あたしと試練?
青空が気持ちいい、日曜日の午前中。システムデスクに張り付いて勉強していたあたしの耳に、扉をノックする音が聞こえた。
「はい? どうしましたか、座敷童さん」
「
「わかりました、大丈夫ですよ」
中に入ってきてくださいと言えば。かちゃりと軽い音でドアノブがまわり、ひょっこりと座敷童さんが顔をのぞかせた。あたしと目が合うと、申し訳なさそうにへにょんと眉が下がる。なんだろうか。
「勉強中かい? 邪魔したか…」
「いえ、テストに備えて机に向かってただけですし。テストはまだ先なので、大丈夫です」
まだ6月に入って2週目の日曜日。中間テストは6月の終わりだから、まだ時間はある。座敷童さんの用事に付きそうことくらい、なんでもないのだ。
「じゃあ、付き合ってもらっていいかい? 帰りに薬局前のかふぇでおむらいすが食べたいんだ!」
あ、もちろん俺のおごりだぜ? と茶目っ気たっぷりに八重歯を見せて笑う座敷童さんに。あたしはごちそうさまです、と笑みを返せば途端にぱっと顔が輝いた。
今までこういうお金払ってくれる系は一切お断りしていたから、たまにはいいかなと思って。この間あたしの茶番に付き合ってくれたわけだし。あまり好意を断りすぎるのもよくないかなって。
「それにしても、薬局前のカフェ。あたしは友達にきいたんですけど、オムライスが有名なのよく知ってましたね」
「回覧板でな、載っていたんだ」
「そういうのも書いてあるんですね」
回覧板ってそういうんじゃないと思うんだけど。思わず首を捻れば、そんな感じの回覧板しか見たことのないであろう座敷童さんもつられて首を傾げる。可愛い。ではなくて。
「食べ歩きを趣味にしている奴がいるんだ。外見もほぼほぼ人の子と変わらん奴でな」
「へぇ、座敷童さんの中でもあたしたちとそう変わらない方もいらっしゃるんですね」
「からーりんぐが人の子と変わらないってだけだけどな」
「あぁ、そういう」
つまりは顔はいいってことですね。座敷童さんほど美麗な顔になると嫌味にすらならないから不思議だ。ただの事実として受け入れられる。
そういえば今まで会った座敷童さんたち、羽根さんや座敷童疑いというかほぼ確定な図書室の後輩こと青井くんも学校一の美少年と名高い(らしい)。座敷童って顔が良くないとなれないみたいなルールがあるんだろうか。なにそれアイドルのオーディションか。
うちの座敷童さんの場合テレビに映る誰よりも美しいから困るわ。主にあたしの心臓に。でも男臭くないから花丸である。それはさておき。
「じゃあ10分後に玄関に集合で」
「わかった。俺も着替えるとするか」
「座敷童さんはそのままで十分美しいですよ?」
「き、君!」
「あぁ、でも、着替えるなら出来るだけ地味な格好でよろしくお願いします」
「え?」
「あなたの可愛さも美しさも、あたしだけがわかっていればいいことだと思いません?」
「…ばかっ!」
耐えきれなくなったように着物の袖で顔を隠しながら、座敷童さんは部屋を退出していった。何か変なことでも言ったかな? 思ったままを口に出しただけなんだけど。あたしは1人、首を傾げた。
正直、集合時間になって再び顔を合わせた座敷童さんの着物はいつも通りの白い羽織に白い着物で。どこらへんを着替えたんですかとちょっと口に出しかけたのは秘密だ。
ちなみにあたしはいつもの白いワンピースに赤いポシェットだ。それ以上の説明なんて必要ないくらいの平凡な格好だと思ってくれていい。ポシェットの上から、そこに入ったものの形をなぞるようにそっと触れた。
「…さっきは
「いえ、慈さん。面白い方ですね」
「そう言ってもらえると助かる」
気まずそうに頬をかく座敷童さんを見ながら、あたしはさっきのことを思い出していた。
築100年と言われても納得できそうな古民家に回覧板の入った10kgくらいはある袋を持っていったとき。インターホンで座敷童さんが自分の名前を名乗れば、数分でからからと引き戸が開いた。
太陽の光に艶々と天使の輪を作るおかっぱ頭、赤みを含んだ紫色の着物に濃い緑色の帯。瞳は黒曜石をはめ込んだように黒く、切れ長でどこか鋭さを感じさせた。
赤い唇と口もとのほくろがどこかあだっぽい、
ほぅ、と今まで見てきた人の中の誰とも違う美貌に見とれていると、そんなあたしに気付かなかった座敷童さんがその細い指で軽々と持っていた袋を美人さんに「回覧板だ」と言って押し付ける。
「はいはい」と受け取る姿にはっとなって、あたしも家から持ってきたカステラの入った紙袋を差し出す。座敷童2人分の視線があたしに向く。
「あの、これ。カステラなんですけど、とても美味しいのでよかったら」
「おや、いいのかい? 悪いねぇ。…ところであんたは?」
「失礼しました。初めまして、
「うちのってことは…あれか。この子が
ああ! と手を打って慈さんが何か言おうとしたのを座敷童さんが遮る。いけ…イケ? なんだろう、なんて言おうとしたんだろうちょっと気になる。が、それよりも気になることが。座敷童さんが女の人と仲良くしてると思うと、胸がもやっとする。
なんなんだろう、この気持ち。なんとも言い難い気持ち悪さに黙り込めば、あわてたように座敷童さんが慈さんから手を離す。なんかほっとした。
「俺の君? どうしたんだい?」
「…いえ、なんでもないです。仲がよろしいんですね、2人とも」
「はっはっは、そりゃあね。こいつがおしめつけてる頃から知ってるよ」
「慈!」
顔を真っ赤にした座敷童さんが慈さんに叫ぶ。ふーふーと肩で息する様子はまるで威嚇し終わった後の猫みたいで可愛かった。いつの間にか消えていたもやもやに胸を押さえて首を捻る。なんだったんだろう。
そんなあたしの様子に座敷童さんが、心配そうに眉をひそめてあたしの顔をのぞき込む。太陽の光に座敷童さんの白い髪が反射して、まぶしくて。つい目を細めた。そんなあたしたちを見ていた慈さんの紅唇が弧を描いたのを、視界の端に見ていた。
「俺の君?」
「大丈夫、なんともないです」
「えーと、艶って言ったかい? 飴呑は意地っぱりなところもあるけどあたいにとっちゃ我が子みたいなもんさ。どうか幸せにしてやってくれないかね」
「慈!?」
「それは無理です」
「…ほう?」
「き、君…」
すっと細められた切れ長の目は、その視線はまるで刃物みたいに鋭かった。ざっくりと切りつけるようなそれを我慢して、まっすぐに受け止める。慈さんの目を見つめ返せば、さらに細められて鋭さが増す。
まるで品定めでもされているようでどこか居心地が悪かった。おろおろとあたしたちの間で座敷童さんが泣きそうに顔を歪める。
「幸せって、2人で作っていくものだと思うんです。だから、あたし1人、座敷童さん1人じゃ出来ないんです。2人で、幸せになっていくんです」
「君…」
「…はは、こりゃ一本取られたね」
鋭い光が消え、あたしの言葉に大きく見開いた目を今度は笑いで細める慈さん。しばらくの間笑うと、目の端にたまった涙をか細い指で拭う。その口もとはまだ笑っていた。
肩で大きく息を吐きながら、あたしに視線をあわせてにっこりと笑みを見せてくれた。
「うん、いいお嬢さんだ。こいつのことよろしく頼むよ。こき使ってくれていいからさ」
「あたしこそ、お世話になりっぱなしなんですけど。…これからもよろしくお願いします、座敷童さん」
「こちらこそ!」
頬を林檎色に染めた座敷童さんが潤んだ眼であたしに返事をしてくれた。
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