あたしと飴呑さん
ぴんぽーん
座敷童さんが「20時ごろに帰ってくるぜ!」と言い残して集会に行った日の夜だった。滅多に鳴らないインターホンが鳴ったのは。居間で勉強していたあたしが、ふと壁にかかった時計を見ると20時だった。
そろそろ座敷童さんが言ってた時間だなと思いつつ、とりあえずノートに走らせていた手を止めて、インターホンに出る。
「はい、どちら様でしょうか」
「ただいま帰ったぜ、君」
「あ、すぐに玄関開けますね」
映像音声機能付きのインターホンの画面に映し出されたのは、白い着物に羽織、白い肌に白い髪、闇夜ですらぼんやりと浮かぶ
急いで勉強道具を片して床、隅のほうへとまとめて居間を出る。廊下を通り框を降りてサンダルをつっかけながら玄関の引き戸をからからと開ける。
「ふぅ、疲れたぜ」
「お疲れ様です。温かいお茶でもいかがですか? 淹れますよ」
「頼むぜ」
にこっと笑った飴呑さんより先に框へと上がったあたしは、家に上がろうと草履を脱いでいる彼に、手を差し伸べる。
「? なんだい?」
「段差があるので、よかったらお手をどうぞ」
「あぁ、なるほど」
そう言いながら飴呑さんがあたしの手のひらの上に、まるで白魚のような白い手をのせ、力を込めた。ひんやりとしたその感触に、ぞわりと背筋に怖気が走る。いまだぞわぞわとする背筋をおいて、あたしは飴呑さんの前を歩いて、居間にたどり着いた。
襖を開けて先に中に入らせる。これがレディーファースト。飴呑さんはレディーどころか性別自体違うが。ちゃぶ台を指さして、好きなところに座ってくださいねと言ってから、温かいお茶を淹れるためにあたしは台所に向かってのれんをくぐった。
時計を見たら5分を越えていた。お茶菓子なんかを用意していたら思ったより時間を食ってしまったのだ。待たせているのにこれ以上遅くなったらどうしようかと思った。
のれんをくぐって居間まで戻ると、飴呑さんはお行儀よく正座でテレビもつけずに待っていてくれた。よかった。
「お待たせしました」
「あぁ、気にしないでくれ」
「すみません。…ところでなんですが」
まずは遅れたことを謝りつつ湯のみを飴呑さんの前に置けば、気にしなくていいと鷹揚に笑われた。さりげなくお茶菓子(この前通販で買ったさつきの花の形をした和菓子)もセットして、自分の前にも同じものを用意する。
飴呑さんの方を見ると、自分の前に出された湯のみに手を当て、暖を取っているようだった。今日の飴呑さんは、かりてきた猫のようにおとなしい。まぁ、それもそうだろう。だって。
「どちら様の飴呑さんでしょうか」
「は」
「うちの座敷童さんじゃないですよね」
「…ちっ、ばれたか」
被っていた猫はどこへやら。愛想悪くというか行儀悪く舌打ちすると、座敷童さんと同じ格好をした飴呑さんは正座を解いて
そんなことは気にも留めていない様子で、飴呑さんはお茶菓子を片手で掴むと、一緒に用意してあった菓子切りも使わず一口でぽいっと口の中に放り込んだ。もぐもぐと口を動かしている様子に、うちの座敷童さんに漂うどこかお上品さの欠片もなかった。
全く同じ容姿なのに。氏より育ちというか、同じ分霊体とかいうものでもここまで違うのかと、あたしは目を丸くするほかなかった。
「何で気付いたんだ?」
「はい?」
「俺が、この家の飴呑じゃないって」
「あぁ。簡単です。うちの座敷童さんは、帰って来た時は必ず「俺の君」って言うんですよ。それと、あなたよりもうちょっと幼い感じがありますね」
「俺の君、ねぇ」
ふーんと興味なさそうにあくびをした飴呑さんになんなんだと言いたくなる。飴呑さんにはもっとオブラートに包んでいったが、うちの座敷童さんは可愛いのである。こんなに粗野な雰囲気というか、態度もでかくないし、お礼のきちんといえる子なのだ。
あともっというなら出されたものはちまちまと菓子切りで切ってから口に運ぶ。一口でぽいなんてことは絶対にしない。
「どこの飴呑さんか存じ上げませんが、そろそろ夜も深くなってきますしお家に帰ったほうがよろしいですよ」
「家か…ないな」
「え?」
「潰れたのさ。ギャンブルですりまくってな。俺がいたって補えないくらいの借金を抱えて自殺した」
「あらまあ」
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