、芸能界は半妖ばっかじゃん」

「三嶋は一般人だしな。一応」

「一応って何?」


 花菜は半妖でもなく、普通の人間だ。

 何に「一応」と言われる要素があるのかと春斗を見れば、彼はやはり画面から視線は外さずに淡々と言った。


「胸に手を当ててよく考えたら分かるはず」

「腐女子はスキルみたいなものだよ!」

「自覚はあるんだな……」


 その一言で分かるということは、一応、腐女子であることが普通ではないと分かっているようだ。

 分かっていて口に出すのだから、もはや周りが慣れるしかないのだが。

 すると、花菜は不満そうに口を尖らせながら、一人掛け用のソファーでゲームに興じる彼方に視線を向けた。


「というか、彼方君だってそうじゃん」

「僕、腐ってない」

「厨二じゃん」

「違う」


 短く否定した直後、分割された画面の一つがゴールを決めた。彼方が操作していた、白地に赤の水玉模様の帽子を被ったキャラクターだ。

 漸く画面から外された視線が花菜を見据える。その目は真剣そのものだ。


「異世界が実在しているなら、現実でのことになるから妄想じゃない」

「でも、異世界があるかなんて分かんないでしょ?」


 「妖怪」という存在がいるからこそ春斗達半妖は存在するが、だからといって異世界があるかまでは分からない。

 しかし、彼方は首を左右に振った。


「ううん。ある。きっと、あの三〇四号室には……!」

「まだその話引きずってるんですか!?」


 入居した翌日に聞いた話だった気がするが、あれは秘密だったのではないのか。

 もしかすると、アパートの住人には知れ渡っているのかもしれないが。


「じゃあ、確かめに行こうよ!」

「ふっ。望むところだ……!」


 花菜が勢い良く席を立つと、彼方も口元に笑みを浮かべてコントローラーをテーブルに置いた。

 和泉が二人を止めなくていいのかと春斗と春馬を見るが、「三回戦どうする?」「彼方を放置して周回遅れ負けさせる?」とマイペースに話している。止める気はないらしい。

 そして、花菜と彼方は声を揃えて和泉に言った。


「「柊さんに鍵借りてくる!」」

「柾さんじゃなくて!?」


 止める間もなく、二人は慌ただしく共有ルームを出て行った。

 双子は話していたとおり、彼方のキャラクターは放置したまま次のレースを始めている。


 数十秒後、双子の部屋を挟んだ隣の柊の部屋から、共有ルームにまで柊の怒声が響いてきた。



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