あたしと横恋慕

「優しい方ですね、いつくしさん」

「そうかい?」


 こてんと首を傾げている座敷童さんに笑いながら歩道(あたしが車道側)を歩いていれば、あっという間に薬局の前にたどり着く。そこから横断歩道を渡って、向かいのカフェへと足を進めながら、座敷童さんが口を開く。


「そういえば、きっちんぺーぱーがないんだったな。おむらいすの後に薬局に寄ってもいいだろうか?」

「寄りましょう、あたしも欲しいものがあるんです」

「なにか不足があったか?」

「個人的なものなんですけど、リップクリームがなくな「先輩!!」」

「「え」」


 背後からのなんとなく聞き覚えのある声に振り返ろうとすれば、それより早く背中にアタックを受ける。思わずつんのめりそうになるものの、座敷童さんがあわてて腕を掴んでくれたおかげで事なきを得る。転ばなくってよかった。


 いきなりなんてことをする、非常識だと思って後ろを振り返れば。


「だ、誰ですかこの男! 僕にフラれたからってすぐに他の男に乗り換えるなんて人情がないんじゃないですか!?」


 顔を赤くして目をつりあげて怒る、うちの学校一の美少年こと青井くんだった。

 なんでここにいんの? 休みの日だよね? 学校の外で合う確率がどんだけ低いと思ってるの? っていうかあたしのことフったんだよね? 別に好きでも何でもないけど。


 なに普通に話しかけてっていうかアタックしてきて、しまいには人を尻軽扱いしてんの? あたしおこなんですけど。割とガチめに。


「青井くん」

「先輩!」

「ごめんなさいは?」

「え?」

「あたし、いきなりぶつかられて転びかけました。そもそもそういう意味で君の事好きなわけじゃないって言いましたよね? なのに出会い頭に尻軽扱いってどういうことなんです?」

「あ…あの」

「ごめんなさいは?」

「ごめんなさい!」


 じわっと目に涙を浮かべながら勢いよく頭を下げる青井くん。うん、まぁこれでいいだろう。満足にあたしは1つ頷いた。


 十全ではないが八割くらいは許そう、尻軽扱いは絶対に許さないけどね! うつむいた青井くんが「怒った先輩も…」とかなんとか呟いてたがそんなのは無視だ。「も」ってなんだ「も」って。


 そんなあたしをぽかんと見つめる座敷童さん。こういうのを鳩豆っていうのだろうか、え? 違う? 小さく開いた口が、どこか間が抜けていて可愛かった。だがやばい、座敷童さんに怖いという印象を持たれかねない事件である。


「座…飴呑さん、さっきはありがとうございました」

「いや…君に怪我がなくて良かった。君も怒るんだな」

「それは人間ですもの、怒りますよ」

「それもそうか。というか、危ないだろう下蒼葉」

「え…あ、飴呑殿!? ってことは先輩が「俺の君」さん!?」

「確かにそう呼ばれてますけど」

「じゃ、じゃあ先輩の恋人って…」

「あたし嘘つきませんよ」

「君…」


 冗談は言うけどな! この茶番の恋人役のOKはすでに座敷童さんからもらっているし。全く問題はありませんね。潤んだ眼差しできらきらとあたしを見てくる座敷童さん。なんだというのか。


 まさか今さら嫌だとか言わないよね!? あたし嘘つきになっちゃうんですけど! 若干冷や汗をかきながら座敷童さんを見つめ返す。目の潤みがひどくなった気がした。


 そういえば、と青井くんを見ればうつむいたままふるふると震えていた。


「…から」

「え?」

「なんだ?」

「そんなの、絶対認めないんですからぁぁぁぁ!!」


 そう言って青井くんは元来た方向に走り去っていった。結構人もいたのに、その合間を縫ながら走るあたり、すごい才能だと思う。それよりもじろじろと人目が痛かった。そうですよね、こんな茶番いきなり何事かと思いますよね。


「えー」

「あっ! …あいつまさか」

「なんなんですかね? あたし、そんなに嫌われてるんでしょうか」

「え?! い、いや…あいつのことは気にしなくていい。おむらいす、食いに行こうぜ!」


 こんな状況でまだオムライスと言える座敷童さんに尊敬の念を抱くのはきっとあたしだけじゃないはずだ。

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