[4] 焦土作戦

「避難評議会」は疎開に対してあらゆる最善の努力を費やしていたが、当然のことながら全ての資源を疎開させることは不可能であった。たとえば、ソ連邦全体の石炭供給の約6割を生産するドンバス炭田はその典型だった。

 スターリンはドイツが自国の資源を利用することを防ぐため、構造上の理由で疎開できないあらゆる経済的施設を破壊することを命じたのである。

 スターリンが下命した「破壊命令」で対象とされたのは、大部分が輸送機関と電力に関する施設だった。機関車は部隊の輸送と物資の補給で必要とされる数だけが残された。余剰した機関車は徹底的に破壊され、多くの修理工場は爆破された。ドニエプル河の水力発電所は水門が開放され、残った労働者たちが水力タービンや発電機を破壊した。

 ロシア本土の各地で同様の破壊活動が行われたが、その程度は地域によってかなりの差が生じた。特に白ロシアやウクライナ西部ではドイツ軍の迅速な占領により、そもそも破壊を準備する時間さえ残されていなかった。

 この「焦土作戦」はある程度まで成功し、ドイツの経済企画担当者は開戦前の推定を大きく変更せざるを得なくなった。クロム、ニッケル、石油などのソ連邦の原料資源はドイツの軍需生産にとって不可欠であり、押収した工場設備や労働者はドイツ国内の労働力不足を容易に解決してくれるはずだった。

 さらに広大なロシアの領土を侵略するドイツ軍の兵站支援に、機関車2500両と貨車20万両が拘束されてしまい、奪取した資源や工場設備の運搬は必然的に後回しにされた。この事態を受けて、ヒトラーはドイツ軍に対して1941年度の目標を「追加的経済資源奪取のため」と設定した。国防軍総司令部はヒトラーが下した「総統指令」をこの目標を念頭に置いて作成しなくてはならなくなった。

 しかし、スターリンの「破壊命令」はここまでに留まらなかった。赤軍の将兵に対してはモスクワ、レニングラード、キエフといった大都市の死守を厳命していた。一方、その都市が陥落した際にはドイツ軍の進駐部隊に最大限の損害を与えるため、共産党の地区委員会とNKVDの特殊工作班に都市の爆破を準備させていたのである。

 11月17日、スターリンは「指令第428号」を発布した。この指令は正に国土を「焦土」へと変えるものであった。

「最高司令部は、以下の通りに命令する。

 1、最前線から奥行き40~60キロの距離、また道路から左右20~30キロの距離に含まれるドイツ軍後方地域にあるすべての居住地を破壊し、これを焼き払うこと。居住地は爆破し焼き払うため、ただちに右の行動範囲内へ航空兵力を投入し、大砲、迫撃砲、偵察隊、スキー部隊、火炎瓶などを装備したパルチザンを広い範囲で使用すること

 2、居住地を爆破し焼き払うため、前線部隊の各連隊に20~30人からなる破壊工作の志願者による小隊を編成する。居住地の破壊に当たり勇敢に行動した者を、政府の表彰に申請せよ」

 この命令に示された「居住地」には多くの国民が生活していたが、スターリンは意に介さなかった。ドイツ軍に自国の国土とその資源を明け渡さないことを至上目標に掲げていたためである。スターリンはモスクワ防衛戦の最中、ヒトラーの演説に対してこのように応酬した。

「彼が絶滅戦争をしたければするがいい。絶滅するのは彼らのほうなのだ!」

 最終的な勝利に伴う犠牲を容赦なく自国民に要求したこの命令は、独裁者の戦争遂行に対する決意を如実に表していた。

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