第18話 花見と数年後の自分


「バッカじゃねーの。注意散漫にも程があんだろ」

「返す言葉もございません……」


 まさか、桜の木の下で正座をさせられ、説教を食らうとは思わなかった。

 あれから、柊達も花見の場所に到着し、和泉に起こっていたことを光輝と一緒に説明した。柊は最初こそ普段と変わりない様子だったが、「おい、ちょっとそこ座れや」と言われて説教が始まった。見た目が怖い分、荒い言い方はなお怖い。

 縮こまる和泉の隣には、座れと言われてはないが流れで同じく正座した千鶴がいる。流石に彼女は悪くないと和泉は彼女を離れさせようとしたが、何故か彼女は頷かなかった。

 柊の隣に立っている柾も珍しく怒っている。


「大した怪我じゃなくて良かったけど、下手したら死んでたかもしれないんだよ?」

「うっ……」


 千鶴が罪悪感を覚えていることをストレートに出され、怒られている和泉よりも落ち込んだ。

 ほのかや智佳は「注意されて当然だ」といった様子で口を閉ざし、彼方はスマホのゲームに夢中、花菜や小鳥遊双子は顔を見合わせてどうしようと悩んでいる。せっかく花見に来たというのに、怒られてばかりなのも可哀想だ。事の発端は自業自得だが。

 すると、周囲を一瞥した慧がにっこりと微笑んで言った。


「まあまあ。二人とも反省してるし、お説教はその辺にして、ご飯食べましょうよ」

「そっ、そうそう! 和泉君も痛い目見たし、大丈夫だよ!」

「お腹空いたー」

「同じく」

「よし、最上級クリアー」

「お前はとことんマイペースだな」


 擁護に回ってくれた花菜や、説教を終わりにさせる流れを作ろうと弁当箱を取り出す春馬と春斗はともかく、彼方は説教や花見とはまったく無関係だ。

 この状況下でも普段のペースを崩さない彼方は流石だった。

 そして、最後にもう一度、柊と柾から今後は注意するようにと言われて説教タイムは終了した。

 本来の目的である花見が始まれば、先ほどまでの空気はすぐに消え、いつものカスミ荘とよく似た賑やかな空間に変わる。

 花菜と彼方は調理には一切、関わっていなかったおかげで、用意された弁当も美味しい物ばかりだ。智佳の傍らには見たことのない七味唐辛子のボトルがあるが、自身が取り分けた物にしか掛けていない。

 彼方と小鳥遊双子達と食べていた和泉は、カスミ荘に入居していろいろとあったが、入居したのは間違いではないと思った。個性の強い住人が多いが、根が悪い人はいないのだ。

 ふと、視界に入った千鶴へと視線を移す。

 千鶴が半妖であることは聞いていたが、まさかその一部が出るとは思わなかった。


(猫又って、言ってたっけ……)


 黒い耳と先が二つに分かれた尻尾。身軽さは猫を想起させる。

 怪我の痛みはあったものの、あのときばかりは驚きが勝って忘れていた。

 ぼんやりと思い返していた和泉だったが、まるで自身の心を代弁するかのような言葉が聞こえてきて咀嚼を止める。


「可愛かったなぁ」

「猫耳もアリだよなぁ」

「でも、三次元はちょっと……」

「変なモノローグ入れないでもらえますか? 彼方さんに至っては最早自分の好みですよね?」


 春斗、春馬、彼方の三人の声だと分かると、和泉は飲み込んでから物申した。

 すると、彼方は大して気にした様子もなく自身の好みを続ける。


「リアルでも似合っていればいいけど、二次元に勝るものはないよね。ああ、ここが異世界なら話は別なんだけど」

「この人、いろいろ大丈夫なんですか?」

「諦めてしまえば楽だよ」

「うん」

「元も子もないことを……」


 いちいち気にしていられない、ということか。

 深い溜め息を吐いた和泉は、改めて周りを見渡した。

 柊と柾、光輝、智佳の四人は、これから始まる光輝の仕事について話をしている。また、智佳の仕事のことも。花菜とほのか、千鶴、慧の四人は、最近のドラマの話から学校でのことなど、いろいろと話が飛びながら楽しんでいる。一人性別は違うが、所謂「女子トーク」だ。

 すると、話をしながら弁当箱を入れていたバッグを探っていたほのかが何かに気づいた。


「あ。お酒、忘れてきちゃったみたい」

「え"っ」

「智さん、声が」


 濁音がついた聞いたことのない声に、近くにいた春斗が驚いた。

 だが、ほのかの酔ったところを知るメンバーからすれば、彼女を昼間から酔わせるわけにはいかない。もれなく凍った桜を見ることになりそうだからだ。

 花菜はぎこちない笑みを浮かべ、ほのかの気を逸らそうと言う。


「ほら、桜すっごい綺麗だし、しっかり目に焼きつけとかないと! ね?」

「んー……お花見にお酒は付き物だと思ったけど……まぁ、たまにはいいかしら」

「そうそう! 帰ってから飲めば良いしね!」

「それ、俺達の死亡フラグか?」


 ほのかよりは飲まないが、まともに飲酒ができるのは智佳か柊、柾くらいだ。光輝はすぐに潰れるので飲ませないほうがいい。慧については一緒に飲む機会が少ないため、未知数だが。

 すると、のんびりとおにぎりを食べている柾が遠い目で桜を見上げた。

 

「この桜が凍ったら、一年中花見ができるかな……」

「いや、さすがに冬に花見はしたくないぞ」

「万年桜……いいな、それ」

「彼方。これは普通の桜だからな?」


 柾や彼方に突っ込みを入れる柊は小さく息を吐くと、花菜達の会話に戻ったほのかを見た。

 表には出していないものの、その横顔は少し落ち込んでいるようにも思える。


「しょうがねーな。じゃ、帰ったら慧とコイツとで飲むか」

「えっ。僕もなの?」

「いいの?」

「帰ってからな」

「ねぇ、僕――」

「え! あたしも!」

「未成年はお断りでーす」

「飲んでもジュースだからー!」

「僕もなの?」


 智佳は明日に仕事があるため、影響を残さないようそっとメンバーから外した。ただ、彼女のことなので引きずってでも連れてきそうだが。

 何故、自分が含まれているのだと文句を言いたげな柾はスルーだ。彼は特に用事もないはずなので、酔い潰れても問題はない。

 すると、話を聞いていた春馬が残念そうにぼやいた。


「いいなぁ。俺達ももうすぐ二十歳だし、ちょっとくらい良くない?」

「駄目に決まってんだろ」

「四月二日、解禁」

「あはは。どっかのワインみたい」


 時期がくればチラシなどで見かける文言と同じだ。

 柾は何となくで言ったようだが、ほのかがある物を思い出して食いついた。


「あ、それ良いわねぇ。次、二十歳になるメンバーの誕生日プレゼント、生まれ年のワインとかどう?」

「二十年物のワインか……」


 智佳はどんな物か思い浮かべた。熟成期間としては問題ないが、物によっては味の良し悪しや金額も当然ながら変わってくる。

 選ぶのは一苦労するかもしれない、と思ったものの、酒自体を口にしたことのない花菜達からすれば、あまり気になるものではないようだ。


「えー! それ、いいなー! なんかお洒落!」

「なんだそのアホっぽい感想」

「飲んだことないんだから仕方ないじゃん!」

「ふふっ。じゃあ、私がとっておきの物を探しておくわね」

「わーい! やった!」


 慧も賛成なのか、探すことに前向きだ。

 芸能人として活躍する彼ならば、下手な物は出てこないだろう。

 智佳は小さく微笑みながら慧を見た。


「慧が探したら凄いのが出てきそうだな」

「そうねぇ。この業界にいると、いろいろと見られるから」

「あとは、休みが取れるかどうかか」

「んー……確かに、そればかりは何とも言えないわね」


 慧は今、人気急上昇中の芸能人だ。今日、ここに参加できたのも奇跡に等しい。

 そんな会話を傍で聞いていた和泉は、自分では考えられないやり取りに唖然としていた。


「会話が大人だ……」

「あと約三年」

「三年後かぁ……。どうなってるんだろ」


 再びスマホゲームをプレイする彼方がぽつりと呟いた言葉で、三年後の自分を想像する。

 小学生の頃、授業で「十年後の自分を想像してみよう」という内容はやったことがあるが、この年齢になって、それもたった三年後について考えたことがない。そもそも、家を出て半一人暮らしをするとも思っていなかったのだ。何が起こるかは分からない。また、三年後ともなれば学校は卒業しているため、カスミ荘を出る可能性もある。当然ながら、それは他の住人もだ。


(そう考えると、ちょっと寂しいかも……)


 ほんの数日で打ち解けることができた人達と離れるのは惜しい。連絡先を交換しているため、会おうと思えば会えるのだろうが、日常的ではなくなる。特に、芸能人である慧とは縁が薄れていきそうだ。

 見上げれば満開の桜の合間から青空が見え、その美しさにぼんやりと眺めてしまう。


「また、皆で来れたらいいですね」

「……そうだね」

「彼方さん?」


 思わず口をついて出た言葉だが、彼方からの返事はどこか暗い。

 声音をワントーン落とした彼方を見れば、彼もまた桜を見上げ、そして何か覚悟をしたような真剣な眼差しを和泉へと向けた。


「それまでに、異世界へのゲートが開いたら、僕は後ろ髪を引かれつつも行くから」

「あっ、はい……」

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