第9章:打開

[1] 広がりすぎたドイツ軍

 1940年11月から12月にかけて、ドイツ陸軍参謀本部第一部長パウルス中将は兵棋演習を繰り返しながら、「バルバロッサ作戦」の「日程表」を作成した。それによると、ドイツ軍は開戦から20日目(7月11日)で作戦の「第1段階」―ドニエプル河以西でのソ連軍の殲滅を終了し、20日間そこで部隊の休養と再編を行い、40日目(7月31日)に第2段階の作戦を開始する予定になっていた。

 しかし、実際には7月11日の段階では、ドイツ軍には作戦の停止や部隊の再編を行う余裕は全く無かった。中央軍集団はスモレンスク周辺、北方軍集団はソリツィで装甲部隊が包囲され、南方軍集団はジトミール攻防戦でソ連軍の反撃に忙殺されていた。

 この戦況を受けて、ヒトラーは7月19日付けで「総統指令第33号」を発令した。

「次期作戦の目的は、遮断と撃破である。ロシア内陸深く退却せんとする相当規模の敵部隊を阻止し、徹底的に殲滅する。このため、計画は次の通りとする。

 レニングラードへの進撃は、第18軍が第4装甲集団と接触し連絡が取れて、さらに広範な東翼が第16軍によって十分に掩護されてから再開する。

 中央軍集団は多く残存する敵の孤立陣地を壊滅し、後方連絡線を確立した上で、歩兵部隊をもってモスクワへ進撃する。さらにモスクワとレニングラード間の交通線を遮断し、北方軍集団によるレニングラード進撃の南翼を掩護する。

 南東正面では、集中攻撃により、敵の第6軍および第12軍をドニエプル河の西に布陣する間に撃破する。最も重要な目標はこれである。中央軍集団の南翼と南方軍集団の北翼で協同攻撃を実施し、敵の第5軍を速やかに撃破し、殲滅する」

 すなわち、ヒトラーは「バルバロッサ」作戦の「第1段階」を着実に行うことで、次の段階に移行しようという楽観的な見通しに立っていた。

 7月23日、ヒトラーは「第33号追加指令」を発令した。第2段階で中央軍集団から南方軍集団に第2装甲集団、北方軍集団に第3装甲集団を移動させて、成功しつつある両翼での攻撃の支援に当たるように命じた。

 しかし、7月中旬に入ると、西部正面軍がスモレンスクの全周で波状反撃を開始し、中央軍集団を大きく痛めつけた。この時になって、ドイツ陸軍参謀本部はようやく自分たちの計画の大きさと情勢の変化に気づき始め、ヒトラーに「バルバロッサ」作戦全体の見直しを検討するよう提案した。

 7月30日、ヒトラーは「総統指令第34号」を発令して、中央軍集団の進撃停止を命令した。

「ここ数日の状況変化、すなわち中央軍集団の正面および両翼にみられる強力な敵部隊の出現、補給状態、第2および第3装甲集団が必要とする10日間ほどの戦力回復のため、7月19日付指令第33号および7月23日付追加で示した爾後の任務と目的達成は、当面延期する必要がある」

 この指令の背景には「バルバロッサ」作戦の見直しよりも、ある致命的な問題が深く関与していた。この時、ドイツ軍は緒戦での大進撃の成功のために、兵站組織がまったく機能しなくなっていたのである。

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