あたしとおやつ
「座敷童さん、お茶にしませんか?」
「ん? あぁ、そうだな。もう
「八ツ時?」
「おやつの時間、だな。しかしいい茶菓子があったかどうか…」
「そこはほら、これですよ」
「ゆそうしすてむか!」
あたしが片手に持ったタブレットを示せば、座敷童さんは合点がいったとばかりにぽんと手を叩いた。…なんだこの可愛い仕草は。今度あたしもやってみようかな、機会があればだけど。ではなくて。
日曜日のちょうどおやつの時間、あたしたちは座敷童さんが淹れてくれたお茶をお供に。美味しそうなおやつを探すために居間のちゃぶ台にタブレットを置いて、のぞき込んだ。ちなみに、座敷童さんは女装をしてお化粧も完璧にしていた。柔らかい色合いの口紅だけだけど。
っていうか口紅以外するような顔じゃない。下手なことをすればその美貌に陰りが出てしまうだろう。可愛いは作れるってお化粧のCMとかでよく言ってるけど、座敷童さんの場合は美しいが崩れる心配があるから口紅以外は必要ないのだ。
それはそうと、今日のお洋服は随分と控えめだった。チョコレート色のワンピースで、スカートの部分は黒のグレンチェックが入っていて、アンティークのような渋い色合いのゴールドのボタンが4つついている。フリルブラウスは純白で、袖にフリルと胸元には黒いリボンがあしらわれていた。足まで余念なく黒のタイツをはいている。
全体的に落ち着いた色合いの、いつもの姫系大好きな座敷童さんにしては抑えぎみな服装だった。珍しい。
まぁ、美少女には変わりないんだけど。正直純和風の居間というかちゃぶ台につかせてるのが申し訳ないくらい浮いていた。なんかごめん。
それはおいといて、大切なのはこれからのおやつの時間を彩るおやつ決めだ。
「シュークリームは食べたいです。あ、ビアードパ〇のテナント出てる。これはカートに入れて、と。杏のタルトですって。ヤマモモクッキーもいいですね、さくらんぼケーキも美味しそうじゃないですか? 全部ぽちっちゃいましょう」
「全部美味そうだな! というか、ぽち?」
「注文しちゃいましょう」
「おぉ! 俺が、俺がぽちっちゃうぞ!」
「お願いします」
ネットスーパーで見た、興味をひかれたお菓子を次々にカートに入れていく。結構な量になってしまったが、座敷童さんも食べるしまぁいいか。
にしても「ぽちっちゃうぞ」である。「注文するぞ」とか「ぽちるぜ!」くらいなら想像していたがまさかの「ぽちっちゃうぞ」…。座敷童さんは可愛いことを再確認した。いやいきなり「ぽちる」なんて応用編は難しいかな、とは思っていたけど。
座敷童さんがぽちってくれてから数分後、ごとんとあたしの部屋があるあたりから物音がした。もう着いたらしい。
「ゆそうしすてむは素晴らしいな」
「人類最高峰の発明だと思います」
あたしが真顔で言えば、座敷童さんはそんなにかと苦笑した。だってそうじゃない? 頼んだものがほとんどタイムロスなく届くなんて夢のようでしょ。
でも確かに便利だけど、輸送システムを取り入れていないところは割とまだある。この便利さに慣れてしまえば、それらのお店を利用した時にまだ来ない! とやきもきしそう。うん、便利さに慣れちゃいけないね。
「いっぱい買いましたけど、その分お夕飯は減らしましょうね」
「? あぁ、腹いっぱいになってしまうからな」
「いえ、太るからですよ」
その時の座敷童さんの複雑そうな顔をあたしは一生忘れないと思った、なぜか。
「本当にいっぱい買ったな」
「全部一気に食べちゃいます? あ、シュークリームは食べたいです」
「しゅーくりーむか! てれびで見たことあるぞ! まるで天国にいるような幸せな心地になれるとか!」
「あたしはあなたと居られれば、どこでも天国より幸せな心地になれると思えますけどね」
「くっ…心の準備が」
「はい?」
この会話のどこらへんに心の準備がいるのか。というよりテレビでしか見たことないって…食べたことないのか座敷童さん。座敷童さんがあたしの部屋から持ってきてくれたダンボール箱に詰められたお菓子たちを一緒にのぞき込みながら、あたしはちょっと切なくなった。
なにを隠そう、あたしの好物はシュークリームである。別に隠してないけど。スーパーで安く売っているようなチープなものから、ビアードパ〇のざっくりとした生地とクリームの濃厚さもたまらない。
さっそく箱の中からビアードパ〇のロゴがついている小箱を取り出す。それを開けて、2個入っていたシュークリームのうち片方を包み紙ごと座敷童さんに渡す。
「どうぞ」
「ありがとう。わっ…甘くていい匂いだな」
「ここの有名ですし、とっても美味しいですよ。おすすめします」
「君のおすすめなんて、これは期待が持てるぜ」
「ありがとうございます。クリーム、たれないように気を付けてくださいね、せっかく可愛い格好をしてるんですから」
「か、かわ…気をつけよう」
「はい」
嬉しそうに包みを両手で持ちながら、座敷童さんが朗らかに笑った。が、あたしの言葉でばふん! と赤くなってシュークリームを持ちながらもじもじと身体を揺らした。
…他の男がしたら問答無用で目をそらす光景だ。可愛いから許される、これぞ座敷童さんクオリティー! じゃなくて。
はぐっとシューにかみつく座敷童さん。そうですよね、普通そうやって食べるのが王道ですよね。あたしは上と下にわけちゃう派だけどな! いや、邪道だってわかってるんだよ。でもその方が汚れないし、2個食べた気になれるし合理的だと思うの。
「君、君! これっ! 美味いな」
「ですよね、美味しいですよね!」
「あぁ!」
はぐはぐとクリームがたれないようにか勢いよく食べ進めていく座敷童さん。その幸せそうな顔がなによりも美味しいと言ってくれているようで、あたしも嬉しかった。自分が好きなものを共有できるって素晴らしいよね!
だが勢いよく食べ進めたせいで、あっという間に手のひらより小さいシュークリームはなくなってしまった。座敷童さんの手には包み紙だけが残った。
「あ…なくなってしまった」
「それはなくなりますよ。美味しかったですか?」
「ああ! とてもうまかったぜ!」
「それはよかった。ところで」
「ん?」
言葉を切ったあたしに、座敷童さんが首を傾げて唇をなめる。口紅が取れますよっていうか、おしい。
「ほっぺにクリームがついてますよ、お姫様」
「お…!?」
「はい、もう大丈夫です。…どうしました?」
座敷童さんのまろいほっぺについたカスタードクリームを人差し指ですくいあげて、ぱくんと口に含む。うん、美味しい。やっぱり市販で売ってるやつとはだいぶ違うよね、濃厚さといい口に残らない甘さといい。
一人納得して頷いていると、座敷童さんがあたしがクリームを取ったほうの頬を押さえて、もう片っぽのほっぺをさらに赤く染めた。
どうしたのかと聞けば、耐えきれなくなったように震えだして。
「座敷童さん?」
「あ…あ」
「ああ?」
「何でもないっ!」
そうして座敷童さんは脱走した。
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