座敷童さんとあたし

あたしと制服

「あら、これは……」

「ん？　なんだい？」

　土曜日の午前中。あたしの部屋のクローゼット前。実家から届いたあたしの服を整理しようと開いた白い段ボールの中に、懐かしいものを発見した。綺麗にたたまれて段ボールの一番上に置かれていたそれを持って広げる。

「前の学校の制服です」

「ああ、ここにくる以前の」

「はい。３着も買ったのに１ヶ月しか着なかったんですよ。もったいないですね」

「そうだな。……にしても」

「はい？」

「可愛いなぁ！」

　あたしが広げたYシャツとベスト、スカートを見ながら座敷童さんはわくわくと瞳を輝かせる。

　ピンクのYシャツに白いベスト、赤い大きなリボンに赤チェックのスカートの裾はレースに覆われている。

　座敷童さんが好む姫系とまではいかないまでも、かなり可愛いデザインのそれに心が踊っているらしい。あ、茶色の制帽（ベレータイプ）まで入ってる。

　実際に、この制服を目当てにして入ってきた生徒も少なくはないらしい。あたしの友達にも何人かいたし。むしろあたしのように普通に入学する方が珍しいとかなんとか。

「座敷童さん、よかったら着てみます？」

「へっ！？」

「……嫌でしたか？」

　ごめんなさい、と頭を下げれば座敷童さんがわたわたとせわしなく手を振る。どう見ても嫌がっているようには見えないのだけれど、これは嫌がっているのか？　うーんと考え込んでしまったあたしに、座敷童さんが口を開く。

「そ……それは、その。着てみたい、が。でも……」

「でも？」

「……君が一度着たものなのだろう？　それを着るのは……嫌じゃないんだ！　まったく！　でも……その」

　もじもじと顔を赤らめながら言いごもる座敷童さん。確かに今まで座敷童さんが着てきた服たちは一度も袖を通していない新品のものばかりだった。

　いきなり人が着たことのあるものを着ろという方が酷なのかもしれない。話は分かった。仕方ない、あきらめるかと取り下げようとしたところで、３着あるうちの１着がまだ封自体破られていないことに気付く。

　そういえば、これは予備としてとっておいたやつだ。つまり、一度も袖を通していない。

　いまだうつむいてごにょごにょ言い続けている座敷童さんに、それを押し付ける。

「嫌ってわけじゃないんだ。むしろ……その」

「座敷童さん」

「うれ……ん？　どうした？」

「こっちは一回も着ていないやつなので大丈夫ですよ」

「え……」

「え？」

「い、いや。そうか！　うん……ありがとう、君」

　しょんと肩を下げながら座敷童さんは制服を受け取った。いったいどうしたと言うのだろうか？　

　首を捻りながらもその制服を見ていて友達を思い出して懐かしくなってしまったあたしは、残りの２着の内１着を掴むと廊下に出る扉へと歩き出した。

　そんなあたしの突然の行動に目を白黒させていた座敷童さんが、扉に手をかけたあたしに声をかけてくる。

「ど、どこに行くんだい？」

「せっかくなのでおそろいにしようと思いまして。廊下で着替えてきます」

「おそ！？　じゃなくて！　普通逆だろう！？　俺が出ていくぞ！？」

「あたしは」

「え？」

「あたしの可愛い座敷童さんを廊下で着替えさせることなんてできません」

　ぱたん、と言いざまに扉を閉めた。これで着替え始めてしまえば座敷童さんは何も言えないだろう。あたしの作戦は完璧だ。

　するすると着ていた白いワンピースを脱ぎながら、あたしは小さな勝利に口元をほころばせたのだった。

　たった１ヶ月とはいえ毎日着ていたもの。手慣れたそれに着替えるのは５分もかからなかった。

　途中、ワンピースのポケットに入っていたオレンジ味の飴を座敷童さんにあげようと制服のポケットに移し替えた。

　さすがにまだ着替えているだろうと扉に耳を集中すれば中で衣ずれの音がしたため、廊下で待つこと数分。

　っていうか、あたしの制服、座敷童さん着れるのかな。それはちょっと乙女としてショックだ。似合いそうだけど。でもあの黒い姫系ワンピースみたいにミニスカになってる予感。

　なんてことを考えていればあっという間に経ってしまった。中から音がしなくなったため、座敷童さんに声をかける。

「座敷童さん、入っても大丈夫ですか」

「あぁ、いいとも」

　穏やかな座敷童さんの声に扉を開けて中に入る。こちらを振り返った座敷童さんに、その可愛い制服はよく似合っていた。学校のパンフレットの表紙を飾れるくらいにはとっても。

　身長差……というか足の長さで危惧していた通りスカートはミニスカになってしまっていた。それを必死に下げようとしている様子すら可愛かった。どれだけ可愛いと言わせれば気がすむのだろうか。

「座敷童さん」

「ど、どうだ？」

「とっても可愛いです。びっくりするくらい似合ってます」

「そうか！　君も、可愛いぜ！」

　満面の笑みを浮かべた座敷童さんの下がった手をそっと取る。触ると筋張った男の手だと言うことがよくわかってどきりとしたが（嫌悪的な意味で）それは気にしない。胸の辺りまで持ってくると、手のひらを上に向ける。

「美しいものを見せてくれたお礼です」

「き、君」

「世界一可愛いあなたへ、感謝の気持ちを」

　ぽとりと手の中にオレンジ味の飴を落とせば、真っ赤になった座敷童さん。その潤んだ眼で、あたしに優しい笑みを返してくれた。