[3] ルーマニアの参戦
ルーマニアは「バルバロッサ」作戦立案の段階で、当初から共同参戦国として名指しされていた。第一次世界大戦では戦勝国として多くの領土を手に入れたルーマニアは、1940年夏にソ連をはじめ隣国から領土の割譲や返還要求をつきつけられていた。
1940年6月28日、ソ連は「独ソ不可侵条約」に付随した「独ソ境界ならびに友好条約」に基づき、ルーマニアからベッサラビア(モルタヴィア)と北部ブコヴィナを「ソ連の勢力範囲に含まれるべき」として割譲した。新たに併合された領土はそれぞれオデッサ軍管区とキエフ軍管区に編入された。
7月2日、ルーマニア国王カロルⅡ世は残された領土の「保証」を得るため、ドイツに接近した。ルーマニアを当時のヨーロッパの中では最も重要な同盟国とみなしていたドイツは、この要請に応じた。ドイツは戦役で消費する石油量の約7割をルーマニア領内のプロエシュチ油田に依存しており、戦争遂行には不可欠な資源だった。ドイツ軍はルーマニアの油田を防衛するという名目で、11月からルーマニア政府の承認を得て段階的に部隊を進駐させていた。
それから数か月間の内に、ルーマニアの領土問題はさらに拡大した。ソ連に続いて、ブルガリアとハンガリーがそれぞれ領土返還要求を出してきたのである。カロルⅡ世はドイツとイタリアに領土問題の仲裁を申し出たが、下された裁定はルーマニアが大きく譲歩した内容になった。この解決に対してルーマニアの諸都市では群衆の大きなデモが起こり、ついに政府が転覆するに至った。
カロルⅡ世は新政府を組織するために、国外追放されていたイオン・アントネスクを呼び戻した。アントネスクはただちに全権を要求し、国民の信を失っていたカロルⅡ世に対して譲位と国外退去を強要した。
9月4日、アントネスクは親独派の「鉄衛団」の代表も加えた新政府を樹立し、自ら首相に就任した。11月23日には「日独伊三国同盟」に参加した。アントネスクは独ソ開戦に当たり、「失地回復のための参戦」を行う固い決意をしていた。
1941年6月の時点では、南方軍集団の第11軍に所属する7個師団が国境となるプルート河西岸とプロエシュチ油田の周辺に配置されていた。「バルバロッサ」作戦において、ルーマニア軍は「補助任務に就く」とされていたが、実際にヒトラーから公式なドイツ軍のソ連侵攻を告知されたのは、開戦10日前の6月11日のことだった。アントネスクは外交上、非礼な扱いを受けたが、ソ連侵攻に参戦するという決意を変えることは無かった。
「むろん私は最初から作戦に加わる。スラヴ人相手に戦う話なら、ルーマニアはいつでも期待に応える」
7月2日、ルーマニア領内に進駐する第11軍とルーマニア第3軍(ドゥミトレスク中将)、ルーマニア第4軍(チュペルカ中将)の合同部隊がソ連侵攻―「ミュンヘン」作戦を開始した。第11軍はベッサラビア北部、ルーマニア第3軍はカルパチア山脈の北部ブコヴィナ、ルーマニア第4軍はベッサラビア中部を突進してドニエストル河下流を第1目標とされた。
ルーマニアと国境を接するプルート河東岸に展開するソ連軍は、6月22日の開戦に伴い、オデッサ軍管区が南部正面軍に改組された。南部正面軍司令官はモスクワ軍管区からテュレーネフ上級大将が転任することが決定され、オデッサ軍管区司令官チェレヴィチェンコ大将は麾下の第九軍司令官に任命された。
6月24日、モスクワからテュレーネフがヴィンニッツァに置かれた南部正面軍司令部に到着した。その頃には第18軍が編成され、第16機械化軍団(ソコロフ少将)をはじめとする予備兵力が集結していた。
6月30日、第54軍団(ハンゼン大将)の第170歩兵師団(ヴィットケ少将)が国境のプルート河にかかる橋を奇襲攻撃で占領し、対岸に橋頭堡を築いた。南部正面軍は2日に渡ってこの橋頭堡を潰そうと反撃したが、第54軍団は多くの損害を被りながらも、どうにか橋頭堡を確保することに成功した。
7月2日、第54軍団の後に続いてプルート河の上流からルーマニア第3軍が突撃艇に分乗して東岸へと進出した。
7月5日、山岳兵軍団の2個山岳兵旅団(第1・第4)がブコヴィナの中心都市チェルノフツィを奪回した。早くも「ミュンヘン」作戦の第1目標を達成したルーマニア第3軍は第11軍の指揮下に入り、同月10日までに国境からソ連領内を約150キロから200キロ進出していた。
7月17日、ルーマニア第3軍はドニエストル河上流への渡河作戦を開始した。
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