[4] ジトミール攻防戦

 第1装甲集団の3個装甲軍団(北から第3・第48・第14)は6月末、ウクライナの首都キエフを最短距離で狙える地点としてジトミールを選び、シュペトフカから「スターリン・ライン」を突破してジトミールに迫ろうと進撃を再開していた。

 7月4日、第48装甲軍団の第11装甲師団はシュペトフカの防御陣地に攻撃をしかけた。シュペトフカを守るのは第16軍(ルーキン中将)司令部を基幹とする機動集団のみで、瞬く間に防衛線を破られてしまった。後方から第7狙撃軍団(ドブロセルドフ少将)の第196狙撃師団(クリコフ少将)が応援に駆けつけたが、翌5日にはシュペトフカの市街地を占領されて東へと退却した。

 7月7日、シュペトフカ東方で「スターリン・ライン」に到達した第11装甲師団は第7狙撃軍団の残存部隊と凄まじい戦闘を繰り広げたが、南方軍集団は高射砲連隊を前線に増派して南西部正面軍の薄い防衛線をようやく突破した。同日の夜には、要衝ベルディチェフを占領した。

 7月8日、第48装甲軍団と連動して、第3装甲軍団も攻勢に乗り出した。第3装甲軍団の2個装甲師団(第13・第14)は「スターリン・ライン」の北部にあるノヴォグラド・ヴォルインスキーを攻撃し、同地を守る南西部正面軍の機動集団を壊滅させた。市街地の南で防衛線を突破した第13装甲師団は翌9日、ベルディチェフ北方35キロのジトミールを占領した。

「スターリン・ライン」を2か所で突破された南西部正面軍司令部は、再び防衛計画の見直しを迫られた。しかし、「最高司令部」が7月10日付けで「南西戦域司令部」を設置したことにより、キルポノスの裁量権は狭められることになる。さらに、南西戦域司令官に就任したブジョンヌイは「騎兵派」の長老で、キルポノスとは相性が合うはずもなかったが、そのような感情的な対立を吹き飛ばすような事態が出来していた。

 7月10日、ジトミールを占領した第13装甲師団はさらなる東進を続け、ジトミールから100キロ東方を流れるイルペニ河の西岸に到達した。この進撃により、第5軍と第6軍の間に楔が打ち込まれた。イルペニ河の東岸は6月29日にキエフ外周陣地の第一期工事が完了していたものの、不完全な陣地がまばらに構築されているだけだった。

 キエフからわずか16キロの地点にドイツ軍の戦車が現われたことに大きな衝撃を受けたブジョンヌイと「評議員」フルシチョフは、直ちに大規模な反撃を行うようキルポノスに厳命した。南西部正面軍司令部では第1装甲集団に対する南北からの挟撃を第5軍と第6軍に命じた。

 7月10日午前4時、第5軍の3個機械化軍団(第9・第19・第22)がジトミールとノヴォグラド・ヴォルインスキーの中間から、第3装甲軍団の背後に対して反撃を開始した。

 第5軍の戦車部隊はどれも先のルーツク=ドゥブノ戦で弱体化していたが、第3装甲軍団が進撃を急ぎすきたため、隣接する第29軍団(オブストフェルダー大将)との間に大きな間隙が生まれていた。第5軍の戦車部隊はこの間隙に向かって突進した。

 7月14日、第5軍の2個機械化軍団(第9・第22)はジトミールとノヴォグラド・ヴォルインスキーを結ぶ街道に進出した。第3装甲軍団の2個装甲師団(第13・第14)が包囲される危機に直面したため、第3装甲軍団長マッケンゼン大将は即座に第25自動車化歩兵師団(クレースナー中将)を第5軍が抉じ開けた間隙に急派した。

 第25自動車化歩兵師団は空軍と砲兵の支援を受けながら、ジトミールの北西部で第5軍の波状攻撃を何度も撃退させることに成功した。さらに、SS自動車化歩兵師団「アドルフ・ヒトラー親衛隊旗(LAH)」(ディートリヒ大将)が後方から増援に駆けつけると、戦局はドイツ軍に有利に転じた。第5軍の反撃はまもなく頓挫させられた。

 第6軍では2個機械化軍団(第4・第15)に加えて、南部の第18軍(スミルノフ中将)から派遣された第16機械化軍団が7月11日から第48装甲軍団に対する反撃を開始していた。

 ジトミール南方から出撃した第6軍の戦車部隊は弱体化していたにも関わらず、第11装甲師団をベルディチェフで包囲することに成功する。この包囲戦は5日間に渡って続けられたが、第16装甲師団(フーベ少将)が第6軍に反撃しつつ、第16自動車化歩兵師団(ヘンリーキ少将)と第75歩兵師団(ハンメル中将)が孤立した第11装甲師団との連絡を回復することに成功した。

 結局、南西部正面軍によるジトミール周辺での反撃作戦は2週間前のルーツク=ドゥブノでの反撃と同様に、自軍の大きな損害を伴って失敗に終わってしまった。しかし、この反撃もまた北西部正面軍の場合と同じ結果をもらたした。ヒトラーには重大な脅威だと感じ取らせることに成功したのである。

 7月19日付の「総統指令第33号」において、ヒトラーは第1装甲集団をキエフではなく、ドニエプル河の下流へと進撃させるよう南方軍集団司令部に命じたのである。

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