あたしとデート


「おむらいす、美味かったな!」

「はい、とっても美味しかったですね」


 えへへと座敷童さんが照れ照れ笑う。可愛すぎかよ、ではなくて。午後をまわり、ランチ時のピークが過ぎた喫茶店は、コーヒー豆の香りも香ばしくのんびりと穏やかな雰囲気を醸し出していた。


 観葉植物に隠されているせいか一時的な騒がしさとは無縁にゆっくりとランチタイムを終えたあたしたち。さっきまで座敷童さんを泣かせたり鈍いあたしが告白したりとしていたが、あたしの手を掴んでもらった直後にオムライスが運ばれてきて。2人であわてて手を離した。


 ドリンクとデザートもセットして席を離れる間際に、店員さんが「お幸せに」と囁いたことからさっきまでのやり取りを見られていたのだと確信した。しばらくこの喫茶店には来れないなと思った。雰囲気の良い店なのに。


 ちなみに、それを悟った座敷童さんは顔を真っ赤にしてぐっと黙り込んでしまった。可愛い。無言のまま2人でオムライスを食べ、デザートのコーヒーゼリーも平らげて。早々に店を出てきたところだった。


 からんからんとドアベルが背後で鳴る音を聞きながら、晴れた空に座敷童さんがぐっと背伸びをする。と、そのまま笑顔であたしを振り返った。


「次は薬局だな!」

「そうですね。せっかくの初デートですし、ゆっくり見て回りましょうか」

「えっ!?」

「え?」


 えってなにえって。付き合っている2人がお出かけと言ったらそれすなわちデートだろう。最近ではお家デートなるものもあるらしいし、お買い物デートだ。異論は認めない。というかそんなに驚いた顔してどうしたというの座敷童さん。


 びっくりですと言わんばかりの表情でぽかんと口を開けながらあたしを見る座敷童さんにあたしは首を傾げた。正直、そんな顔も可愛いというか愛おしいから恋とは盲目だ。まぁ、うちの座敷童さんに可愛くないところなんてないんですけどね! 


 心の中で叫んでいれば、それが聞こえたわけでもないだろうに、座敷童さんは肩をびくんと揺らした。


「でーと…って、逢瀬の」

「ことですね」


 その通りだとあたしが頷けば、ぱかんと口を開けたまま数度首を横に振った座敷童さん。どうかしたのかと近づいて顔をのぞき込むと、そのまま目立たない程度の声で座敷童さんは叫んだ。


「や…やだ!」

「え?」

「初でーとが薬局だなんて! もっとむーどのあるろまんちっくな所がいい!」

「と、言われましても。今日のおでかけ、座…飴呑さん的にはデートじゃなかったんですか?」

「…気づかなかった」


 しょんもり。肩を落とし、小さく身を縮こませながら座敷童さんは悲しそうに呟いた。本当にそんな気はなかったらしい。というか、やだって…。やだってなんだよ。可愛いじゃない。あたしの恋人がこんなにも可愛い。


 しかもムードもロマンチックも舌っ足らずで流暢に言えてないところがまた二重丸。ぎゃんかわ。萌え殺す気か、まったく座敷童さんは! 


「あたしをこんなに夢中になせるなんて、飴呑さんてばいけない人ですね」

「いけ!?」


 ちょっとからかえば、こうやってすぐに真っ赤になるところも愛おしい。あーだめだね、脳が完全に恋愛仕様というか、一色に染まってしまっている。あたし、ここまで恋愛脳だったのか、恐るべし座敷童さんパワー。別に座敷童何も関係ないけど。


 首筋まで赤に染まっている座敷童さんに苦笑していれば、それを見てむっと顔をしかめる。可愛い。…それよりも、これがデートと言うならば代替案を出さなければ。あ。


「そういえば、友達が言ってたんですけど。この近くに紫陽花が綺麗な神社があるそうですよ。どうですか?」

「初でーとが神社…。でも紫陽花が綺麗なのか」


 ほにゃあと相好を崩す座敷童さんに目を見張る。おっと、思った以上の好感触だよこれ。友達よ、ありがとう。明日学校で会ったらチ〇ルチョコあげるね! ケチとか言うなし。ついでにポ〇キーもあげるから。


 柔らかい、どこか幼い座敷童さんの笑みに内心大歓喜するあたし。それに気づかず、座敷童さんはほにゃほにゃと顔を嬉しそうに崩したまま口を開いた。


「花の移ろう様が美しいんだよなぁ」

「あら、風流ですね。紫陽花、好きなんですか?」

「花は何でも好きだぜ! うちの庭には植えられんだろう?」

「ああ…。完成されちゃってますもんね、庭」

「そういうことさ」


 だからといって花を見に行こうという考えはなかったな、と座敷童さんは晴れやかに笑う。なんでだろう、見に行けばよかったのに。


 花好きとしては完成された日本庭園、緑はあれど花はないあの庭は物足りなかったことだろう。そんな感情が顔に出ていたのだろう、あたしに座敷童さんはにこっと笑いかけた。


「君がいるからこそ、共に見たいって思ったんだぜ?」

「そういうもの、ですか」

「そういうものなのさ。じゃあ、行こうか?」

「はい。あ、こっちですよ」


 反対方向に行きかけた座敷童さんの手を取り、細い指にあたしのそれを絡ませる。俗に言う恋人つなぎをすれば。瞬時に赤くなる座敷童さんに笑って、あたしたちは紫陽花が咲く神社へと歩を進めた。



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