あたしと恋文

「あ、座敷童さん。ちょっといいですか?」

「ん? なんだい?」


 月曜日、学校から直帰した夕方。居間で温かいお茶を出してくれた座敷童さんに、ちゃぶ台につきながら。あるものを渡そうと横に置いておいたスクールバッグをあさった。


 あれ? ファイルの中に入れたと思ったんだけどどこいったんだろう? おかしいなぁ。なかなか見つからずがさごそしている中で、ようやくあたしは教科書の間に挟み込まれたそれを見つけた。


 そうだ、授業終わりにファイルに入れるのが面倒くさくて教科書に挟んだんだった。うっかりうっかり。


 それを掴み、教科書の間から救出して座敷童さんに差し出す。2つ折りになったそれに、座敷童さんは首を捻りつつ開こうとした。と。


 ぱさっ


 中に一緒に挟まれていたと思われる、一通の白い封筒が正座していた座敷童さんの太腿の上に落ちる。


 あ、やばい。あれは。


 あたしが急いでそれに手を伸ばすより早く、座敷童さんが封筒を拾い上げる。


御生みいけつや様へ?」

「あー…これはですね」

「なんだ、恋文か?」

「…えぇ。よくわかりましたね」

「!?」


 ぴっとその封筒を人差し指と中指に挟みながら、あたしを見てにやりと笑う座敷童さん。その顔が、あたしの肯定にぴしりと固まる。


 本当によくわかったな、座敷童さん。まだ宛名しか見ていないというのに。これが乙女の勘ってやつか? 違うか。そもそも乙女というか女ですらないからな座敷童さん。…女子力はずば抜けてますけどね、あたしよりもさ! まぁ、乙女の勘じゃないなら男の勘ってやつかな。


 …似合わないなぁ、男って言葉が。だって座敷童さん綺麗だし。美人だし。男臭い感じが一切しなからなぁ。


「あたし、一目じゃわかりませんでしたよ。さすがですね」

「え…い、いや」


 なにがさすがなんだよ、なにが。笑顔で座敷童さんに言った言葉に自分でつっこみを入れる。なにがさすがなんですか。思ったよりも座敷童さんにラブレターを見られたことがショックだったらしい。


 だって俗世から隔離されたような容姿と雰囲気なんだよ!? 真っ白で「世俗のことなんてまるで知りません」みたいな感じの人に見られたらそれはショックもおこるよね!? あ、でも座敷童さん夜這いとかしてたわ。めっちゃ世俗に染まってたわ。


 内心こんがらがってきたあたしに気付かず、いつの間にかうつむいていた座敷童さんがおもむろに立ち上がる。そして、何事かをつぶやいた。


「…みに」

「はい?」

「君に、恋を教えるのは俺、だ」

「…」

「だ、だから」


 うつむいてしまった座敷童さんの異様な雰囲気に思わず後ずされば、壁にすぐぶつかってしまった。そんなあたしの前に膝をついて、座敷童さんは、とんっと壁に手を置いた。


 うつむいていて表情がわからない。この体制から動く気配もない。どうしようかと考えたあたしの前で、きらきらと窓から差し込む夕日に光る水滴が落ちていった。


「え…?」

「だから」


 ぽとぽと、ぽと。その出所を見上げると、座敷童さんが泣いていた。決して声を出さないようにと、綺麗な唇を赤くなるまでかみしめて。小さく肩を震わせて。


 え? なにこれ。なに? どこに泣くような要素があったの? えー座敷童さん泣いちゃってる。大事にしたいとか言ったばかりなのに泣かしちゃったんだけど。たぶんあたしが原因だよね? これ。でもこれあたしが悪いの? なんかした? ラブレター見られたくらいしか今のとこないんだけど。考えられる要因! 


 あれか? さすがですねが余計だったとか? 困惑のあまりあっちこっちに思考がとびながら、あたしがそっと座敷童さんの頬に手を添えれば、ひんやりと涙の筋が冷たかった。


「座敷童さん」

「って、くれない、か」

「はい?」

「断って、くれないか」


 ぼろぼろ泣きながら、控えめに、まるで悪いことをしていると言わんばかりの顔をしながら座敷童さんが言う。


 俺は座敷童で、君は人で。わかっているんだ、君がこの相手といる方が幸せになれることくらい。


 とぎれとぎれに、しゃっくりまじりに座敷童さんが泣く。壁に置かれた手は、いつの間にか涙を拭うためのものとなっていた。

 なにそれ。心の中で低い声がぽつりとあたしの声で呟いた。なにそれ、なにそれ。その声は低くて、だんだん大きくなってあたしを呑みこんだ。


「座敷童さん」

「すまな…うわっ!?」


 膝立ちになっていた座敷童さんに足払いをかける。まさかあたしから攻撃が来るとは思っていなかったのか、あっさり上向きに倒れてくれた。どたーんっと結構重い音で倒れた座敷童さんは衝撃で涙が止まったのか、白い頬に涙の筋だけを残してぱちくりと瞬きをした。


 あたしは座敷童さんの身体の上に乗り上げ、その顔の横、床に。今度はあたしが手を置く。どんっとちょっと強めに。びくりと座敷童さん白い肩が跳ねる。


「き、君」

「断りましたよ」

「え…」

「あらご不満?」

「いやっ! だって…」

「あなたが!」


 語尾を強く言葉を放てば、だって、でもともごもご続けられていた座敷童さんの言葉が止まる。

 言ったじゃないか。あたしは、あなたに。ぐるぐると心の中で回り続ける叫び声のまま、あたしはその言葉を座敷童さんに叩きつけた。


「あなたが、あたしに。恋を教えてくれるんでしょう!」


 床に当ててない方の手でわずかに涙が残った目元を拭えば。


 ふわりと花が咲くように笑みを浮かべた座敷童さんに、心の中で回っていた黒いものが静かに霧散していくのを感じた。

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