お題【アシンメトリィ】 【涙の理由を】 【歩くような速さで】 【次回作にご期待ください】
かみさまごっこ
――この世界は完璧ではない。左右非対称で、不格好で。
支配者気取りの人間は、神に似せて作られた、という言葉が皮肉以外の何物でもない。そんな彼らの楽園……この世界は、永遠ではない。だから不完全だ。不完全だから、きっと――。
少年は困っていた。恐らく、彼の8年ほどの人生で二番目に来るほどに。一番は宝物の「見ようによっては富士山に見える石」を捨てられてしまった時であるが、それとはまた種類の違う困惑だ。「廃棄物処理中心」と書かれた、傾いた看板の下。いつも彼が生計を助けるために訪れるスクラップの終着地。見慣れない、腕、足、肌色。安い赤色の国民服の袖で、冷や汗をぬぐう。
「……あー、ヘロー?」
もしや死体か、お化けではないだろうか。そんな彼は恐怖を振り切るように確認の声を上げた。しかし、残念ながら、その言葉は震えている。いざとなれば一目散に逃げられるように、と腰も引けている。そんななけなしの一言に、廃棄物の山にまみれた手がピクリと動いた。そして――。
『り・ぶーと!』
――と、やたら高音の女性の声が少年の耳に響いた。
∞かみさまごっこ -狂々ヴィジョンー∞
『私を見つけた君は実に幸運だ、さあその涙の理由を語るがいい。私が潔く御・成・敗☆してくれましょうぞー!』
合成音声らしさの残る、少女のような声。少年は引きつった笑顔を浮かべながら発声者を見ていた。カモシカのような足、割れた腹筋……暑苦しさすら覚える鍛え上げられた肉体に、テレビが乗っている。ブラウン管。数世代前のぶ厚いモニターが、「それ」の顔だった。言葉に合わせて「幸運! 実に300万年に一度!」とポップなイラストをつけて表示されたり、「御成敗☆」に物騒な刀の写真が映されたりと、やりたい放題である。
「え、や、あの……」
言えない。あなたが怖かったんですとは……まして進行形で怖いです、などとはとてもではないが彼には言えない言葉だった。「それ」は自分の名前を「かみさま」だと名乗った。ひどく偉そうな名前だが、工学的に肉体を置き換えたわけでもないのに物騒な見た目をしているその存在を、少年は刺激することができなかった。
「かみさま、は……なんでもできるんですか?」
『おおっとぉ、信じてないね少年! いやあ君は全くもって運がいい。今日の私はすこぶる気分がいいのだから!』
目まぐるしく暑苦しく押しつけがましく。ころころとザッピングされる表情は、言葉通り上機嫌そうだ。
『な・ん・で・も! なんでもだ! 少年。信じる者は救われる! 足元ではないぞ!』
仰々しいポーズまでつけて、「かみさま」はそういった。少年が願いを考えたとき、脳裏を母親がよぎった。
「お母さんがね、お金持ちになれますように」
テレビに、人の顔が映った。笑顔にしては、不気味な顔が。「It's toooooooooo easy!」という文字と共に浮かぶその表情は、少年の背筋を凍らせるには十分すぎるものだった。
『なんだ、簡単なことじゃないか』
けたたましいサイレン。泣き崩れる母親の声。
その音を背中に、「かみさま」はゆっくりと排水溝を潜り抜けている。少年の血に塗れた、隆々とした指がパイプをつかみ、ゆっくりと重たい体を引き上げる。例えるならば歩くのにも似たような速度で、しかし、着実に。
『人助けって気持ちがいいね。保険金でお母さんも幸せだ!』
少女の声が言う。モニターには、それに応えるように「その通り」という文字が浮かぶ。
『次はどこにいく?』
文字が応える。
――もちろん、行く当てもなく、目標も計画もなく。
少女の声が歌うように問う。
『次のお話は?』
モニターに、笑顔のドットが咲く。
――ヘルタースケルター。いつも通りさ。
『そうね。じゃあ――』
――しばらくお休み。次回作、楽しみにしてて。
「かみさま」は嬉しそうにモニターを明滅させた。
どこまでもどこまでも、チューブをただ這い続けていく……。
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