第5話 ヒロイン登場シーンは主人公のより大事なはずなのに
ここも久しぶりだな。前に来たのは三十年前ぐらいか? あの時から人も物も多くて活気があったが、今はもっとすごいな。人も物も活気も増して、正に商業都市といった感じだな。あ、お久しぶりです。一週間歩いて商業都市へやって来ましたよ。道中全部カットされちまったが。
「さてと、金も手に入ったし、まずは飯といくか」
ここに来るまでの道中魔物を狩って、そいつらの肉や皮やらを入手していた。カットされたが。それを商人に売り捌いて金を手に入れた訳だが、大した魔物と出会わなかったし、金額も大したことなかったな。持って一週間ってところか。ま、とりあえず飯だな。一週間ぶりのまともな飯だ。今までまともな物食えてねえし、そもそも量を食えてない。俺は非常に腹が減っている。不死でも腹は減る。減るったら減る。
「いらっしゃっい!」
適当に見つけた酒場へ。昼時だからか、席はかなり埋まって賑やかだ。空いてるのは、あのカウンター席ぐらいか。
「ご注文は? ……あいよ! ちょっと待ってな!」
店員に適当に注文を済ませ、水をちびり。ちびちび水を飲みながら暇だし店内を見渡す。昼時だから、客の八割ぐらいは昼飯を食ってる。残りの二割は昼から酒飲んでるな。いいねえ。俺ももう少し余裕があればよかったが、まあしゃあない。にしても、やっぱ酒場って男臭えな。野郎ばっかで可愛いおなごなんか……、いるじゃねえか。
店の奥のテーブル席に一人、可愛らしい女の子が。肩に少しかかるぐらいの茶髪に、一心不乱に食べ物だけを捉える栗色の目。それに、うん、なんか可愛い顔。年は十五か六か七か八か九かそれ以上だ。……はあ、おいおい、描写下手過ぎんだろ。ラノベにおいて一番力を入れるべき点のこのおざなりさよ。
それになんだこの味気ない出会いは。初めの出会いはヒロイン全裸で男心をと言うより目を鷲掴みにするのがお決まりだろうが。それか、ぶつかったりして「なんだ? この柔らかい感触は?」って本当に鷲掴みにしちゃうんだろうが。それなのに、なんだこのヒロインが飯食ってるのを見てるだけって。やり直したらどうだ?
それにしても良く食うな。テーブルの両端に天井まで届くかのように積み上げられたあの皿の量よ。漫画だな。あれは漫画的表現だ。あんな積み上げてるぐらいなら、さっさと下げて洗えよ。この店は皿無限にあるのかよ。って、それは置いといて。良く食うな。まあ、良く食べる娘は嫌いじゃない。
「……ふう。ごちそうさまでした。すみません、お会計お願いします」
おっ、あの娘食い終わったみたいだな。さてさて、お会計は一体いくらになるのやら。何? 金が足りない? それならちょっと裏にきて貰おうか。的な展開になんねえかな。そして、裏へ連れて行かれ、襲われそうになっていたところへ颯爽と現れる俺。店長を殴り倒し、あの娘の手を取り店から大脱出! 店から脱出し、何も言わずに去ろうとする俺に「あ、あのお名前を」とあの娘が。そして、俺はこう言うのさ。「名乗る程の者じゃない」。……決まったな。これをやれば、明日にはこの町の至るところに俺の手配書が出回るだろう。まあ、ただの食い逃げだしな。しかも暴力まで。はあ、ダメだなこの展開は。
「……あれ? お財布がありません!」
……まあ、十年ぐらい牢屋で過ごすのも悪くないな。
「何? 金がねえだと? それならこの四万五千六百円は誰が払ってくれるんだ、お譲ちゃんよぉ?」
店長柄悪いな。だが、いいぞ。その柄の悪さはきっと俺の思い描いた通りにことを進めてくれるだろう。因みにこの世界の通貨は円だ。日本の円だ。こっちの一円も向こうの一円も同じだ。よく特殊な通貨を使ってたり、金貨は銅貨の何枚で銅貨は何枚あれば銀貨一枚でとかいうのがよくあるが、この世界は円だ。何故なら金貨とか銀貨とか難しいからな。絶対間違える奴がいる。電卓使って間違えるんだからもう救えねえよな。
「ちょっと裏へ来て貰おうか」
おっと、通貨の説明してる間に展開が進んでるな。よしよし、予定通りだ。このまま予定通り進んでくれれば、俺は立派な犯罪者に……、最後は少し変えるか。
「まあ待てよ。その金払えばいいんだろ。俺達が払ってやるよ」
なに!? いかにもチンピラそうな奴らが代わりに代金を払うと言い出しただと!?
「え! いいんですか!?」
「ああ。君みたいな可愛い娘が困ってるなら見過ごせねえよ。まあ、その代わり少しばかり俺達とこの後遊ぼうぜ」
「遊ぶ? はい、いいですけど、それだけでいいんですか?」
「お? 可愛い顔して意外と積極的じゃねえか」
「? 積極的なんですか?」
チッ。あのチンピラ共代金を肩代わりする代わりに店長のポジションまで代わろうってか。いや、待てよ。これはむしろ好都合だ。殴り倒すのが店長だったら犯罪者になるが、あのチンピラ共になるってことは俺は正義のヒーローになるわけだ。イエス! アイアムアヒーロー!
「ほら、これでいいだろ? さあ、行こうぜ。お譲ちゃん」
チンピラ共が金を店長に払いあの娘と共に店を出ていこうとする。よし、俺も行動開始だ。あいつらの後をつけて正義のヒーローとなるんだ。
「はいよ! Aランチお待たせ!」
なんだと!? この店員なんてタイミングに来やがる!
お前ちょっと空気読めよ! 俺はこれからあいつら追いかけねえと、ああ! 駄目だ! このうまそうな匂いが俺を席から立たせない! くそっ! 手がフォークに! ……うんまい!
しょうがない、予定変更だ。このランチを速攻で平らげ、その後奴らの後を追う。舐めんな。俺は早食い得意なんだよ。熱っい!
「ごちそうさま! 釣りは要らん!」
速攻でランチを平らげ金をカウンターの上に置き、外へ出る。まさか、一度は言ってみたいセリフ「釣りは要らん」をいう日が来るとは。でも、お釣り二十円だけどな。
店を出て辺りを見回す。……いた! 速攻でかき込んだお陰で離れてはいるが見つけることが出来た。よし、ダッシュであいつらの後を……、駄目だ。食った直後に走ると腹が痛くなる。早歩きで行こう。
早歩きで何とかあいつらの後をつける。あいつらはどんどん人気の無い方へと進んでいく。おい、少女よ。少しは疑え。何のんきに着いてってるんだよ。今結構ピンチだぞ?
そうこうしているうちに、チンピラ二人と少女は暗い路地へと入って行く。はっ! 俺のセンサーが今だ!と反応している! よし! 待っていろ、少女よ! 今行く!
早歩きであいつらが曲がった角を曲がり俺も暗い路地へと。そして、路地へ入って俺はこう言うのさ。「待たせたな!」と。
「待たせ……え?」
入った路地の先。そこには予想とは大幅に違う光景が広がっていた。
おい、少女。お前強いなら先に言え。
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