[2] 電撃戦の「アキレス腱」

 ドイツ軍の全般的な兵站業務は陸軍参謀本部の兵站総監部が担当していたが、「バルバロッサ」作戦の発動によってその業務が膨大なものになることが予想された。そのため、北方・中央・南方の各軍集団に付随する形で「現地事務所」という在外機関を開設した。

 各軍集団の「現地事務所」は6月22日の開戦時から、輸送トラックを用いて前線部隊に補給物資を送り届けようと業務を始めたが、自分たちの見通しの甘さとその任務の困難さに早くも直面することになる。

 ソヴィエト連邦の広大な領土の中で、全天候で使用可能な舗装された道路は全長で約6万4000キロしかなかった。でこぼこした悪路が果てしなく続き、雨が降れば沼地と化して通行不能となる。そのつど、工兵隊が白樺の幹を渡して専用の「丸太道」を作らねばならなくなった。輸送トラックや進撃する自動車や装甲車でさえも速度を上げて走ることが出来ず、事前の計算より1・5倍から2倍の燃料を消費していた。

 その結果、ドイツ軍は侵攻開始から1か月と経たない7月中旬には、補給用トラックの3分の1が故障などによって失われた。さらには「電撃戦」の主役である装甲師団の戦車や装甲車は未舗装の道路を走行することを想定しておらず、舞い上がる土埃を連日吸い続けたエンジンは次々と故障し、各師団は次第に「痩せ細く」なっていった。南方軍集団司令官ルントシュテット元帥は手紙で妻にこう書き記している。

「ロシアの茫漠たる広がりに、私たちは呑み込まれている」

 これらのトラックによる物資輸送と並行して、国防軍輸送局が鉄道による物資補給路を構築しようとしていたが、この時にある重大な問題が発覚した。それは、ドイツとソ連の鉄道では線路の間隔(ゲージ)が異なるという事実であった。

 西欧式の「標準軌」は間隔が1.435メートルだが、ソ連では1.524メートルの「広軌」が採用されていた。後者の方が約9センチ広いために、当然のことながらドイツ製の機関車や貨車はそのまま走行できない。このため、国防軍輸送局は鉄道工作隊を編成してゲージ変換作業を担当させたが、その作業は遅々として進まなかった。

 また、ソ連の路線網はその多くが「接続」せずに「交差」している(直接の乗り入れが不可能で、貨車から貨車へと積荷を載せ替えなくてはならない)という貧弱さを露呈し、物資の積み替え駅では深刻な渋滞が発生していた。

 7月31日の時点で、各軍集団は21万3301人の人的損害を出していたが、鉄道網の不備によって前線に補充されたのは、たったの4万7000人だった。この状況は燃料や弾薬の補充でも発生していたため、進撃中の装甲師団はしばしば空軍の空中投下に物資補給を頼った。

 そして、兵站における最も深刻な問題は、優先順位のあいまいさにあった。ドイツ軍の補給は陸軍参謀本部(トラック)、国防軍輸送局(鉄道)という2つの部署が担当し、その権限は空軍・海軍までは及んでいなかった。そのため「バルバロッサ」作戦の開始直後から、陸海空の三軍の中で物資の運行優先権をめぐる衝突が頻発していた。さらには、陸軍内部でも装甲師団と歩兵師団の間で摩擦が発生し、北方軍集団がルガ河前面で停止した理由もここにあった。

 このような状況にあって、ヒトラーは達成できる目標を探し始めた。これはドイツ軍が依然として優位にあるという全世界へのプロパガンダとしての意味があった。特に気にしていたのは、ソ連の工業・穀倉地帯の奪取であり、また貴重なルーマニアの油田への爆撃機の航続距離外までソ連軍を追いやることであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る