[4] 崩壊

 北方軍集団は7月中旬に第4装甲集団が巧みな転進によって、レニングラードへの最後の天然障害であるルガ河に到達していたが、7月19日付けの「総統指令第33号」により攻撃を休止していた。そして、同月30日に発令された「総統指令第34号」に基づいて再びレニングラードへの攻勢を開始するにあたり、北方軍集団では部隊の配置換えを行った。

 北方軍集団の攻勢が停止している間に、モスクワの「最高司令部」は北西部正面軍に対して反撃の実施を命じた。北西部正面軍司令部では同正面軍参謀長ヴァトゥーティン中将が反撃計画の立案を進めていた。作戦の内容は次のようなものだった。

 イリメニ湖の西翼と南翼から出撃した第11軍、第27軍(ベルザーリン少将)、第34軍(カチャノフ少将)と新編成の第48軍(アキモフ中将)によって第16軍の背後を襲い、重要な鉄道が通るソリツィとドノを奪回して北方軍集団の後方連絡線を崩壊させる。反撃作戦の開始日は8月12日とされた。

 8月8日、第41装甲軍団は降りしきる雨の中、ルガ河下流のキンギゼップおよびイワノフスコエ周辺から進撃した。だが、北西部正面軍はドイツ軍が停止していた時期にルガ河沿岸の防御陣地を強化しており、第90狙撃師団とレニングラード士官学校の学生連隊による必死の防戦もあって、ドイツ軍の攻撃は初日から頓挫させられてしまう。

 8月12日、戦略予備として後置されていた第8装甲師団がキンギゼップ方面に増援として派遣され、ルガ河の防衛線を突破するとクラスノグワルジェイスクへ向かって一気に突進した。この事態を受けた北西戦域司令官ヴォロシーロフ元帥は、第1戦車師団(バラノフ少将)と第1親衛人民義勇兵師団(フロロフ大佐)を送り込んだが、この反撃は失敗に終わってしまった。

 8月10日、北方軍集団の南翼を担う第16軍の第10軍団がイリメニ湖の西方と南方からロシアの古都ノヴゴロドに向けて攻撃を開始した。

 この攻撃により、反撃の準備を進めていた第48軍と第11軍の一部が混乱状態に陥り、分散した形での退却を余儀なくされた。ヴァトゥーティンは予定していた反撃計画を頓挫させられたが、まだ反撃を諦めていなかった。

 8月12日、ヴァトゥーティンはイリメニ湖の南で、第11軍の残存部隊と第34軍と第27軍に対して反撃を命じた。第27軍はホルムで食い止められたものの、第34軍は順調な進撃を続けた。

 8月14日、第34軍はスタライヤ・ルッサとドノを結ぶ鉄道を脅かす位置にまで到達した。第16軍の第10軍団(ハンゼン大将)とその南翼に隣接する第2軍団(ブロックドルフ=アーレフェルト大将)の間に大きな亀裂が生じた。第4装甲集団司令官ヘープナー上級大将は第56装甲軍団長マンシュタイン大将を無線で呼び出した。

「悪い知らせだ、マンシュタイン。イリメニ湖畔のスタライヤ・ルッサにいる第16軍が危ない。貴官に火消しをやってもらえねば」

 この指令によって、第56装甲軍団の第3自動車化歩兵師団と第269歩兵師団、SS自動車化歩兵師団「髑髏」がただちにルガ前面からドノへ差し向けられた。

 8月19日、260キロもの悪路を半日以上掛けて移動した第56装甲軍団は、第34軍の南翼から奇襲をかけた。パニックに陥った第34軍は東方へ敗走を開始した。その後も進撃を続けた第56装甲軍団は同月25日までに、1万8000人の捕虜と戦車200両、火砲300門を鹵獲することに成功した。鹵獲した兵器の中には、まだ戦場に出てまだ間もない「カチューシャ」ロケット砲も含まれていた。

 北方軍集団は第56装甲軍団をイリメニ湖の南方へ派遣したことにより、レニングラードへ突進させる装甲兵力を削られるという事態を被った。しかし、北西部正面軍がロヴァチ河の東方へと退却したことにより、ノヴゴロドから北に通じる「回廊」が一時的に開けた状態になっていた。第16軍司令官ブッシュ上級大将は、この「回廊」に第1軍団(ボート大将)を派遣し、レニングラードへの進撃を命じた。

 8月20日、第1軍団の第21歩兵師団(シュポンハイマー中将)はレニングラードとモスクワを最短距離で結ぶ鉄道が通る交通の要衝チュードヴォの占領に成功する。

 8月21日、第41装甲軍団がクラスノグワルジェイスクに到達した。レニングラードまでの距離はわずか30キロになった。

 北西部正面軍のルガ河防衛線は東西の両翼で打ち砕かれてしまった。レニングラードの占領はもはや時間の問題かと思われたが、8月末から本格的に降り始めた秋雨がすべての道路を泥濘へと変えた。北方軍集団の第4装甲集団は再び攻撃を停止せざるを得なくなり、北西部正面軍は防衛態勢を立て直す時間を得ることになった。

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