あたしと幸せ者
「おはようございます、座敷童さん」
「お、おはよう。俺の君」
木曜日の朝、あの告白から一夜明けて。朝食をとるために部屋から降りてきたあたしに、今日の食事当番だった座敷童さんが噛み噛みながらも挨拶してくれた。
居間中に広がる味噌汁のいい匂いに食欲をそそられながら、座敷童さんを見る。ばちんと音でもしそうなくらいしっかりと目が合った。瞬間、ものすごい勢いで顔をそらされる。なんか地味にショックだった。
着ている白い着物の袖で顔を隠してしまう座敷童さん。その首筋は真っ赤だった。えー。なにこの反応可愛い。普通こっちが赤面してその反応すると思うんだけど。
あたしのかわりにびっくりするくらい赤くなっている座敷童さんに、あたしの顔色はぴくりとも動かなかった。別に照れていないとかいうわけではなくて。若干の気恥ずかしさはあるが、あれだ。自分以上に混乱している人がいると逆に冷静になれるパターンのやつ。
「可愛い人、顔を見せてくれないとあたし拗ねちゃいますよ?」
「か…かわっ!」
かあぁぁと耳の先まで赤くする様子に、あたしはなにかおかしいことを言っただろうか? と首を傾げた。だって座敷童さんが可愛いのは事実だし。
あたし以上の女子力の持ち主を可愛くないなんて言ってしまったら、あたしの表現はどうなってしまうというのか。著しく不安である。
とりあえずこのままだと座敷童さん、混乱で倒れちゃいそうだし話題を変えるか。そう思ったあたしの耳に、ガラス玉がぶつかり合うような軽いこつん、と音が聞こえてきた。座敷童さんの帯留めだ。
「そういえば、今日はとんぼ玉の帯留めなんですね。この前とは違うやつですし、座敷童さんはおしゃれさんですね」
「え…あ、いや。そんなことは」
ちゃぶ台につきながら言えば。先ほどまでの
乙女かよ! 思わず突っ込みたくなったがそこは気にしない。気にしないというか、気にしないようにした。気にしたら負けだ。
照れ臭そうに頬を掻いて、えへへと声を声をもらした座敷童さんは可愛い。前から可愛いとは思っていたが、今日…昨日? からさらに可愛いって感じるような気がする。なぜだろう?
じっと原因である座敷童さんを見つめれば、そわそわした様子であたしを見返す。
それに一瞬どきりと跳ねる鼓動。いくら人生初の告白だからって意識しすぎでしょ、あたし。
自分自身に苦笑しながら、ちゃぶ台の上に並べられた料理たちに視線をやる。コップに入った冷たい麦茶に、だし巻き卵、にんじんとほうれん草の胡麻和え、お麩入りの味噌汁、茶碗に盛られたごはんに鮭の切り身といった朝食の定番とも言えるラインナップにさっそく手を付けようと箸をとる。
今日は学校だから、朝からのんびりするわけにはいかないのだ。
「いただきます」
「い、いただきます」
箸をとったあたしに、あわてて続く座敷童さん。2人同時にいただきますをして、座敷童さんがにんじんとほうれん草の胡麻和え、あたしがお麩入りの味噌汁に手を付ける。
漆の碗に口をつけてゆっくりとすすれば、優しいだしと味噌の香りがふんわりと口腔内に広がる。うん、今日もおいしいと1つ頷く。柔らかく、心までほどけそうなそれに、あたしは再び口を開いた。
「とっても美味しいです。」
「そうか、よかった!」
「あなたが作ったお味噌汁が飲める、あたし以上の幸せ者はこの地上には存在しえないでしょうね」
「むぎゅう!」
「むぎゅう?」
何その悲鳴。驚いて座敷童さんを見ると、にんじんとほうれん草の胡麻和えをのどに詰まらせたようで、とんとんと胸を叩いていた。あわててコップを掴み、座敷童さんに手渡す。と、それを一気に呷った。
っていうか悲鳴? 鳴き声? 可愛いと思う。今度ぜひ言ってみようと決めたところで、コップを麦茶を飲み干した座敷童さんがほっと息をついた。それを眺めながら、あたしはあることに気が付いた。あたしのコップがない。
つまりは。
「それ、あたしのコップでした」
「!?」
「…座敷童さんに(間接的に)唇奪われちゃました」
「あ…う」
「座敷童さん!?」
悪戯気に微笑んで見せれば。耳の先まで、首筋の奥まで真っ赤になった座敷童さんは。ろれつのまわらない口で何かをつぶやいた後、崩れ落ちるように気絶してしまった。
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