あたしと可愛いお人形さん
「君、実家から服が届くと言っていたが、いったいいつ来るんだ?」
「タイムリーですね、座敷童さん。今から届くそうですよ」
「たい…?」
「ちょうどいい、です」
「なるほど」
金曜日の夜、夕飯も食べ終わりなんとなく集まったあたしの部屋で。もう「鳥籠」なんて言わせない、カジュアルな家具で揃えたそこで。
ベッドに隣り合わせに座りながら、話していた時のことだった。本当にタイムリー。母からLIN○が来たので端末をのぞき込んでいたあたしに、座敷童さんがそう言ったのは。
それと時を同じくして、ごとんごとんごとんごとんごとんと重い音を5回も響かせ大きな白い段ボールが5つ。あたしの部屋の中央に落ちた。
「おお! ゆそうしすてむか!」
「はい、そうですね」
「それにしても君…」
「どかしましたか?」
「意外と
あまり服に興味がないようだったから驚いたぜ! そう言って座敷童さんは朗らかに笑った。
む、失礼な。いくらジャージが楽でお気に入りだからと言っても一応花の女子高生、おしゃれにだって興味はあるのだ。あたしは。
まあでも一抱えどころか、持ち上げられない大きさの段ボール箱が5つも届けばそれは驚くだろう。それの内容が全部服ならなおさらだ。
むっつりと黙り込んでしまったあたしに、あわてて座敷童さんが言い募る。
「そりゃ、君だって年頃だものな。それに…」
「別にいいですよ。それにあたし、あんなに服持ってませんよ」
「え?」
「どうせ母が選んだ服が4/5です」
「4/5って…ほとんどじゃないか!」
「趣味が合わないんです。あたしと母」
だからこうして有無を言わせずに送ってきたり、誕生日のプレゼントに混ぜ込んでみたりしてなんとかあたしの手元に送り込むのだ。母は。
はぁ、とあたしがため息をつけば、うろたえた様に座敷童さんは目線をあちこちに漂わせた。どうしようと言わんばかりに挙動不審になる。
そんな座敷童さんが面白くて、ふふっと笑い声があたしからもれれば、あたふたしていた座敷童さんがその美しい顔をへにゃりと崩して笑った。
「座敷童さん、箱、一緒に開けてくれませんか?」
「え? でも君。女人の持ち物を着やすく触るなんて…」
「いいものが入ってますよ。座敷童さんにとって」
「?」
これはたぶん、というか今までの経験からして間違いじゃない。なぜかと言われれば、簡単な話。あたしと母は服の趣味が合わない。
つまりはそういうことなのだ。
それから5分後。開けられた白い段ボールを前に、座敷童さんはきらきらとその瞳を輝かせていた。ほら、やっぱり。
あたしの確信は間違いじゃなかった、とにんまりと口もとに笑みが浮かぶ。
「君、君! これっ!」
「はい、素敵ですね」
「可愛いなっ!」
きゃっきゃっ。音を当てるとこんな感じだろうか。嬉し気にあちらこちらと手に取りながら座敷童さんはそれをあたしに見せてくる。
フリル? リボン? レース? 常識でしょっ! と言わんばかりの白にピンク、赤から紫、黒に淡いオレンジ色まで多彩なお姫系ワンピやスカート、ブラウスといったものを。
それだけ出しているというのにまだ1箱目という現実に頭が痛い。こんなに送ってきてどうするつもりだったんだろう、母は。
消化不良になりつつあるあたしに気付かず、座敷童さんはハイテンションだ。まるで狩ってきたネズミを主人に自慢する飼い猫みたいだった。なんか違う。けれどそんな感じに誇らしげに見せてくるのだ。NOとは言えないこの日本人体質が辛い。
やっぱり好きだと思ったというか、いつも座敷童さんはこれ系統の服を好んでいるから絶対母の贈り物を気に入ると思ったのだ。まさしくビンゴだったわけだが。
まぁ、でも。
「これを見ながらはしゃいでいるあなたの方が何十倍も可愛いですよ」
「ほあ!?」
「ほあ?」
座敷童さんが奇声を上げると同時に、持っていた黒いワンピースドレス(細身のリボンとコルセットが特徴的な姫系)をぱさりと床に落とした。
ほあって何? ほあって。どこかで中国拳法でも習っていたのかとなとあたしが首を傾げれば。
頬をわずかに紅潮させて、ぷるぷるとうつむき震えていた座敷童さんが顔を上げた。
「と、突然はやめてくれ、心の準備が…」
「心の準備?」
何か必要な事態でも起こったのかと首をさらに傾ければ。床に落ちてしまったワンピースを拾い上げ、片手で顔の熱を冷ますようにぱたぱたと顔を扇いでいた座敷童さんが苦く笑った。なんだというのか。それよりも。
「この洋服なんですが、よかったら座敷童さん着てみませんか?」
「えっ!? …その、いいのかい? 君のご母堂が…」
「いいんですよ。どうせあたし着ませんし」
どうせ送り返すだけの洋服たちだ。そして母のこと、いつもあたしよりワンサイズ上の服を買うんだから座敷童さんも入るだろう。いや、ワンサイズ上でなくとも入りそうだが。どうしてだろう、胸が痛い。
そして母は本当にあたしにこの服たちを着せる気があるのか。なぜだか痛む胸をそっと押さえれば、座敷童さんが心配げにのぞき込んでくる。
「どうしたんだい?」
「いいえ。それよりどうぞ着て見せてくださいませんか? あたしの可愛いドールさん」
「ど…?」
「あぁ。お人形さん、ですね」
「に!?」
その様はまるで瞬間湯沸かし器のごとく。先ほどよりも濃く染まった座敷童さんの赤い頬に、熱でもあるのかと手を添えれば熱い頬がさらに熱くなる。
っていうかなにこのつやつやのもち肌。乙女として負けた気分になりながらもこれ以上何かすると本当に倒れそうだったので、早々に手を退ける。
「あっ…」と座敷童さんはなぜか切なそうな声を出していたが、それは置いといて。
「あたし、後ろ向いてますね」
いつもように後ろを向けば、「わかった!」と若干張り切ったような声とともに、ぱさぱさしゅるっと帯がほどかれ着物が床に落ちる音がした。
はたから見たらみたらたいして広くもない部屋で片や男はストリップ、女は目そらしか。言葉にするとなかなかきついものがあるなとあたしは空笑いした。
5分後。
「着れたぞ!」
ちょっと興奮気味の座敷童さんにつられて振り向けば。やはりそこにはコルセットでできた、くびれも美しい美少女がいた。いつも思うが化粧なしでこの美少女っぷりとはいかに。全国の乙女たちに喧嘩を売っているとしか思えない。
というか、どれを着るのかと思っていたら床に落としたあのワンピにしたのか。
あ、でも今日は手袋とかがないから長袖のフリルからのぞく手は、よく見れば男のそれだった。そこを見逃せば完璧な美しさを誇る、まさにビスクドールのような可憐な女の子だった。
上から下まで無言で眺めていれば、興奮はぺしゃんとつぶされてしまったのか不安そうな座敷童さん。そんな表情まで絵になるなんて、美とは罪だ。
多分元は膝丈くらいまであっただろうその黒いワンピは背の高い座敷童さんに着られてミニスカートになっていた。黒いフリルの合間から見える真っ白な太腿が眩しい。
思わず目を細めれば、沈黙に泣きそうな桃色。
「100点」
「へ?」
「いえ、何でも。素晴らしいです。可憐です。くるっと回ってみてくれませんか?」
「こうか? …わっ」
「すっごく似合ってます、完璧です」
「そ、そうか?」
「さすが私の可愛いドールさん。あなたの可憐さの前にはどんなものも儚く散るのでしょうね」
「あ…りがとう、俺の君」
羞恥にか小刻みに震えながら礼を言う座敷童さん。「くるっと回って」のところでスカートが風をはらんでめくりかけるのを押さえる仕草も完璧でした。すごいぞ、座敷童さん。
ふわりと笑ったその顔は、ほころぶ花のようで。そのまばゆさの前に、あたしは息を飲んだのだった。
その日、服を送り返さなかったあたしに母が今まで受け取らなかった分と言わんばかりに。次々と送り込んでこようと画策していることを、あたしはまだ知らなかった。
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