あたしと赤ずきん

 ぴろりん ぴろりん


 火曜日の夜、部屋でまったりとベッドの上で参考書を開いていたあたしの耳に、突然それは鳴り響いた。何の前触れもなく、ただ唐突に。…こうやっていうとなにか物語の序章のようだがなんてことはない。


 ただあたしの端末に、LIN〇がきたというだけのことだ。ちょっと反省してなくなくもない。誤字ではなく。それは置いといて。


「誰って…お母さまか」


 端末の画面を見れば、もうすぐ送った服が届くだろうから着なさいね、と命令に近い形の文章が表示されていた。たぶん着ないだろうけど。あたしと母の服の趣味は合わない。これ重要。なのに母はいつもあたしに自分好みの服を送り付けてくるのだ。母の愛というか、あたしを思ってのことだということは一応わかるが、本当にやめてほしい。


 あ、でも今はこの服を喜んできてくれる人がいるからな、やめられるのも困るなと思ったところで。ごとんごとんごとんと白い大きな段ボール箱が3つ、あたしの部屋の中央に落とされた。


 いつも思うけどこの輸送システムってどうなっているのやら。即時配達は嬉しいんだけれども。頭を1人捻っていると、こんこんと控えめに部屋の扉をノックされた。座敷童さんだ。むしろ座敷童さん以外だったら怖いけど。

 そのまま扉を開けないで会話する。


「どうかしましたか?」

「君、勉強をするならもっと静かにやったほうがいいんじゃないか?」

「あたし、そんなアクロバティックな勉強法してませんよ」


 なんと心外な。あたしが好きで立てた音じゃありません! いや、部屋の中が見えないのならあたしが出したと思うかもしれないが。にしても1階にいたはずの座敷童さんを2階まで呼んでしまうくらいうるさかったか。それは申し訳ないことをした、素直に反省しよう。あたしが立てた音じゃないけどな! 


 今の時間、座敷童さんはのんびりとお茶を飲みながら居間でニュースでも見ているはずなのに。


「あくろば?」

「えーと、軽業? といいますか、騒々しい?」

「なるほど、しかし今音が」

「座敷童さん、入ってきてください」

「失礼する」


 いまだにあたしを疑っている座敷童さんに、ちょうどいいから部屋に入ってくるように言えば。あっさりと扉を開けて中に入ってきた。そうして、あたしの部屋の中央におかれた…というか落とされた白い段ボールを見て目を丸くする。


 次いで、顔を輝かせるがあたしを見て。あ、と眉を下げる。なんだというのだろうか。


「すまない、ゆそうしすてむの音だったか」

「あぁ、別にいいですよ。誤解は解けましたし。それより座敷童さん」

「でも…ん? なんだい?」

「今回の服は童話に出てくるお姫様たちをモチーフにした、普段使いも出来るようなものらしいです。興味、ありませんか?」

「あるとも!」


 申し訳なさそうにしょんと下がっていた肩が跳ね上がる。よっぽど楽しみらしい。うん、良い反応だ。食らいつくような勢いにおおうと若干引いたあたしのもとに、とことこと座敷童さんがやってくる。


 あわててベッドから身を起こして、ベッドの奥まで行くと壁を背もたれにして座る。そんなあたしの斜め前、ベッドの端に腰かけながら座敷童さんは輝いた顔のままあたしを振り返った。


「早く開けようぜ!」

「好きに開けていいんですよ?」

「一応君宛のものだろう? 君が受け取ってからじゃないと、俺は手が出せんぞ」

「そういうものですか」


 ならば仕方ないと膝立ちになって、ベッドを進み降りる。ぎぃぎぃうるさかったが、そんなにあたしの体重が不満かこのベッドめ。謎の罵りをベッドに対して心の中で吐きながら、あたしはダンボールの前まで行った。


 そこで、ベッドの枕元にある文具入れからはさみを持ってき忘れたことに気付いてふり向く。と、座敷童さんがはい、とはさみを差し出してくれた。よくわかっていらっしゃるようで。そのはさみを受け取って、白いガムテープを切る。そうして箱を開ければ―――。


「君、君! 可愛いなぁ、この服!」

「そうですね、座敷童さんによく似合うと思いますよ」


 ダンボールの中身を1つ1つ取り出していけば、親指姫をモチーフにしたと思われる白とピンクのチューリップタイプのスカートにブラウス。赤ずきんモチーフの赤いフード付きポンチョに白いエプロンドレスのワンピース、そうして人魚姫をモチーフにしたのであろう青と濃紺のグラデーションも美しいマーメイドドレス。


 待て。LIN〇には普段使いできるとか書いてあったんですけど。これのどこが普段使い出来るんですかお母さま! 親指姫も赤ずきんもフリルたっぷりですけど? 人魚姫に至ってはもうドレスなんですけど!?


 あたしの心の中など知らない座敷童さんは、どんどん出てくる童話モチーフの可愛い洋服たちに見せられていた。最後の1箱を開ける時なんて、もう「ほあー」と口を開けているだけになってた。そうして箱から出てきた服の数、19着。


「全部可愛いなぁ」

「そうですね、全部座敷童さんに似合うと思いますよ」


 特にこの赤ずきんなんかは、とベッドの上に並べられた服の中からそれを示せば。座敷童さんはいそいそとそれを手に取る。ちなみにこの赤ずきん、白い手袋にニーハイに籠などの小物つきである。


 座敷童さん真っ白だから、赤とか青とかはっきりした色が似合うんだよねと思いつつ、もう恒例であるあたしは座敷童さんに背を向ける。


 座敷童さんも慣れたようにするしゅる、ぱさっと着物を脱いでいるのが音で分かった。


 そして5分後。


「どうだい?」


 そこには可憐な赤ずきんちゃんがいた。にこにこと優しい笑みを浮かべて、白いエプロンドレスとニーハイの隙間からのぞくさらに白い足が魅惑的だった。


 じっと声をかけるのも忘れて見入っていると、不安になってきたのかエプロンドレスの裾をきゅっと握りながら座敷童さんがあたしに問いかけてくる。


 その雰囲気は今にも泣きそうで、儚い雰囲気にぴったりだった。


「に、似合わないか?」

「とてもよく、似合ってます。えぇ、超可愛いです。思わず見入ってしまいました。座敷童さん、最高です」

「最高!? そ、そんなに喜んでもらえるなんて」


 さっきまでの泣きそうな顔から一転、にこにこ顔に戻りながら、座敷童さんは照れ照れ頬を掻く。


 それから10分後。色々ポーズを取ってもらったりしてある程度遊んだところで次の服に移ろうという話になった。


「全部魅力的で困るぜ」

「そうですか?」

「あぁ、だってこんなに可愛いんだ!」

「可愛いのは確かに」

「だろう?」

「でも、あたしは。あなた以上に魅力的なものなんて見たことがないんですよ」


 次の洋服、シンデレラの青いワンピースを片手に振り向くと。座敷童さんが赤ずきんの赤いポンチョに負けなくらい赤い顔で、あたしを見ていた。わずかに震えるその身体に、何か変なことでも言ったかなとあたしは首を傾げた。


「座敷童さん?」

「う…うぅ」


 しゃがみ込んで顔を覆ってしまった座敷童さんの顔が再び白くなるまで、12分はかかった。

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