あたしと飴呑さん2

 まじかよ。っていうか座敷童さんがいるのに、ギャンブルですってお家没落からの自殺って…。どんだけつぎこんでたんだよ。そもそも座敷童の幸福パワーでも持ち直せないとかどんだけ。


 思わずあたしは半目になった。そんなあたしの様子を見て、くつくつと喉奥で飴呑さんが笑った。いや、嗤った。にやりともつかないあくどい笑みだったことをここに記したい。あの美麗な顔であんな表情も出来るんだ、すごいな。ぽた。


「家なき子、ですね」

「なんだ? 俺を馬鹿にする気か人間風情が」


 ぎんっ! と目つきを鋭くさせて、飴呑さんがあたしを睨む。不穏な雰囲気にあえてにっこりと笑って、あたしは言った。ぽたぽた。


「いいえ、ただ」

「なんだ、人間」

「美しいあなたに、涙は似合わないと思いまして」

「は?」


 ぽたぽた、ぽたっ。ちゃぶ台の上に水滴、涙の球が落ちる。それの大元、泣いている飴呑さんは呆然とそれを見ていた。まるで、なぜ自分が泣いているのか理解できていない顔だった。


 そもそも、自分が泣いていることにすら気づいていなかったみたいに。涙に気付いた飴呑さんは白い着物の袖で何度拭っても止まらないそれに苛立っているみたいだった。


「くそ、人間あんた何かしたのか!?」

「いいえ、なにも。ただ、お家のことを話していた時からお辛そうでしたよ」

「ふざけるな! なんで俺が、あいつらのために心を痛めなくちゃいけないんだ! 俺を…俺を捨てたやつらのために!」


 心の底から絞り出すように。吐かれたその言葉は、まるで血の塊のように、呪詛の塊のように。酷く消耗した色をしていた。


 もうどうしたらいいのかわからなくて、途方に暮れた子どもがすべてをあきらめてしまう一歩手前のような叫びだった。捨てきれない希望に、必死に助けてと言い募るような、叫びだった。どうして、どうしてと言っているようだった。


「理論じゃないでしょう」

「・・・なに?」

「あなたはあなたのお家にいて、楽しかった時があったんじゃないですか? 家族だと、大切に思っていたからこそ、頼られなくて、捨てられて、悲しかったのでしょう? 理論じゃなく、心が痛いんでしょう」

「う…あ」

「だからいっぱい泣いて、吐き出していいんですよ」


 そう言えば、飴呑さんは堰を切ったように泣き出した。時折泣き声に混ざって「なんで」とか「家族だと言ってくれたじゃないか」とか。そんな言葉が混ざってて苦しかった。聞いてるこっちが、身を切られるように苦しいのだ。経験してきた飴呑さんはもっと辛くて悲しいのだろう。


 あたしは、あたしには。そんな飴呑さんの背中を、泣き止むまでそっと撫でることくらいしか出来ることはなかった。


 その思いを共有することのできないあたしが一緒に泣くのは、なんだか飴呑さんを馬鹿にしている気がして。




「…すまない」

「いえ、いいんですよ」


 あれから1時間後、涙が自然にとまるまで泣き続けた飴呑さんがばつが悪そうに言った。あなた謝れたんですね、と思ったことは内緒だ。


 一口で放られたお茶菓子と冷え切ってしまったお茶の代わりに、新しいお茶とどら焼きを用意すると、食べてもいいのかと目を丸くされた。最近ではろくにご飯も食べさせてもらえなかったらしい。


 なにそれ絶許。さっそく父に電話すると国の方に連絡をつけてくれたらしく、すぐに国家の人が迎えに来るとか。なんという迅速対応。

 そのことを伝えれば


「何から何まですまない」

「いえ、そんな謝罪の言葉よりも。これをさしあげますから笑ってください、美しい人」

「うつ!?」


 膝の上に置かれた手を取り、ころんとポケットの中に入っていた飴を落とせば、驚いたように目が見開かれる。そして手をぎゅっと握ると、その手を胸に抱いてうつむいた。


 なんだろうこの反応。もしかして飴気に入らなかったとか!? リンゴよりぶどうの方が好きとか!? もしリンゴアレルギーだったらどうしようと若干あたしが青ざめた時。


 ぴんぽーん


 本日2度目のインターホンが鳴り響いた。

 飴呑さんに断りを入れてから出てみると。


「ただいま帰ったぜ! 俺の君!」

「おかえりなさい、座敷童さん」


 お酒でも飲んできたのかほんのりと頬を染めた座敷童さんが画面の中にいた。にこにこと朗らかに笑いながら、インターホンに映っていた。


「すいません、出てきますね」

「・・・あぁ」


 ぼそりと他にも何か飴呑さんは言ったような気がしたが、あたしのたいして良くもない聴覚はそれを拾えなかった。それはそうと我が家の座敷童さんだ。廊下に出て進み框を降りてサンダルをつっかけながら引き戸を開ける。


 その向こうには、月を背景ににこにことご機嫌な座敷童さんが立っていた。が、その赤い頬は玄関に脱がれた草履を見てざっと真逆の色・・・つまり青ざめた。


「き、君。この草履は・・・」

「あぁ、それは」

「俺のだぜ」


 あたしの後ろから飴呑さんがひょっこりとのぞいて言った。ちゃっかりついてきていたらしい。気配が全くしなかったから全然気づかなかった。


 それに頭の中も外も真っ白ですと言わんばかりの顔になる座敷童さん。どうしたんだろう? 自分の分霊体? だっけ。ドッペルゲンガーくらい会ったことあるだろうに。


 不思議に首を傾げるあたしの肩をがっと勢いだけはよく(壊れ物に触るみたいに触れるだけだった)掴んで、焦った風に座敷童さんが口を開く。


「この家の座敷童は俺だ!」

「はい、座敷童さんだけです」

「だか…え? あ、うん。わかっているならいいんだ、うん」

「座敷童さん、座敷童さん」

「ん?」

「あたしのもとに帰ってきてくださったあなたにも、プレゼントです」


 そう言って下がっていた座敷童さんの手にころんとぶどう味の飴を転がす。それに嬉しそうに微笑んでから目を輝かせたがすぐに、ん? と訝しげな顔になる。


「あなたに?」

「俺ももらったぜ」


 べーと舌の上に乗せた飴玉を見せつける飴呑さん。本当にお行儀が悪いなと思って飴呑さんを見ていたあたしに、座敷童さんから地を這う様な低い声でお呼びがかかる。


「君、少し話をしようぜ?」

「え…あ、はい」


 それから1時間、国からの迎えが来るまであたしはみっちりと座敷童さんに絞られたのだった。

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