あたしとメイドさん再び2

 バットの上には丁寧に切った苺にバナナ、みかんの缶詰ともも缶。


 残念というか、もったいないけれど座敷童さんが切っていたバナナは廃棄処分に処した。だってもしも血とかついてたりしたら嫌だし不潔だし。


 ボウルの中にはハンドミキサーで作り上げた固めの生クリーム。そのボウルの周囲に置いてあるのは、ボトルに入ったチョコレートソースとラズベリーソース、オレンジソースだ。粉砂糖まで用意して、準備万端とあたしは台所のテーブルの上を見回した。


 ふぅ、と息をついてなんとなく後ろを見れば、気まずげな顔をした座敷童さんがのれんをくぐり中に入ってくるところだった。タイミング良いな。ちょうど呼びに行こうと思っていたところだった。


「座敷童さん、盛り付けて居間で食べましょう」

「…すまない」

「何がです?」

「何もかもやらせてしまって…」


 メイド服、割烹着からのぞくフリルの背中を丸めて、申し訳なさそうに謝る座敷童さん。


 別にあたしが座敷童さんが出て行ってしまってからやったことと言えば、缶詰開けてフルーツをカットして、スーパーの袋から買ってきたソース類を取り出したくらいだ。特別なことは何もしていないし、これと言って難しい作業をしたわけでもない。


 どちらかというと、絶妙な火加減でスフレパンケーキを焼いてくれた座敷童さんの方が仕事をしていると言っていいくらいだろう。

 丸まった背中に近づいて、ぽんと叩けばしゃんと背筋が伸びる。


「焼くのは座敷童さんがしてくれたじゃないですか」

「しかし…」

「共同作業ですよ、共同作業」


 あたしを見下ろしながら、でも・・・と口ごもる座敷童さんに、あたしはあっけらかんと笑ってみせた。だってこのスフレパンケーキはあたしだって食べたくて、作るのを誘ったくらいなんだから手伝うのは当然でしょ。


 なのになんでそんなに悩んでるんだか。あたしにはわかりませんね。ではなくて、この会話が続けばきっと「あたしが」「俺が」って話になってしまうだろう。ここらへんで話題を変えねば。


 というかそろそろ次の過程に移らないとせっかくのスフレパンケーキが冷たく潰れてしまう。スフレと名の付くお菓子はいつも時間との戦いなのである。座敷童さんの背を押して、スフレパンケーキが2枚ずつのっている白い皿の前に誘導する。


「座敷童さんは一体何をのせるんですか?」

「…ずっと前から決めてるぜ」

「ほほう、どれですか?」


 テーブルに乗ったフルーツやソース、生クリームのはったボウルに粉砂糖に一通り目を通した座敷童さんは、ふっきれたように晴れやかに笑って言った。


 どれです? ともう一度尋ねれば、座敷童さんはぴん! と人差し指を立てて、ぐるりと盛つけ用の具材たちを一周させる。なんだろう、この仕草? 

 首を傾けたあたしに、座敷童さんが得意げににやりと笑った。


「『全のせ』だ!」

「あら贅沢」

「そうだろう!?」


 ぱっと嬉しそうに笑う座敷童さん。そのにこにこ顔のまま、カットされたフルーツの入ったバットを持ち、スフレパンケーキの上にちょっとずつのせる。最後にバナナをのせたところで、楽しそうだなぁと後ろから見ていたあたしを振り返った。


「君もどうだい?」

「そうですね、あたしはバナナとチョコソースと生クリームで十分ですかね」


 バナナの入ったバットを座敷童さんから受け取り、自分のスフレパンケーキの上へといくつかのせると、バットをテーブルの上に置く。生クリームを泡だて器からぼとんと大きめに落として、その上から粉砂糖を振りかける。


 白くどこか可愛らしくなったあたしのパンケーキに座敷童さんが目を輝かせる。彼の琴線に触れたらしい。よかった、あたしの女子力も捨てたもんじゃないな。


 嬉しそうにあたしに皿を差し出してくる座敷童さんのそれにも同じように粉砂糖を振る。とんとんと篩の端を叩いて粉砂糖を落とせば、座敷童さんがにこにこと笑っていた。なんか犬みたいで可愛かった。


 しかし、チョコソースをかけ終え早々に作業を終了させるあたしに、全ソースのせという驚きをもたらした座敷童さんはむすっと口を尖らせた。先ほどまでは楽しそうに笑っていたのに、くるくる動く表情だなと思って見ていると座敷童さんが口を開く。


「む、贅沢者は俺だけか」

「いいえ」

「? 君はそれしかのせていないだろう?」


 不思議そうに座敷童さんが首を傾げる。その拍子にちょっとだけヘッドドレスが傾く。それをあわてて直しながら、続きを催促するように座敷童さんがあたしを見た。


「あなたと同じ時が過ごせる、あたしが一番の贅沢者ですよ」


 ね? と同意を求めて笑いながら振り向けば、顔を真っ赤にした座敷童さんが、しゃがみ込んで顔を押さえていた。

 座敷童さんの赤面症は相変わらずだなぁと苦笑して、あたしは座敷童さんに声をかけた。


「居間に持って行って、食べましょうか」


 こくんと上下に動いた首筋すら赤かったのは余談だ。

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