あたしとお弁当
「君、明日の弁当は俺が作るぞ」
火曜日の夜、システムデスクで参考書を開いていたあたしに。わざわざ部屋にまで来て、座敷童さんはそう宣言した。腰に手を添えて、なんだか偉そうにふんぞり返りながら。いったいどうしたんだろう、座敷童さん。
あたしの不審な目に気付いたのか、照れ笑いながら「一度やってみたかったんだ」と座敷童さんは言った。なんだろう、この可愛い生き物は。
システムデスクにつきながら思わず目元を片手で抑えれば、心配そうに座敷童さんが顔をのぞき込んできた。やめてください、あなたのせいですよ! 引きつりながらもなんとか笑い返せば、ほっとしたように座敷童さんは引き下がった。
「本当ですか、ありがとうございます」
「いや、いつも弁当だけは君。自分で作っていたからな、気にはなっていたんだ」
「お弁当まで面倒見てもらうのは、さすがに申し訳ないなと思ってたんですけど」
「君の面倒なら、いくらでも見たい」
「座敷童さんも冗談を言うんですね」
「・・・俺はじょーくが言える男だからな」
ぱちんとウインク(しようとして両目をつぶってしまっている)をして、座敷童さんは朗らかに笑った。先ほどの間が気になるところだが、それをスルーしてあたしが笑うと座敷童さんは嬉しそうににこにこと笑みを深めた。
「何か食べたいものはあるかい? りくえすとにお
「んー、そうですねぇ。じゃあ、座敷童さんの好きなものを詰めてくださいな」
にこにこにつられて微笑みながら言えば、座敷童さんがきょとんと眼を瞬かせた。不思議そうに首を傾げてあたしを見る。その仕草がまるでこの前画像で見たシマエナガにそっくりで思わずきゅんとした。相手は男だというのに。まぁ、可愛いものに男も女もないけど。
さらりと音を立てて座敷童さんの白い髪が、白い着物の上に流れる。そういえば今日の帯留めは色ガラスでできた小鳥の小飾りがついていた。座敷童さんたら本当にお洒落さんですね! というのは置いておいて。
「俺が食べるわけじゃないんだが?」
「知ってますよ?」
笑顔で告げればますます首を傾げる座敷童さん。だんだんと身体まで傾いていってるけど大丈夫か。変に転んだりしないだろうかろそわそわそれを見ているあたしに、座敷童さんが口を開く。
「じゃあ、なぜ?」
「座敷童さん、あたしがお弁当で使った料理の残り、食べてくれてるでしょう?」
「君は料理上手だからな! いつも美味くて、昼飯が楽しみだぜ!」
満面と言っても差し支えない笑みで言われる言葉に、ちょっぴり頬が赤くなる。そんな面と向かって褒められたことはないから。
家ではいつもお手伝いさんが作ってくれたものを1人で食べていたし、料理の練習だって1人暮らしになると思ったから軽く身に着けて来ただけだ。それを昼食が楽しみだ! とまで言われるなんて思ってもみなかった。ちょっと照れくさい。
頭を振って顔の熱を冷まして、座敷童さんに向き直る。
「ありがとうございます」
「うん? どういたしまして」
ほのほのと2人で笑いあうこと数分。そこでやっと本題というか質問にあたしが答えていないことに気付いた座敷童さんがむっつりと顔をしかめる。
あたしは座敷童さんのくるくる変わる表情が実は結構好きだったりする。あたしには決してできない芸当だから。
ぷうと頬を膨らませた座敷童さんの顔を人差し指でちょこんと押せば、たやすくふしゅーと頬から空気が抜ける。相変わらず子どもみたいなことするなぁと思い笑っていれば、座敷童さんもくつくつ笑いながらあたしを見下ろした。
「で? なぜなんだい?」
「なんで、と言われましても。自分が好きなものこそ、料理はうまく作れるでしょう?」
「なるほど、確かにな」
「それに…」
「それに?」
「あなたの好きなものがあたしの好きなものだからですよ、可愛い人」
つんっと膨らんでいない頬をつつけば、それだけで赤くなる顔。座敷童さんの赤面症って治らないのかな? なんて考えながら何度かつんつんしていると、座敷童さんがうつむいてぷるぷると震えだした。
どうしたんだろう。何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。座敷童さんが作る料理ってなんでも美味しいから。お任せにしておけばお弁当を開ける時の楽しみも出来ると思ったんだけど。あわあわしているあたしを、俯いていた顔をばっとあげた座敷童さんが見る。
「任されよう。君に最高の弁当を用意するぞ」
「楽しみにしてますね」
「ああ!」
どこか闘志を燃やした目で座敷童さんはあたしの部屋を出ていった。あたしは明日のお弁当は期待大だなと1人相好を崩した。
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