お題【グリザイユ】【最高速の】【ハッピーエンド症候群】【リフレイン】

 ルーピー・ループ・スカー・レッド : 現アク暗め

「間もなく、電車が参ります……」


 けたたましいベルの音、ありふれた日常。

混みあった待機列に、非日常のノイズが走った。

――そのノイズは、小さな呟き。


「……はい、クイーンの命とあらば」


 声の主は、目を見開いた女子高生。

列の中央から、自身の目の前に並ぶ人々を、何の前触れもなく突き飛ばした。

ドミノ倒しのように、折り重なる彼ら。

呆然と見る周囲の人々、線路に落ちた不運な人間。

もう1人、2人と突き飛ばしながら、少女も哄笑をあげ、落ちる、落ちる――。





「……ねェ、喪に服してるのはいかぶりかい、女王様」


 足元で上がる悲鳴、断末魔。

甲高いブレーキ音にかき消される。

ぶらぶらと駅舎の屋根に足をぶら下げる紫色の男。

正確には、身の丈に合わない紫のパーカーと、銀のメッシュが入った紫の髪の男。

空を見上げて、飄々と呟く。


「――君の王子がいないから」


 その背後で別の声。


「間に合わなかった……」

「気に病むなよ、ウサギさん。女王への花束の献上だ」


 呑気な紫の言葉に、眉一つ動かさず白……白いマントに、白髪の男は呟いた。


「……次はもっと急がなきゃ」

「茶会に間に合うよう、走り続けて留まるといいよ」


 紫の視線の先、遥か空の上には……白昼の残月と、くすんだ灰色の城が浮かんでいる。

ほんの数秒、白も紫に倣ってそれをみあげた。

端正な顔に、なんの感慨も見せず……疲れたような溜息と共に、彼はその場を後にした。


「可哀そうなウサギさん」


 楽しげに、紫は去りゆく背中に投げかけた。


「ハッピーエンドが欲しいのに、君はアリスを救えない」


白は、何も返さず……ほんの刹那に足を留め……跳躍して姿を消した。

















――Loopy loop Scar red






「だ・か・らぁ!」


 今日何度目かの大声を出す制服姿の女性。

士波知しばしり 有子ゆうこは、友人たちに繰り返した。


「お城が見えるんだって、ほら、ほら!」

「だからそんなの見えないって……ほんとに大丈夫ぅ?」


取り付く島もない、といった様子で肩をすくめる友人。

彼女は盛大にため息をついた。

いつもの通学路、変わらない日常。

彼女の世界だけが、日常と違うらしい。

空には灰色の……ほんの少し紅を帯びてはいるが、限りなく灰色に近い色の……城が浮かんでいるというのに、友人達には認知してもらえない。

おまけに前を歩いている燕尾服の……燕尾服の?


 思わず、少女は目蓋をこすった。

多分、幻なんかじゃない。

空中の城と似た色の燕尾服に、同系色の山高帽を被った……スーツと同じ色の髪の男。


「……あそこに紳士が」

「いないいない」


真剣に即座に否定される。

そこまでされると、人とはムキになるもので……。


「いるったら!」


駆け寄ろうとした瞬間に、彼は路地を曲がって行った。

同時に、なにか小さな金属音。

ふと見下ろした足元には、きれいな細工のライターがあった。


「あの、落としま……」


角を曲がった瞬間に、彼女の口は閉ざされた。

……長い長い一本道に、灰色の紳士の姿はなかったのだ……。





「……絶対いたもん」

「はい、はい」


 昼食を食べ、ぼんやり空を見上げる午後。

麗らかな天気、元気な声の響く日常。

……空には、大きな大きな非日常。


「……絶対あるもん」

「じゃあ望遠鏡、天文部から借りて見てみる?」


 士波知しばしりは友人の提案に、力無くうなずくことしかできなかった……。



















 目を、疑った。

借りた望遠鏡を手に、屋上から見上げる空。

天上に浮かぶ城の、その入り口。

目の前で、くすんだ赤色のドレスを着た……女性が、


「……有子?」

『ねえ、あなた』


 友人の声をかき消すように、女性の声が彼女の頭の中に響く。

目が、離せない。


『……私ね、赤色が欲しいの。クイーンのハートを染める、赤が』

「……はい、クイーンの命とあらば」

「有子……ねえ、有子ったら」


 離せなくなった目を、無理やり望遠鏡から引き離し、唇が引きつる程に、笑う。

常軌を逸した彼女の表情に、友人が凍りついた。

士波知は、ポケットに手を伸ばし……拾ったライターを――。


「アリス、お家に帰る時間だよ」


火をつける直前に、世界が凍てついた。

恐怖に慄く友人が、昼休みのざわめきが、彼女の体が。

意識ははっきりしているのに、動けない……。


「……今回は時間通りだ。さ、おかえり」


 真っ白な青年が、彼女の前に降り立った。

白い髪、白い服……ただ一点、赤い瞳の青年が。

彼はそのまま、手に持った等身大のはさみを振り抜いた。

彼女の体をすり抜けたはさみは、ハートのエースのトランプを咥えている……。


「でも、君はボクのアリスじゃないみたいだ」


 ほんの少しだけ、残念そうな表情を浮かべ……空中でトランプを切り刻む、白。


「さよなら」


 その呟きと共に、世界は、日常は……彼女の前に舞い戻った。

糸が切れたように崩れ落ちる体と、悲鳴を上げる友人。

階段を駆け上がる音を聞きながら、彼女の意識は白に染まった。



















「ああ、可哀そうなウサギ。君のアリスを幸せにできないなんて」


 芝居がかった口調で、カツカツと音を立てながら大理石の上を歩く、灰色の紳士。

モノクルとステッキ、つま先から帽子の先まで、彼は灰色だ。

その視線の先は、整った灰色の宮殿……正確には、ほんの少しくすんだ赤が上塗りされた、渇いた血の混ざる灰。

その中央の王座に腰かける、灰色の女王。

彼女に忠誠を誓うように、彼は恭しく頭を下げた。


「親愛なるクイーン・アリス……明日のバースデーの主役は、君に花束を添えてくれるといいね」


 少女のガラスのように曇りなく、水のように色のない……透明な無色の瞳が、ただただ、虚ろにその姿を見つめていた。

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