あたしと誕生日
「君、誕生日っていつなんだい?」
「誕生日、ですか」
ばりばりと先日の色気の欠片もなく煎餅をかじりつつテレビを見ながら、座敷童さんは唐突に言った。日曜日の午前中、ニュース番組を見ながらのことである。
どこに誕生日の要素があったのか聞きたいくらいテレビの内容は関係なかった。
今日は女装するつもりはないらしく、平時の白い着物に黄色い帯にとんぼ玉の帯留めをしていた。毎日帯留めを変えている座敷童さんは本当におしゃれさんだと思う。
現在、ちゃぶ台に身を預け、煎餅の入った器を1人で抱えるように食べていてもだ。白い口もとについたかすが気になったので顎を片手で支え軽く手で払えば赤面された。
「そうですね…」
「なんだ、言いづらいのかい?」
「いえ、そんなことは」
しかしはっきり言って良いものだろうか。座敷童さんのことだから、盛大にお祝いとかしてくれそうな雰囲気なのだが。
わくわくとした瞳が輝いてるのを見るに、たぶんたぶん思い違いじゃないはず。だから言いづらいと言うかなんというか…うん。言いづらいですね。やっぱり。輝く瞳からそっと顔をそらして、あたしは口を開いた。
「先週の月曜日です」
「…え?」
「先週でした、誕生日」
「えええええええ!?」
絶叫する座敷童さん。立ち上がるのと同時に抱えていた煎餅の入った器がひっくり返りそうになるのを掴んで阻止する。よかった。かすがこぼれるようなこともなく、任務は完了した。
やりきったとあたしがふぅと息をつけば、それどころじゃないと言わんばかりに座敷童さんが肩を掴んできた。一瞬鳥肌が立つが、それはまあスルーして。掴むのは構わないけどせめて器置いてからにしろ。
「せ、せんっ! な…なんで」
「落ち着いてください、座敷童さん」
「君は何でそんなに落ち着いているんだ!?」
喉も裂けよとばかりに叫ぶ座敷童さん。ちょ、いくら昼間と言えど近所迷惑になってしまうからやめてくれ。
ちなみにあたしの肩を掴む手に力は入っていない。まるで壊れ物にでも触るように繊細に触れてくる座敷童さんに好感が募る…とか言ってる場合じゃない。
いや、男嫌いのあたしに関していうなら、男に対して好感とか言う時点で驚きなんだけど。
「な、なんで」
「はい?」
「何で、言ってくれなかったんだ…」
しょんぼりと先ほどまでが嘘のように座敷童さんの肩から力が抜ける。これはよっぽどやる気だったらしい。あたしの誕生日になにかを。
というか、そんなに期待してたのか、悪いことをしたなとあたしは人差し指で頬を掻いた。あたしの肩に手を置いてふんにゃりしている座敷童さんに、声をかける。
「座敷童さん」
「君の誕生日に色々…贈り物だって考えたかったのに」
「あのですね」
「…ん、なんだい」
「何をそんなに落ち込んでるんですか」
そう言えば、大きく目を見開いて、座敷童さんは大きく身を震わせ始めた。
わなわなと震える身体に寒いのかなと思い肩に置かれた手を外し、あたしの両手で包み込めばその震えは治まる。
握った指先はほんのりと冷たくて、これは座敷童さん。慢性的な冷え性だなとあたしは思った。
「何をって…!」
「あたしは、あなたに出会えたことが最高の贈り物と思っていたもので」
「なっ」
「これ以上に喜ばしいことなんて、なかったんですよ?」
男の人と同居しなきゃならないと知った時の絶望感。外見が痩躯で身綺麗でどんなに男らしくなくても。男というだけで嫌悪感を覚えるあたしには、到底この家で暮らしていけるなんて思えなくて。
けれどふたを開けてみれば可愛くて、家事はできておしゃれさんで可愛いものが好きで。あたしが勧めたとはいえ2回目からは自発的に女装までしちゃうほどの女子力を見せつけてくれた座敷童さん。
そのおかげで、一応男の人と暮らしているのにそこまで意識することもなく毎日が楽しいあたしは、ここに来られて本当によかったと思ってる。実を言えば家を出される原因となった弟に感謝してしまうくらいには。だから。
「座敷童さんは、そう思ってくれないんですか?」
「お…思ってるとも! 俺も君に出会えてよかった!」
「じゃあ、なにも問題ないじゃないですか」
ケーキがなくても、明確な形を持ったプレゼントがなくても。祝う気持ちがあるだけでうれしい。今まで家の都合で大きなお祝いパーティーや数多のプレゼントをもらうものの、ひとりぼっちだったことも少なくない誕生日当日に。
座敷童さんは一緒に居てくれた。誕生日が苦手になってしまったあたしは、十分嬉しくてたまらなかった。それで、いいじゃないか。
精一杯の気持ちをのせて。嬉しかったんですよ、あなたに出会えてと呟けば。みるみる耳の先まで真っ赤になった座敷童さんは。
「う。うううううう、おめでとぉぉ!」
お祝いの言葉を唸りながら居間から逃亡した。
「ありがとう、ございます?」
誰もいない部屋に疑問形のお礼が落ちる。座敷童さん、久々の逃走だった。
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