あたしとカラコン
こんこん
「はい、どうぞ入ってきてください」
金曜日の夜、あたしは部屋の扉をノックされて無意識に返事をした。壁にかけてあるカジュアルな木の枠の時計を見れば21時、システムデスクにむかってからかれこれ2時間が経過していた。
そろそろやめる頃合いだろうと勉強していた手を止め、ノックの後、あたしの返事を聞いてから控えめに入ってきた座敷童さんに目を向ける。
はて、いつもとなんか違うような気がしてならない。首を傾げたあたしに、座敷童さんは期待に目を輝かせたような気がした。
「君、君。どうだろうか」
「可愛いですよ? 相変わらず」
自分の容姿が他人からどう見えるのかを聞きに来たのか座敷童さん。若干薄くなった笑いを口元に浮かべながら返すと、座敷童さんはとことこと椅子に座るあたしの前まで来てぷぅと頬を膨らませた。座敷童さん、おこである。
何か違ったらしい。そのまろいほっぺをつんつんとつつき空気を抜かしながら、あたしは考え込んだ。
髪、相変わらずキューティクルも輝かしく綺麗。顔、とんでもなく美麗。肌、もちもちのつやつやで世の中という世の中のアンチエイジングに喧嘩を売っているとしか思えないほど白い。服、白い羽織に白い着物、黄色い帯に花の形をした帯留め。相も変わらず全体的にいて美しい人だが、これじゃない?
ますます首を傾げるあたしに、座敷童さんがずずいと近づいてくる。近いって。
「か…かわ、のは! 違う! ほかにあるだろう!?」
「あ、帯留めお花になってます。夕方は小鳥だったのに」
「そ、それは風呂に入ったからで…そうだけど違う! もっとほかに!」
ずいっとさらに近づいてくる座敷童さん。だから近いって。そのことを指摘しようとしたところで、さらに近づいてきた座敷童さんと目を合わせた瞬間。息が止まった。
座敷童さんと合わせたその眼の色が、あの鮮やかな桃色が。満月をはめ込んだように黄色くなっていたから。あまりのことに息を呑み、正直叫びたくなった。その目どうしたんですか座敷童さん、何か病気ですか!? 黄疸!? 大丈夫ですか座敷童さん! と。
「ざ、座敷童さん。そ、その目は…」
「気付いたか! からーこんたくとだぜ!」
「か、カラコン…」
顔をやっと離して、自慢げに胸を張って答える座敷童さん。にしてもカラコン。コンタクトだって入れるのが怖いと眼鏡に甘んじる人たちが多い中で、おしゃれのためのコンタクトを座敷童さんがするとは思っていなかった。
いや、正直そこにまで手を伸ばすとは思っていなかった。せいぜいが口紅くらいだと思ってた。だって座敷童さんはおしゃれさんだけど、コンタクトとか目が悪くなっても怖がりそうだし。偏見だけど。
なんかこう、可憐というかかよわいイメージがつきすぎてやばいな。心の中でぐるぐると考え込んでいたあたしの様子に、座敷童さんが心配そうに再度顔をのぞき込んでくる。その顔は眉毛がへにょんと下がっていて。
「君、どうしたんだ? …似合わなかったかい?」
どうやら反応しなさ過ぎて、似合っていなかったのではないかと心配になったらしい。自信なさげに下がった眉と肩がおかしかった。こんなに美人さんなのに、なんでこんなにも自信がないのだろうか。
また考え込みそうになったが、あんまり心配しすぎるのもなぁと思ってあたしは口を開いた。
「すみません、似合いすぎていて。どうやって伝えればいいのか迷っていました」
「なんだ。ただ似合ってる、でいいんだぜ?」
「あなたの美しさはそんな言葉1つでは足らないと思いまして」
「あ、ありがとう。その気持ちだけで十分だ」
こくこくと壊れたおもちゃみたいに頷く座敷童さん。それを見ながら、とりあえずごまかせたことに、ほっとあたしは安堵のため息をついた。
いや、別に間違っているわけじゃないんだけど。本当にどうやって褒めたらいいのかも考えていたわけですし。
「それにしても、部屋に入ってきた時点で気付かなかったのかい?」
不思議そうな顔で座敷童さんが首を捻る。そうですね、違和感は感じてたんですよ違和感は! なんかいつもと違うなぁと思ってはいたけど、まさかカラコンをはめて登場するとは思ってもいなかったわけで。
つまりはそうです、気づきませんでした。
「すみません、会うたびに美しくなるあなたに目がくらんでしまって…。申し訳ありませんでした」
「い、いや。そんなに謝ることは。ま、まあそういうことなら、仕方ないのかな。うん。…うん」
「はい、以後気を付けますね」
そう言ってにっこりと笑みをつけて座敷童さんに返せば、ばふっと赤くなった顔で何回も仕方ないな!? と頷いていた。だまされやすすぎるぞ、座敷童さん。ごまかしたあたしが言えることじゃないと思うけど。
少し心配になったが何も言わず。その後ぎくしゃくとした動きであたしの部屋を出ていった座敷童さんに、あたしは密やかにため息をついたのだった。
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