お題【パラダイス・ロスト】 【二度目のキセキは】 【NGシーン】 【紋切型】
地の文さん
――ここはせいれk……今は西暦28ね……あれちょっとセリフ……あれー……?
「カーット、ちょっといい加減にしてくださいよ? 今日だけで何回目のNGですか。ベテランさんとはいえそれだけ収録やり直しだなんてどうしたんですか」
疲れているのかもしれない。そう返す余裕すらなかった。
「ほら、自分のことになったらそれだけいけるじゃないですか。やっぱり疲れてるんじゃないですかね? とりあえず今日は休んでください。何回もNG出すよりそっちの方がいいでしょう」
頭を下げる。それしかできない自分が不甲斐なく、思わず眼がしらが熱くなった。金太郎飴のようないたってステレオタイプな冒頭文ですら噛んでしまう地の文に、意味はあるのだろうか? 頭をかいて肩をすくめるディレクターの横を抜け、夜の街へと足を――。
「おい、アンタ……そろそろよしといた方がいいんじゃないかい?」
……気が付いたら、馴染みの酒屋のカウンターに突っ伏して微睡んでいたようだ。覗き込む初老の男性……この店の店主だ……は大きなため息をついた。
「まぁ、そうやって地の文できてるうちは大丈夫なんだろうけどね……」
慰めのような、諦めのような。半分苦笑いの表情で彼は言う。職業病に近い地の文を吐いても受け入れてくれる、数少ない理解者だ。などと、地の文が進んでいく間にも彼はそっと冷や水を汲んで目の前においてくれた。実際のところ、こういった気遣いが固定客につながっているのだろう。
「おい、さっきからあそこの客はなにしてんだ?」
「あー、お仕事の関係でね。大変みたいですよ」
「へぇ、変わったこって……」
近くの客に見とがめられたらしい。店長にはいつも迷惑をかけてしまうな、と心の中で軽く頭を下げ――
「おうおう、どんな仕事してんだ?」
――る途中で、その客がずいと距離をつめる。その勢いにたじろいで――
「ははーん、なるほど、地の文業か。初めて見たぜ」
「あの、地の文中に動くの、やめてもらってかまいませんか?」
「しゃべれんじゃねえか。んでんで、しょげた面してんのは仕事か? 恋人か?」
遠慮なく男は顔を寄せる。無精ひげを撫でながら……。
「無精ひげは余計だよ若いの。どだ、当たったんだろ? ん?」
……やれやれと両手を上げる。それが答えだった。
男はにやりと笑った。それが、始まりの合図だった。
――西暦2028年。今は亡き皇国の後継者を名乗るメガロマニア、彼の名は――
「はい、カーット。今日調子いいじゃないですかー。飲んだ日の翌日はやっぱりいいですねぇ。前回もそうでしたし、奇跡的復活ってやつですかねぇ」
手をするディレクター。「やれうつな」という言葉がよぎる見事なごますりの構え。彼以上に的確にごまをすれる人間を、少なくとも私は知らない。二日酔いでくらくらする頭を押さえていると、水を差し入れてくれた。
「ほら、酔い止めもどうぞ」
この優しさ。やはり天職であるこの仕事場が、私の楽園なのだ。そんな地の文を受けて、照れくさそうにディレクターは……かわいいハニカミ笑顔を浮かべるのであった。
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