ちょっと一息短編集

たり

にごたん ――二時間半お題短編企画

お題【最低賃金】【チルチルとミチル】【勘違いの恋愛感情】【映写機】

 青春レコオド : 現ドラ

 ……カラカラ、カラカラ。

運命の糸を手繰るは、小さな小さな回転車。


 カラカラ、カラカラ。

音を立てて、紡がれた物語を吐き出す、年老いた一つ目の吟遊詩人。


 カラカラ、カラカラ……。

















 人通りの多い道。

厚く重ねた服で着飾った、熱い視線を送りあう人々。

糸を縫うように、その隙間を小走りに抜けていく、一人の女性。


 疲れたような表情で、縞模様のマフラーを押さえ、帰路を急ぐ。

ショートカットの黒髪が、赤いフレームのメガネの上で踊る。


「おい、おいったら」


 聞き覚えのある声に、彼女は立ち止まる。

息を整え、振り返った。


滝原たきはら?」

「よ、バイト帰りか?」


 マフラーで覆った口元で、呟いた言葉が眼鏡を白く染める。

視線の先には、肩で息をする……ぼさぼさの髪の男。

その肌の色が不健康なまでに白いのは、寒さにあてられたわけではないことを彼女は知っている。


「そうだけど……なに、大学生になってバイトしちゃいけないわけ?」

「そう腐すなよ。お前がなにしてようが俺に口出す権利はねーよ」

「なら――」

「なぁ」


 言いかけた言葉に、言葉を重ねる腐れ縁おさななじみ


「クリスマスにまでバイトに没頭してるんだ……お前、暇だろ?」


だからこそ許される、不躾な質問。

事実、彼女に予定は無かった……無くなった、というべきか。


「……まぁ、そうだけど」

「バイトに切り売りしてるお前の安い時間、さ……」


 距離を少しつめ、彼が突きつけてきた二枚のチケット。

少し目を逸らして、こう付け加えた。


「……俺によこせよ」



 ……カラカラ、カラカラ。

運命の糸を手繰るは、小さな小さな回転車。


 カラカラ、カラカラ。

音を立てて、紡がれた物語を吐き出す、年老いた一つ目の吟遊詩人。


 カラカラ、カラカラ……。



















「……大根だよな、お前」


 ぼそっと、滝原が呟く。

事実だけど、気にいらない。


「滝原だって、安っぽいよ」

「あ?」


誰もいない部室で、カラカラと映写機の音だけがする。

聞こえていないわけがない。


「安っぽいって言ってるの」

「お前さ、前日に……言うに事欠いてそれかよ」


 盛大な溜息。

滝原が先に売ったケンカは、滝原の反撃を待たずして私の勝ちで終わった。


 卒業制作発表の前日。

すっかり冷めたコーヒーを前に、二人の作品……「散る、散る、満ちる」はその物語を紡ぎ続けている。

たった二人の観客を前に、ぼろぼろの映写機は文句ひとつ言わず、カラカラと歌っている。


「……このタイトルさ」

「ん」

「幸せの青い鳥、のキャラの名前だっけ」

「今さらかよ」


 眠気も相まって、ぼんやりとした質問を投げた私に、滝原の返事は冷たい。


「探してた幸せが、実は近くにある……みたいな。陳腐だけど王道っていいよね」

「そうは言っても、元ネタとこれじゃ意味合いが違うだろう」


今さらだけどさ、と滝原が言う。


「なにがさ」

「探し疲れた、っていうか手に入れた鳥が目的のものじゃなかった、って時にさ」

「うん」


滝原がコーヒーをすする音。

……多分滝原コイツも眠いんだろう。

ひそかに、限界をはかるチキンレース中。

私が優勢だと思う。


「手元にいた別の鳥が、実は探してた本物だ、って勘違いしてんじゃない?」

「んー……」


 思い当たる節があった。

事実、私がそうなんだ。

というか、傷心中の私のために、没頭できるようにって卒業制作の話を進めたのはコイツだ。

そして……演技の上とはいえ、滝原なんかにどきっとしてしまった自分がいた。

ただ……もし、これが勘違いだったとしたら……。


「……もう、他の恋なんて知らなくていいな」

「あー?」


 眉を寄せて頭にはてなを浮かべる滝原。

ふと、射抜かれてしまった心の仇を……先に惚れたなんて負けに、一矢報いてやろうと、心が呟いた。


「……なんでもないよ」


 精一杯の笑顔を、投げつけてやった。

滝原は、言い返さずに目を泳がせていた。

……よし、お前も負けだ。ざまあみろ。

お前の青い鳥は私だ!


 ……いや、そう思った、ってことは……。


 耳まで染まった赤を押さえようと、冷たいコーヒーをぐっと飲みこんだ。


 ……この勝負、引き分けじゃん?




 カラカラ、カラ……。

二人の背後で、映写機が力尽きたように止まった。

沈黙が、これからの二人の物語を催促するように、場に満ちた――。

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