第13話 外から見た意見
がやがやとした話し声に包まれたファミリーレストランでは、時折、注文のために店員を呼ぶチャイムが鳴る。
また、厨房の方からは調理の音も微かに聞こえてくる辺り、昼のピーク時を少し過ぎている今でもまだ忙しいようだ。
その客の一組である和泉は、注文したハンバーグセットを食べ終え、目の前で不貞腐れた友人、
朝、遊びに行こうと誘ってきたのは彼であり、待ち合わせついでにファミリーレストランでご飯を、とここに集まったのだ。
「いいよなー。高校生で一人暮らしとか、どこの漫画だよ」
「しょうがないだろ。父さんの海外転勤が決まって、『家事が一切できないから不安だ』って母さんもついて行ったんだから」
睦月が不貞腐れたのは、和泉が「一人暮らしになった」と聞いてからだった。
当然ながら彼は実家暮らしであり、一人の空間と言えば自室くらいだ。また、「一人暮らし」という響きが少し大人になったようで羨ましいとも呟いていたが。
和泉は理由を話しつつ、内心では「本当は、単に父さんと離れたくないだけだけど」と付け足す。
仲が良いと近所でもよく言われており、それは悪いことでもないのだが、近くで見ていた年頃の息子としては少し恥ずかしくもあった。
緑茶を飲みながら両親の日頃のやり取りを思い返していると、睦月はストローでメロンソーダをかき混ぜながら言う。
「おじさんなぁ……。確かに、遊びに行ったとき、ジュース入れてくれようとしてコップ割ってたもんな」
「そんなこともあったな……」
睦月が遊びに来たとき、たまたま仕事が休みで家にいた父は、「和泉の友達!? 例の柏村君だよね? お父さんも仲良くなりたい!」とよく分からないテンションで張り切っていた。そして、盛大にコップを割っていた。
母曰く仕事は出来る人らしいが、そちらが出来すぎて他がてんで駄目とのことだ。母からすればそこが可愛いとのことだが。
そして、睦月は和泉を見ながらあることを思い出す。
「向こうで家政婦とか雇わないのかな? お前ん家、見た目は普通そうな家だけど、お手伝いさんとか家政婦とかいてもおかしくないじゃん。……あ、浮気の心配?」
遠距離……それも国を越えるとなれば、時差などの関係でも連絡は取りにくい。さらに、行くにも時間と費用が掛かる。
仲が良いなら浮気を心配するのかと思った睦月だったが、それは和泉がすぐに否定した。
「浮気は心配してないと思う。お手伝いさんは俺が小さい頃にも来てたし」
「いたんだ」
「え? いないの?」
「いない。大抵はいないからな」
ほとんどの家庭では家事手伝いは雇わない。
最近ではデリバリー的な感覚で手軽に利用できる家事手伝いのサービスもあるようだが、日常的にいるとなればまた話は違ってくる。
素で驚く和泉に「この隠れお坊っちゃんめ」とぼやきつつ、炭酸が少し抜けたメロンソーダを飲み干す。
「お坊っちゃんって程でもないけど……」
「大手貿易会社の上の方なんだろー? 家は……まぁ、確かに、気持ち大きいってくらいで、『お金持ち』って雰囲気はあんまりなかったけど」
「褒めてんの? ディスってんの?」
「親しみやすいって褒めてまーす」
褒めていると言う割には棒読みに近いが、適当な部分がある彼の性格上仕方がない。
ジュース入れてくるー、とドリンクバーに行くため席を立った彼を見送って、和泉はスマホを開く。
連絡アプリで両親とは簡単に連絡は取れるが、時差の関係上、やはり返信には時間が掛かるときがある。
(父さんも母さんも、無駄遣いはしない人だしなぁ)
両親の仕事についてはあまり興味を持つことはなかったが、二人とも必要最低限の物しか買わないため、それなりには貯まっているはずだ。だからこそ、家事手伝いも雇えたのだろう。
ドリンクバーから帰ってきた睦月を見てまだ話が続くのかと思ったが、彼は何があったのか突然、話題を変えてきた。
「なぁ、今ってアパートなんだっけ?」
「一応」
少し特殊な部分はあるが、呼称としてはアパートであっているはずだ。
すると、睦月は嬉々とした表情で言った。
「遊びに行ってもいい? 泊まったりとか」
「んー、どうだろ。共有ルームとかあるし、もしかしたら許可がいるかもしれない。まぁ、そこ行かなきゃいいのかもしれないけど」
「共有ルーム!?」
声を上げた睦月の反応を見て、和泉は失敗した、と思った。
ここは適当な理由を付けて流すべきだったと。
カスミ荘は共有ルームがある以前に、一般人にはバレてはいけない秘密があるのだ。
しかし、出た言葉を今さら取り消すことはできず、聞き慣れない言葉に睦月は見事に食いついた。
「えっ。何それ、最近流行りのシェアハウス的な?」
「……キッチンはそこにあるの使うんだ。アパートの管理人……いや、大家さんか。その人が、住人同士の交流を大事にしたい人だから」
本人に問題はあるけど、という言葉は飲み込んだ。
ニートで引きこもりなど、睦月相手ではただ好奇心を煽るだけだ。
「へぇ。なんか良いな、そういうの。どんな人が住んでるんだ?」
「えっ」
「だって、入居して何日かは経ってるだろ? 一通り会ってるんじゃないの?」
「いや、まぁ、そうだけど……」
どんな人、と言われても返答に困る。
何せ、住人それぞれの個性が強すぎて説明しにくいのだ。また、一部の人には「半妖」という、決して口にはできないものもある。慧に関しては今、話題の芸能人だ。
下手に言って墓穴を掘るのも…と言葉を探していた和泉に、睦月は一例を出しながら追究した。
「めっちゃ可愛い人とかいないの?」
「……あのなぁ、俺は別に――」
「お客様。空いているお皿、お下げしますねー」
「あ、はい。すみませ――え?」
食器類はまだテーブルに残ったままだったため、店員が回収に来てくれたようだ。
反射的に会話をやめて店員を見ると、見慣れた人が見慣れぬ服装で立っていた。
「いやー、和泉君がしっかりした子で、お兄さん感動しちゃった」
「は、春馬さん……?」
「え? 知り合い?」
食器を下げたのは、今朝、バイトに遅刻すると慌ただしく出て行った春馬だった。
睦月は二人の反応から知り合いであると分かりつつも、確認のために訊ねる。
答えは春馬のほうからにこやかに返された。
「はーい。さっき話に上がってたアパートの住人その一でーす」
「マジっすか。和泉がお世話になってます」
「いえいえ、こちらこそ。じゃあ、ごゆっくりー」
仕事中のため、長くは会話もできない。
春馬は食器を手に早々に下がり、厨房の方へと歩いて行った。
店に来て一時間は経っているが、それまで春馬の姿にまったく気づかなかったのが不思議だ。単に和泉が店員の顔を見ていなかったのもあるが。
知り合いがいると分かり、途端に居心地の悪さを感じた。
だが、睦月は春馬が去って行ったのを見届けると、何故か小声になりながら和泉に言う。
「あの人、めっちゃイケメンだな。同じ男でもちょっとドキッとしたんだけど」
「あー……。うん。そう、だな」
顔面偏差値の高さは先程、アパートで感じたばかりだ。ただ、第三者から改めて言われると、とどめを刺された感覚が否めないが。
春斗の姿は見当たらないが、もしかすると彼は別のバイトか、もしくは厨房にいるのかもしれない。
また変に突っ込まれても困るため、和泉は厨房から出てきた春馬を目で追う睦月に「もう出るか」と言って席を立つ。
会計に来てくれた春馬は、「またあとでねー」と笑顔で手を振ってくれたが、どう返したらいいのか反応に困ってしまった。何故か睦月が手を振り返していたが。
そして、ファミリーレストランを出て、特に目的地も決めず歩いていると、少し先でチラシ配りをしていた少女が和泉に気づいて声を上げた。
「あー! 和泉君だ!」
「……嘘だろ。エンカウント率高すぎ……」
先にいたのは、同じくバイトに出た花菜だ。
駆け寄ってくる彼女は白いブラウスに焦げ茶色のストレートパンツ姿で、ブラウスの左胸には赤茶色の糸で店名が刺繍されている。また、セミロングの髪は、今は右耳の後ろ辺りで緩くお団子を作って結んでいた。
どうしてこうも知り合いに連続して会うのか、と頭を抱えたくなった。
睦月はやって来る花菜から視線を逸らさずに訊ねる。
「えっ。なに、あの超可愛い人。また知り合い? アパートの?」
「あー……うん。まぁ、そうだな」
ここで違うと言ってもバレるだろう。
ならば素直に頷くしかない、と肯定すれば、睦月は「マジかよ」とだけ呟いて黙ってしまった。
「奇遇だねー。……お友達?」
「はい。こいつは――」
「中学の頃から一緒の、柏村睦月です!」
「かっしー……」
「あははっ。元気いいねー。あたしは三嶋花菜って言うの。よろしくねー」
黙っていたかと思えば、和泉の言葉を遮って自ら名乗った。
対する花菜は当然ながら少し驚いていたが、すぐに無邪気な笑顔を浮かべてくれた辺り、彼女の人付き合いの良さを見た気がした。
何か言いたいのか和泉の袖を引っ張る睦月を無視して、和泉は花菜の格好を見て訊ねる。
「花菜さんもバイト中ですか?」
「そう。この近くに新しくオープンしたカフェの宣伝してるの。良かったらまた来てね! それじゃ、お邪魔しましたー」
(うん……?)
宣伝用のチラシを差し出すなり、花菜は颯爽と去って行ってしまった。
仕事中なので当然なのだが、彼女の言葉に何か違和感が残る。
受け取ったチラシを見ながら首を傾げていると、睦月が和泉の両肩を掴んで真剣な表情で言った。
「お前のとこのアパートって何なの? 美男美女しか入れないとか? え? なんでお前入れてんの?」
「あの人達との比較なら仕方ないけど、普通に失礼だからな? それ」
春馬、花菜と続けざまに見れば確かに美男美女しかいないように思える。実際、大半がそうなのだが。
ただ、いくら親しい友人でもその言い方は少し傷つく。
「まぁ、いいけどさ……」とぼやきつつ、チラシを折り畳んでポケットに入れようとすれば、入れていたスマホが小さく振動したことに気づいた。
短いそれは電話ではないため、あとで見ても構わないのだが、何故か本能が早く確認したほうがいいと告げている。
一応、睦月を気にして見やれば、「何とかお近づきになれないか……」などと言っているので迷わず放置してスマホを開く。
すると、連絡アプリにメッセージが入っていた。それも、花菜からの。
「……ん? 花菜さん?」
連絡先は光輝達を通じて交換していたため、知っていてもおかしくはないのだが、正直、嫌な予感しかしない。
それが杞憂であってほしいと思いながら、メッセージを見るボタンをタップすれば、送り間違いかと思う文面があった。
――つい、行っちゃったけど……デートの邪魔してごめんね!
(あ、あの笑顔はそういうことかー!!)
何かのアニメのキャラクターなのか、可愛らしい男の子が両手を合わせて謝っているスタンプ付きだ。
ただ、メッセージから思い出した花菜の好きなものと、それに対して柊が声を荒げているのを思い出して項垂れる。
「……そうだった。すっごい可愛いけど、そうだった……!」
「え? なに?」
何も知らなければ、ただ愛想の良い可愛い人で済む。
知れば睦月の彼女を見る目が変わるのだろうかと思いつつ、しかし、口にする勇気もないため、適当に誤魔化すことにした。
「……人は外見で判断するなってことだよ」
「そうか? 三嶋さん、可愛いし愛想良いじゃん。超可愛いし」
「同じこと二回言ってるし」
まともに話していない以上、他に上げるものがないのも分かるが、外見の可愛さは彼の中で大事らしい。
そして、元の場所でチラシ配りをする花菜を一瞥すると、彼女には背を向けて和泉の肩に腕を回すと真剣な口調で訊いてきた。
「なぁなぁ、彼氏とかいるの?」
「…………」
「えっ。もしかして、もう狙ってるとか……!? やだー。和泉ちゃんのオオカミー」
思わず渋面になってしまった。
だが、その反応は別の意味で取られてしまったようで、睦月はややショックを受けたように和泉から離れて茶化す。
最も、それに対してツッコミを入れられるほど、今の和泉に精神的余裕はなかったが。
「いや、むしろ、狙われてる、のかな……。……いろんな意味で」
「……はぁ!?」
まさか、自分に矛先が向けられる日がくるとは思わなかった。帰ったら柊に泣きつきたい気分だ。
「どういうことか詳しく!」と追究してくる睦月を無視して『断じて違いますから!』とメッセージを送ったものの、結局、既読のマークはカスミ荘に帰るまでつかなかった。
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