親睦編

第1話 半妖といっしょ


「「じゃあ、これからはもっと遊べるね!」」

「不安しか感じないのは何ででしょうか?」


 柊からこのアパートに隠されていた秘密……『半妖』と呼ばれる人達が住んでいるということを聞かされてから数十分後。

 二人が朝食を済ませた頃に起きてきた小鳥遊双子に知ったことを伝えた途端、眠そうだった二人の表情が一気に輝いた。

 まるで新しい悪戯を思いついた子供のような二人に、和泉は嫌な予感しかしなかった。

 柊は小鳥遊双子の反応は想定の範囲内だったのか、軽い口調で「あんまやりすぎると智さんに怒られるぞ」と窘めた。


「でも、俺らの存在って大きく広められないからさ、知ってる人には遠慮しなくていい分、すんごい楽なんだよね」

「そうそう。ここのアパートにしたのもそれだしな」

「だからって壁ぶち破ったら怒られるからな?」

「えっ」


 春馬と春斗の苦労話に同情しかけたのも束の間。柊が続けた言葉でそれも吹き飛ぶ。

 いくら人とは違う存在でほのかのように特殊な力を使えるとしても、誰かに迷惑を掛けてはいけない点は同じだ。何事にも常識というものはある。

 二人はさっと視線を柊から視線を逸らした辺り、指摘されると気まずいようだ。


「まぁ、修理費は貰ったからいいけど、力の使い方には気をつけろよ?」

「分かってるって」

「昨日の晩、柾さんも根に持ってるみたいな言い方してたし」


 再三言われているのか、返事をする春斗はどこかうんざりした様子だった。春馬も昨夜の柾を思い浮かべつつ、深い溜め息を吐いた。

 二人も半妖であるとは柊が「和泉も半妖を知ったから」と話をしたことで分かったが、果たして何の半妖なのかは明らかになっていない。

 直接聞いてもいいのだろうかと思いつつ、和泉はとりあえず訊ねてみようと小さく手を挙げつつ言う。


「あの、お二人は何の半妖なんですか?」

「あれ? そこまでは聞いてないんだ?」

「はい。一応、凍条さんは昨日の件があるので聞きましたけど、他の人はそれぞれに聞いてみろって」


 きょとんとする春馬は、てっきり和泉がすべてを聞いているものだと思っていた。春斗も同じように目を瞬かせている辺り、やはり二人の考えはよく似ているようだ。

 すると、二人は顔を見合わせたかと思うと同時に和泉へと向き直り、にっこりと笑みを浮かべた。


「「さーて、俺達は何の半妖でしょーか!」」

「妖怪の類に詳しくないと難しくないですか?」

「結構、メジャーだよー。ね、春斗」

「うん。知ってる人は多いほうだと思う」


 メジャーと言われて思い浮かんだのは、人間の体に頭が目玉の小さな妖怪だが、それではないとことは一目瞭然だ。

 双子というのも関わりがあるのかもしれないが、対となっている妖怪は特に思い浮かばない。もしや、神社の狛犬や狐でもあり得るのだろうか。

 悩む和泉を横目に、春斗が朝食を作ろうとキッチンに向かい、春馬は和泉の前に座る柊の右側に着席して答えを待つ。


「えー……何かヒントください」

「そうだなぁ。俺達は双子だけど、その妖怪はもうちょっと数が多いかな」

「数が多い?」

「そうそう。集団で動くよ」

「集団で?」


 ますます分からない。

 すると、柊はスマホで何かを見ながらあっさりと言った。


「言うほど集団でもない気はするけどな」

「どっちですか」

「あと、人間に怪我を負わせることが多いよ」

「えっ」

「あはは。俺達は怪我させないよー。今は」

「今は!?」


 反射的に身を引いてしまった和泉に笑みを零すものの、最後に付け加えた言葉のせいで笑顔が恐怖しか残さない。

 複数で行動し、人に危害を加えることのある妖怪。そして、知っている人は多いもの。

 キーワードから導こうにも、妖怪に詳しくない和泉では難しい。

 さらに考え込む和泉だったが、その思考は昨晩、半妖の存在を知らしめることとなった張本人の声によって途切れることとなった。


「おはよう。昨日は楽しかったわぁ」

「っ!?」

「おはようございます」

「ふわぁ……。皆、朝早いねー……」


 聞こえた声に和泉の肩が大きく跳ねた。

 入口の方を見れば、ほのか、千鶴、花菜の三人が共有ルームに入ってきたところだった。ほのかと千鶴はしっかりと眠気がなくなっているようだが、花菜はまだ眠そうに大きな欠伸を零している。

 上体を捻って入口へと視線を向けた春馬は、軽く手を振って挨拶を返す。


「あ、おはよー。昨日は暴走したねー」

「ふふ。久しぶりに良い原石を見つけたからよ。ねぇ、和泉ちゃん? 昨日はいきなり凍らせようとしてごめんなさいね」

「お、俺、まだ十六なんで!」

「あら。残念」


 うっとりとした視線を向けられ、まだ年齢は聞かれていないものの、柊に言われたとおり年齢を先に伝える。

 すると、ほのかはあっさりと言いながらも残念そうに肩を落とした。彼女の中で年齢という壁は大きいようだ。


「あー……さすがに和泉君も分かった感じ?」

「まぁ、さすがに……空篠さんは夢で済ませてましたけど」

「コウちゃんはのんびりしているように見えて意外と頑固だからなぁ。ホラー映画は観てたから、妖怪とか幽霊怖いっていうわけでもないみたいだけど」


 ホラー系が苦手だから、という理由ならばまだ分かるが、明確な理由は不明のままだ。

 ただ、どうにかして認識してもらおうという流れにはならないようで、春馬達も理由については特に気にしていない。


「事情があるなら仕方ないしな。だから、俺達もコウ君の前ではあんまり力は使わないようにしているんだ。はい、どうぞ」

「ありがとー」


 朝食を作り終えた春斗が料理をトレーに乗せて運んできた。

 春馬の前に置かれた目玉焼きの乗ったトーストを見て、花菜は「あたしもご飯ー」とキッチンへと入って行く。千鶴とほのかもそれに続く辺り、それぞれが作るようだ。

 そんな三人の姿を見て、和泉は小鳥遊双子からのクイズを忘れて訊ねる。


「そういえば、三嶋さん達も半妖なんですか?」

「あたしのことは『花菜』でいいよー」

「は、はい。分かりました」


 キッチンは一部が対面式のため、こちらの会話もそこそこ聞こえる。

 同い年の春斗達は苗字で呼んでいたが、本人から言われたなら名前で呼んだ方がいいだろう。

 春馬がぽつりと「お姉さんぶりたいんだよ」と呟いたのは、本人が聞いたら怒りそうだが。


「花菜は半妖じゃなくて俺らと同じ一般人。ここに入ってほのかの餌食にされそうになって知った口だぞ」

「凍条さん、同性でもいくんですか……」

「一応、色恋とは別だからな。でも、花菜は見た目は既に良かったから、凍らせるまでにはならなかったんだよ」


 一瞬、花菜の好きな「同性愛」という単語が脳裏を過ぎったが、ほのかの場合は単に趣味の一種だ。

 春馬の隣に座った春斗は、トーストを齧りながら自分達が入居した頃を思い浮かべる。


「姐さんのストライクゾーンって年齢もそうだけど、『磨いたら変わりそう』って人なんだよ。俺と春馬と彼方は特に触れられなかった」

(顔面偏差値の高さをこんな形で実感するなんて……!)

「あはは。和泉君、傷つかなくてもいいよ。春斗も言ったでしょ? 『磨いたら変わりそう』って」


 決して口にはしていないが、和泉の複雑そうな表情から大体の感情を読み取ったようだ。それでも春馬のフォローを素直に受け取れないが。

 名前の上がった彼方はまだ姿を見せていないが、彼も綺麗な顔立ちをしている。やはり、ここの住人は美形が多いと改めて実感した。


「はぁ……。悩んでも仕方ないし、あんまり気にしないことにします」

「それがいいな」

「で? 和泉君は俺らが何の半妖かは分かった?」

「あ。忘れてました」


 春斗に言われてようやく思い出した。花菜達が来たこともあってすっかり抜けてしまったが、分からないからこそ考えを止めたということもある。

 これ以上考えても出ることはないだろうと思った春馬は、一口齧ったトーストを飲み込んでから言った。


「だと思った。じゃあ、今回は和泉君の反応に免じて教えてあげようかな!」

「俺と春馬は『鎌鼬』の半妖なんだ」

「鎌鼬って……あの、気がついたら切れたりしてるあれですか?」


 名前は和泉も聞いたことがある。

 三匹の鼬の姿をしており、最初の一匹目が標的を転倒させ、二匹目が鎌で切りつけ、三匹目が薬を塗っていくというものだ。

 そこでふと、春斗と春馬は双子であると思い出す。対する鎌鼬は三匹だ。


「えっと、あと一人は……」

「あはは。俺達は元々双子だからねぇ。分かんない」

「あくまでも混じっている血が鎌鼬なだけだから、数までは合わないんじゃないか?」

「……それもそうですね」


 半妖なだけで妖怪そのものではない。数まで合っていては子孫の数的にとても多くなっているだろう。

 そして、和泉はこの場にいる中で未だ半妖かどうか分からない人物を視界に入れた。


「みし……花菜さんは一般人って言ってましたけど、結城さんは半妖なんですか?」


 まるで触れられないようにほのかや花菜の影に隠れがちだが、逆にその行動のせいで目立っている。

 和泉の問いに答えたのは本人ではなく、何故か嬉々とした花菜だった。


「そうそう! ちーちゃんね、すっごく可愛いんだよ!」

「あ! ま、待って!」

「えー。可愛いのに……」

「は、恥ずかしい、から……」


 慌てて花菜の片腕を掴んで止めた千鶴は和泉を一瞥した後、花菜に向き直って視線を落とした。本当に恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっている。

 花菜は「ちーちゃんは恥ずかしがり屋さんだなぁ」と千鶴の頭を撫でてやりながら笑顔を浮かべた。


「あいつ、半妖の中でも血が濃い部類なんだ。妖怪の姿になることはないけど、特徴が出るからな。まぁ、その内分かるだろうけど」

「は、はぁ……そうですか」


 特徴が出るなら、何かの拍子に知ることになりそうだ。

 ルール的に本人が嫌なら無理に聞くこともできないため、和泉は追究することはしなかった。

 そして、今はここにいない人については春斗が説明した。


「ああ、そうだ。今は徹夜ゲームしてたせいでまだ寝てるけど、彼方は一般人で、智兄は特殊なタイプ」

「『特殊なタイプ』?」

「そう。俺達みたいに半妖じゃない。けど、俺達に近い人」

「うん?」


 半妖ではない、ということは一般人であるはずだが、智佳は完全な一般人とはまた違うのか。

 どういう意味かと和泉が答えを探し始める前に、春馬がそれを止めさせた。


「これも本人に会ってちゃんと聞いたほうがいいと思うから、俺達は黙ってるね。楽しそうだし」

「おい、本音漏れてるぞ」

「あ、うっかり」


 元よりルールの関係で勝手に言うことはできないが、ここまでくると聞いていても問題ないような気はする。

 だが、春馬が最後まで言わないのは柊が指摘するように、初めて知ったときの和泉の反応を楽しみたいだけだろう。

 ここは敢えて流しておこうと、和泉は共有ルームにやって来ない智佳を思い浮かべる。


「由井さんも寝てるんですか?」

「いや、智さんは仕事。今日は会議とかで早めに出たんだよ」

「早めに出たって……俺がここに来たときにはいなかったですよね?」


 和泉が共有ルームに来たときは七時半を過ぎていたが、その時にいなかったということは彼はさらに早い時間にカスミ荘を出たことになる。

 会議があるにしても早すぎないだろうかと思っていると、柊が早く出た理由を説明した。


「朝飯買ってくって言ってたからな。その関係で早いんだろ」

「なるほど。……というか、柊さんも起きてたんですね」

「まぁな」


 昨日は和泉のことや歓迎会の後片付け、光輝の介抱があっただろうに、柊は疲れの色ひとつ見せない。

 頼りがいのある人だ、と彼への尊敬の念を強めていると、春馬はトーストの最後を飲み込んでから言った。


「歳を取ると朝早いって言うよねー」

「それ、ほのかがいるとこで言えるか?」

「姐さんはいつまでも若いからいいのー。あ、春斗。俺片付けるね」

「ありがとう」

(凍条さんっていくつなんだろう……)


 最年長は二十九歳の智佳だと花菜が言っていたが、ほのかもそれに近いのかもしれない。

 二十代ならばまだ若いと言われる年齢だが、気にする人は気にするため、ほのかもその部類に入るのだろう。

 ちらりとほのかを見れば、彼女はにっこりと微笑み返すだけだった。

 その微笑みに年齢について追究してはいけない何かを感じ取り、和泉はゆっくりと視線を外した。


「和泉君。姐さんの年齢についてはトップシークレットだよ」

「鎌鼬って読心術使えるんですか?」


 彼らは和泉の内心を読み取ったような発言を何度かしている。

 のんびりとホットミルクを飲む春斗の言葉に、和泉は読心術を使えるなら気をつけないと、と思いつつ訊ねた。

 すると、春斗は虚空を見つめながら自分達の力について説明する。


「んー。俺らは風をちょっと操ったり、風から情報を得たりするだけで、和泉君の場合は顔に書いてる」

「え!?」


 そんなに分かりやすいのだろうかと自身の言動を思い返すも、表情まではさすがに他人からしか見えないので分からない。

 賑やかながらも問題のなさそうな空気に、柊は「こいつらなら大丈夫か」と内心で安堵した。

 やはり、入居した中には半妖の存在を知って恐れる者もいたにはいた。そういった人達は早々に引っ越していったが、和泉ならやっていけるだろう。

 スマホで和泉の両親に向けて打っていたメールを送信した後、右上に表示された時刻を見た柊はあることを思い出した。


「……あ。しまった」

「何かあった?」

「いや、柾のこと忘れてた」

「「あー……」」


 朝食を作り終えた花菜が、ちょうど声を上げた柊の後ろを通った。彼の隣にトレーを置きつつ訊ねれば、柊はばつが悪そうに表情を歪めて答えた。

 柊の言うことが何を示しているのか察した春斗と花菜の声が重なり、和泉の左に座ったほのかと千鶴も苦笑いを浮かべている。


「柾さん? そういえば、まだ寝てるんですかね?」

「いや、あいつの場合は起きてても出てこねーよ」

「ほら、アパート内に引きこもり」

「そういえば言ってましたね」


 部屋から出ることは多少はあるようだが、基本的にアパートから出ることはないと言っていた。

 本来、世間で言われている引きこもりより程度は軽いと思っていたが、五人の様子を見る限り引きこもり具合は日によって違うようだ。

 柊は深い溜め息を吐いてから席を立った。


「あいつ、一回部屋出たら次はしばらく出てこないからな。飯持って行かねーと」

「え? でも、放っておいたら出てきたりしないんですか?」

「餓死されちゃたまんねーよ」

「どんだけ部屋にいたいんですか」


 部屋を出るくらいなら死ぬとは極端すぎる気もする。

 だが、柊がわざわざ世話をしたり春斗達の反応を見る限り、大袈裟な話ではないのだろう。

 柊が「管理人」とされている理由がなんとなく分かりつつ、和泉は昨夜の件もあったため、柊を手伝おうと席を立った。


「俺も手伝います」

「ん? おー。ありがとな」

「あ、そうだ。凍条さん達も、昨日はありがとうございました」


 柊に続いてキッチンに入る前、和泉はまだ礼を言っていないことを思い出し、テーブルに着いて朝食を摂るほのか達に言った。

 柾の朝食作りに取りかかった和泉を見ながら、ほのかがぽつりと呟いた。


「……年齢、下げてもいいかしら」

「やめて! あんな面白い子を失うのは損失が大きいから!」

「春馬、本音出てる」

「あっ」

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