あたしと初女装
「そういえば君、いつもそれだな」
引っ越して2回目の日曜日の午後、家具も通販ですっかりそろえた、もう到底殺風景だなんて言わせない部屋でくつろいでいたあたし。
唐突に部屋にやってきた(ノックはされた)座敷童さんはがあたしを指さしながら言った。いや、指さすなよ。
不思議そうにこてんと首を傾げる。そんな擬音が似合ってしまうほど、座敷童さんは美麗だ。なにをしても許される、それが例え男でも。これが美の特権! と内心慄きながら、座敷童さんに問い返す。
「それ、ですか?」
「じゃーじだ。いつも君はそれを着ている」
「嫌ですね、ちゃんと洗ってますよ?」
「そうじゃない」
まさか不潔と勘違いされているのかと座敷童さんに抗議すれば、そうじゃないんだとうなだれながら2回首を振られる。3着ある替えのおかげできちんと着まわせているのだが。はて、何が違うというのやら。
首を傾げつつ臭いのかと袖口を嗅いでみるものの、柔軟剤のフローラルな香りしかしなかった。それを見ていた座敷童さんが小さくため息をついて、肩をすくめる。いったい何だというのか。
「どういうことですか?」
「君が
「あぁ。セーラー…新しい制服で着ましたからね」
「せ? …とにかく、ああいう服は持ってないのかい?」
「全部家に置いてきてしまいました」
後から送ってもらおうかと思って。と顔をしかめる座敷童さんに言えば、もう1つため息をつかれる。そういえば送られてないな、洋服。ジャージが楽だからすっかり忘れていた。というか座敷童さん、本当に何だというのか。
座敷童さんは顔を片手で覆いうつむくと何事かを2つ3つ呟くと、いきなりばっと顔を上げた。
あまりの勢いにあたしがびくりと肩を揺らすと、きまり悪げにこほん、と咳払いをした。
「君、服買おうぜ!」
「え…えー、構いませんけど。あたし基本通販ですよ」
「つうはん?」
きょとりと疑問顔の座敷童さんに、通信販売とは何たるかを教え始めて数分。納得したように頷きながら、座敷童さんはこぶしを握った。
「つまり、いかに見本通りの店を見つけるかだな!」
「いえ…まぁ。そうですね。今の通販は結構な店舗が最新式の輸送システムを取り入れてますから、即時配達ですよ。早いです」
「そうなのか、すごいなゆそうしすてむ!」
あ、知ってるふりした。
座敷童さんが訳知り顔で大きく首を縦に振っているのと、その発音からあたしは直感した。そのままそうですねと返せば、ちらちらとこちらを見てくる。にっこりと笑顔を送れば、途端に泣き出しそうに顔を歪めた。
あまり遊ぶのもなんなので、輸送システムについてですがと切り出せばぱっと顔を明るくさせた。
それから数分後。あたしと座敷童さんは隣り合わせにベッドに座り、1つのタブレット端末をのぞき込んでいた。
お値段も手ごろで間違いも少ないこの通販サイトをあたしは気に入っている。お気に入りのそのサイトで電子上の服飾店を見回っていった。
そこで座敷童さんが目をとめたのは、フリルとリボンあふれる姫系の服だった。
「君、これなんかどうだい。似合うと思うんだが」
「ご冗談を。あぁ、でも」
「ん?」
「あなたが着たら、きっと花の妖精のように可愛らしいのでしょうね」
ついぽろっとこぼれてしまった本音に、あわてて口もとを両手で抑える。いけない、ついやってしまったとおそるおそる座敷童さんを見れば、ぽかんと口を開いて耳まで真っ赤。ゆでたタコのようになっていた。
怒りに真っ赤になっているのかとあたしが若干青くなるのと同時に、ぎくしゃくと座敷童さんは喋りだした。
「お、俺は男だぞ…」
「いえ、美しさや可愛さに性別は関係ないとあたしは思っています」
不快だったらごめんなさい。座敷童さんに向き直りながら頭を下げたあたし。しばらくの間下げたままだったあたしの耳に、座敷童さんの声がぼそぼそと入ってくる。よく聞こえなくて耳をすませば、「いや、でも…」と何かを葛藤するような声が聞こえて数分。
そろそろ首が痛くなったとき、座敷童さんから顔を上げてくれと言われ、その通りにする。
と、いまだ耳まで真っ赤の座敷童さんが。
「似合うと思うかい?」
「え?」
「その…この服が、俺に」
「えぇ。とてもよくお似合いかと」
タブレット端末に示された白とピンク、アクセントに赤が配色されたふわふわ姫系ワンピースと座敷童さんを見る。あ、これ白のニーハイや手袋までセットだ。そんなどうでもいいところまで見つつ。また見比べる。似合うだろう、どう見ても。超お似合いだ。少なくともあたしよりは。
その後微妙な雰囲気のままあたしの服を何点か見繕って、何かすることはないかとそわそわしていた座敷童さんに注文のボタンを押してもらった。
やりきったといわんばかりに胸を張ってあたしを見てくる座敷童さんに苦笑していると、ごとんと部屋の真ん中に荷物が届いた。
あたしがそれに近寄って包みを開けていると、興味深そうについてきた座敷童さんはしきりに輸送システムに感心しているようだった。
「すごいな、ゆそうしすてむ! こう…すごいな!」
「そうですね、すごいです。ところで」
「ん? あ、それは…」
白い羽織の中で腕を組んでいた座敷童さんに、今しがた届いたばかりの荷物の中から一着の服を手渡す、というか押し付ける。
そう、あの姫ワンピを。
驚きましたと言わんばかりに目をまん丸くする座敷童さんに、にこっとあたしは笑いかけた。
「はい、座敷童さんのです」
「え…いや、でも…え!?」
「あたし、後ろ向いてますから着替えてくださいね」
そう言ってあたしが素早く後ろを向いてしまうと。
うぅと泣き出しそうな声で座敷童さんが唸ったかと思うと沈黙が訪れる。
男嫌いだからといってさすがにいじわるしすぎたかなとあたしが振り向こうとするより早く、ぱさっしゅる、ぱさと何かを脱いでいる音がした。
これはもしかして。
そうして待つこと10分。
「き、着れたぞ!」
その声を合図に後ろを向くと、そこにはあの姫ワンピを完璧に着こなす美少女がいた。基、座敷童さんなのだが。筋張った手は白い手袋に隠され可憐に、普段日に焼けないだろうニーハイからはみ出た白い太腿が眩しかった。
あまりの可愛らしさに呆けていると、頬を真っ赤にした座敷童さんが上目遣いにあたしを睨んだ。
「な、なんだ。…似合わないだろう」
「いえ。でも訂正です。花の妖精だなんてとんでもない」
「う…ほらみろ、やっぱり似合ってないんだ」
「花の妖精も裸足で逃げだすほど、可愛らしい。まるで花を司る女神様のようですよ」
「かわっ…!?」
「そんな可愛い女神さまにはキャンディーを1つプレゼントしましょう」
「きゃん? ぷれぜ?」
「美しいあなたに、飴玉を1つ贈り物です」
「っ!」
ポケットの中に入れていたレモン味の飴を取り出して握った手を差し出せば、無意識に出てしまったのであろう。白い布手袋に包まれた手を摑まえて、ころんと手のひらの上に飴を転がす。と、座敷童さんの目が見開いたのを感じた。
瞬時に耳まで真っ赤になる座敷童さん。姫ワンピの裾を、キャンディーを握っていない方の手で掴んでわなわなと震えると、俯いて数度首を横に振る。
やりすぎてしまったかと思いながら顔をのぞき込むと、真っ赤な顔に桃色の瞳はうるうるとんき出さんばかりに潤んでいた。
「座敷「あっ!」あ?」
「あ…ありがとう。俺の君」
そう言って着物を拾い集め、足早に座敷童さんは退出していった。ばたんと閉じられた扉の音を聞きながら。
「俺の君ってなに?」
誰にも聞こえない疑問だけが霧散していった。
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