あたしとお給料日

「君、今日は給料日だぜ!」

「え? 座敷童さん働いてたんですか?」


 この後めちゃくちゃ拗ねられた。


 ではなく。いや、拗ねてたけど。本当にそう思ったのだけれど。何でも稀少価値のランクによって決まった額のお金が国から座敷童さんの預金口座に振り込まれるらしい。


 あぁ、だから以前「服くらい俺がおごってやるぜ」なんて言っていたのか。ただの見栄はりだと思ってた。


 ちなみに、座敷童さんは利率の事を考えて郵便局に振り込まれるようにしていると言っていた。…座敷童なのに利率とか気にするんだとちょっとしょっぱい気持ちになったなんて口が裂けても言えない。


「俺たち座敷童はいるだけで福を呼び込むんだ。つまり、働いているだろ!?」

「そうですね、すみません」

「本当にわかっているのか?」

「ただ、美しいあなたに労働だなんて言葉が似合わなくて。つい言ってしまっただけなんです」

「そ、そそそそうか。うん、なら仕方ないかな!?」

「はい」


 あたしをじっとりと睨んでいた眼差しはどこへやら。座敷童さんはかぁっと赤くなるとそっぽを向いてしまった。


 実際汗水たらして働いている座敷童さんなんて皆目見当もつかない。のんびりと縁側でお茶をすすっているイメージならあるんだけど。


 それにしても座敷童さんっているだけで福を呼び込むのか、そこら辺は普通の座敷童伝説と同じなんだなぁ。


 …福を呼ぶと言えば、この間のスーパーの安売りで最後のお肉をゲットできたのも月一でパンクしてた自転車がパンクしなくなったのも、もしかして座敷童さん効果なのだろうか。なにそれありがたい。


 思わず、なんか照れ照れこっちを向き直った座敷童さんを拝めば、びくっと怯えられた。


「な、なんだい!?」

「いつもありがとうございます、座敷童さん」

「え…い、いや。その。こちらこそ」


 頬を赤くして恥じらうようにはにかんだ座敷童さんの笑顔があまりにもまぶしくて。


「じゃあ、そろそろお出かけましょうか」


 そうやって、あたしはごまかしたのだった。



「君、お待たせ!」

「いいえ、全然待ってませんよ」


 郵便局の自動ドアから出てきた座敷童さんが嬉しそうにあたしに向かって駆けてくる。


 一応家主と言っても人がお金を下ろすところを見る趣味などないあたしは外にある公園の噴水の前で待たせてもらった。あたしが行っても何もすることがないし。


 にしても今日は若干冷え込む。待っている間、少し寒かったのは秘密だ。心配されかねない。


 というか、誰も座敷童さんのことを気にしないんだな。白髪桃目、しかも白い着物と全身漂白されたんですか? ってくらい真っ白で、注目されるには十分だと思うんだが。一発でコスプレとか疑われそうなのに。不思議だ。


 無意識のうちに着ていたカーディガンに手を埋めさすっていると、座敷童さんの白い手が目に入る。


「座敷童さん」

「ん? もしかして寒いのかい? どこか店にでも」

「手、貸してください」

「? あぁ、ほら」


 すっと差し出された両手を優しくつかむ。綺麗だけれど筋張った男の手に身を引きたくなるが我慢して。やっぱりひんやりと指の先まで冷たいそれを、あたしの口元に当てる。


 はあっと温かい息を吹きかけて両手でもみ込んだ。これで少しは温かくなればいいのだけれど。


 きゅ、きゅっと数度もみ込んだとき、座敷童さんが声を上げた。


「き、君!」

「なんですか? 温かくなかったですか?」

「あ…いや、なんでもない。ありがとう、俺の君。もう大丈夫だぜ」

「そうですか?」

「ああ。それにしても、君も寒いだろう?」

「いえ、あたしは」

「え?」

「あなたの笑顔が見られれば、それだけで温かくなれますから」


 だから笑ってくださいね。と言えば、一瞬にして炎よりも顔を赤くした座敷童さんが、顔を押さえてうーと唸った。どうしたというのか。そんな変なことは言っていないつもりだ。人の笑顔というものはこちらの胸まで温かくさせるものじゃないの? 普通に考えて。


 ぐるぐると考えていると、意を決したように顔から手を離し、にっこりとその美しい顔で微笑みかけてくれた。


「こんな感じかい?」

「はい、素敵な笑顔です」


 ついつられてにっこりと笑えば、座敷童さんも顔をほんのり紅潮させてしばらく2人でにこにこと微笑みあう。なんだこの空間。

 ちょっとはたから見たら不審極まりないので早々に切り上げる。


「君、懐も温かくなったことだしぱんけーきの店に行こうぜ! 一度行ってみたかったんだ」

「パンケーキ、ですか? …あぁ、駅前の」

「てれびでやっていてな! ほら、女子おなごは甘いものが好きだからな!」


 君もそうだろう? と元気に笑う座敷童さんに手をひかれながら、噴水のある公園を駅の方に向かって出る。たしかに甘いものは好きだが、今回に関しては座敷童さんが食べたいんでしょうに。仕方ないなと苦笑いを込めて頷いたあたし。


 そのまま歩を進めながら、にこにこ嬉しそうな座敷童さんについ口が滑ってしまった。


「どんなに甘いお菓子も、あなたという存在にはかないませんけどね」


 その言葉にぴしりと固まってしまった座敷童さんが再び起動するのに、15分ほどかかった。


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